『無欲系主人公になれない俺、隣の清楚先輩に「今、変なこと考えたでしょ」と毎回バレる』 〜妄想だけは恋愛強者な大学一年生、現実では美少女の手も握れない〜
第17話 ギャル同級生から、休日に呼び出されました
第17話 ギャル同級生から、休日に呼び出されました
休日に女子から呼び出された。
文字にすると、少し事件っぽい。
呼び出した女子が夏川莉央だという点も、俺の中では事件性を高めている。
なぜなら莉央は可愛い。
髪は明るい。
服装も目立つ。
誰とでも気軽に話す。
距離感は、俺のような恋愛経験のない男子に対して少し近すぎる。
そんな女子から金曜日の夜、突然メッセージが届いた。
『悠斗、明日暇?』
暇だった。
俺には休日に会う友達も、所属したばかりのサークル以外に固定の予定もない。
休日の予定を聞かれた場合、九割以上の確率で「暇」と答えられる。
だが、すぐに返信するのは負けた気がした。
何に負けるのかはわからない。
あまりに早く返せば、女子からの連絡をスマホの前で待ち構えていた男に見える。
実際、ベッドに寝転がりながら動画を見ていただけなので、似たようなものではある。
三分待った。
恋愛経験のない男なりの精いっぱいの余裕である。
『特に予定はない』
送る。
十秒で既読がついた。
『じゃあ買い物付き合って』
心臓が一度、大きく鳴った。
女子から休日の買い物へ誘われた。
これはデートではないか。
いや、待て。
莉央は友達との距離が近い。
男女を問わず気軽に誘う人かもしれない。
買い物の内容もわからない。
大学で必要な教科書を買うだけかもしれない。
大型家具を運ぶための人手かもしれない。
怪しい宗教団体への勧誘という可能性は低いが、完全なゼロではない。
俺が返信を考えていると、追加のメッセージが来た。
『交流会の買い忘れあるらしいから、それも買いたい』
なるほど。
サークルの用事だった。
俺は小さく息を吐いた。
安心と落胆が、同時に出た。
サークルの備品を買うなら、俺が誘われても不思議ではない。
前回の買い出しにも参加した。
必要な品物の一部も把握している。
荷物持ちにもなる。
完全に合理的な人選だ。
そこに恋愛的な意味はない。
『わかった。何を買い忘れたんだ?』
『予備の名札用紙と、テープと、紙ナプキン』
『大崎先輩から頼まれた?』
今度は、少しだけ返信が遅かった。
『いや』
『真昼先輩?』
『違う』
『じゃあ誰から』
『あたしが気づいた』
個人の自主活動だった。
『一人で買える量だろ』
『買えるけど』
『じゃあ何で俺を呼ぶ』
送ってから、少し後悔した。
嫌がっているように見えただろうか。
本当は行きたい。
かなり行きたい。
しかし「行きたい」と即答するのも恥ずかしい。
人間は面倒だ。
素直になれば簡単な場面で、相手から誘った理由を引き出そうとする。
莉央からの返信が来る。
『一人だとつまんないから』
また心臓が跳ねる。
直後。
『あと男目線ほしい』
跳ねた心臓が、少し着地した。
『何の』
『服』
『交流会用の?』
『違う。普通にあたしの』
俺はスマホを持ったまま固まった。
莉央の服を、一緒に選ぶ。
それは、サークルの買い物よりかなりデートに近い。
少なくとも、俺の中では。
『俺に服の知識はないぞ』
『知ってる』
『では役に立たない』
『女子の服に詳しい男子は逆にちょっと警戒するし』
『偏見だ』
『悠斗に聞きたいのは、詳しい意見じゃないから』
『何を聞くんだ』
『見て、可愛いかどうか』
メッセージなのに、声が聞こえた気がした。
いつもの軽い調子。
少し笑いながら言っている。
でも。
わざわざ俺に、可愛いかどうか聞く。
その意味を考え始める。
莉央は、俺から可愛いと思われたいのか。
いや。
それは自意識過剰だ。
男目線なら誰でもいい。
同じ学部で、気軽に呼べて、休日に暇そうな男が俺だっただけだ。
『佐伯の方が意見はまともだと思う』
送ってみた。
すぐに、
『蓮くんは嫌』
と返ってくる。
嫌。
理由を聞こうとして、少し躊躇した。
蓮が嫌で、俺ならいい。
それだけを抜き出すと、かなり都合がいい。
『何で』
『女慣れしてそうだから』
『実際、俺よりは慣れてる』
『でしょ。褒めたら慣れてる感じするじゃん』
『俺の褒め方は慣れてないから信用できる?』
『うん』
『褒める前提なのか』
しばらく間が空いた。
『可愛かったらね』
わざと挑発するような文面だった。
俺はベッドの上で寝返りを打った。
行く。
もう行くしかない。
ここで断ったら、明日の自分は何度も後悔する。
誘われた時に行けばよかった。
莉央がどんな服を選ぶのか見たかった。
もしかしたら何か進展があったかもしれない。
そうやって、行かなかった未来に都合のいい物語を足すのは目に見えている。
『わかった。行く』
『やった』
短い返事。
その後、待ち合わせ場所と時間が送られてくる。
土曜日、午前十一時。
駅前の時計台。
『遅刻しないでね』
『お前が言うのか』
『あたし、時間は守るよ』
『講義には遅れる』
『休日と朝一は別』
『人間の時間は一種類だ』
『細かい男はモテないよ』
『誘った相手に言うな』
そこまでやり取りし、会話は終わった。
終わったはずだった。
五分後。
またスマホが震える。
『あと』
『何だ』
『デートじゃないからね』
俺は画面を見たまま黙った。
なぜ、わざわざ言う。
俺が勘違いすると思ったから。
それは正しい。
すでに半分ほど勘違いしていた。
『わかってる』
返す。
『本当に?』
『サークルの買い物と、服選びの意見を求められただけだ』
『うん』
『デートではない』
自分で書くと、少し寂しくなった。
莉央から、笑って涙を流す顔のスタンプが届いた。
『そんな全力で否定されると、ちょっと傷つくんだけど』
『どっちなんだよ』
『デートではないけど、嫌そうにされるのも嫌』
『面倒だな』
『女子は面倒なの』
人によると思う。
だが俺もかなり面倒なので、否定できない。
『俺は楽しみだぞ』
送った。
今度は、既読がついてから返事まで少し時間がかかった。
『そ』
一文字だけ。
さっきまでの莉央らしくない。
『何だ、その返事』
『別に』
『その別に、何かあるやつだろ』
『悠斗が明日、変な服で来たら帰ろうかなって考えてた』
『急に服装審査が始まった』
『女子の服選ぶんだから、ちゃんとしてきて』
『俺も選ばれる側なのか』
『横を歩く人が変だと嫌じゃん』
横を歩く人。
その表現だけで、また少し嬉しくなる。
明日は莉央の横を歩く。
それだけなのに。
『善処する』
『期待しないで待ってる』
『期待してくれ』
『じゃ、ちょっとだけ』
そこで本当に会話は終わった。
俺はベッドから起き上がり、クローゼットを開けた。
服が少ない。
大学へ入る前に母親と買った、無難なシャツ。
パーカー。
黒いパンツ。
デニム。
高校時代から着ている、少し毛玉のあるスウェット。
女子の服へ意見を言いに行く人間の選択肢ではない。
十分ほど迷った末に、白いシャツと濃紺のパンツをベッドへ置く。
地味だ。
しかし失敗もしにくい。
その上へ薄いグレーのカーディガンを合わせる。
鏡の前へ立つ。
「……普通」
悪くはない。
格好よくもない。
安全圏だ。
俺が服装に悩んでいると、母親が部屋の前を通った。
「悠斗、明日どこか行くの?」
「買い物」
「誰と?」
「大学の友達」
「女の子?」
「なぜそうなる」
「男友達と行く服で、そんなに鏡見ないでしょう」
母親の観察力を甘く見ていた。
「サークルの買い物があるだけだ」
「女の子なんだ」
「……そうだけど」
「彼女?」
「違う」
「好きな子?」
「違う」
否定が早かった。
莉央に対して恋愛感情がないと言い切れるわけではない。
可愛いと思う。
一緒にいると楽しい。
付き合う可能性を考えたこともある。
ただ、今一番意識しているのは真昼先輩だ。
だからといって、莉央は完全に友達だと決めつけるのも違う。
「大学で知り合った友達」
言い直す。
「そう」
母親は、少し笑った。
「何だよ」
「高校の時は、女の子と買い物なんて一度もなかったから」
「大学ではあるんだよ」
「よかったね」
「まだ何もよくない」
「何も、って言った」
「言葉の綾だ」
「帰り、遅くなる?」
「わからない」
「晩ご飯いるなら連絡して」
「わかった」
母親はそれ以上聞かず、階段を下りていった。
助かった。
だが、最後の「よかったね」が妙に残った。
母親から見ても、女子と休日に会うことは特別に見える。
莉央はデートではないと言った。
でも、完全に何でもないとも思えない。
俺は服をもう一度見た。
明日。
どんな顔で会えばいいのだろう。
楽しみにしている顔をしすぎれば、莉央に笑われる。
平静を装えば、たぶんすぐ見抜かれる。
結局、いつも通りで行くしかない。
どうせ俺の顔は、何をしてもだいたい喋る。
翌朝。
俺は九時に目を覚ました。
待ち合わせは十一時。
駅まで三十分。
余裕がある。
しかし、服を着てみると、昨日は普通だと思った組み合わせが急に不安になった。
地味すぎないか。
頑張っている感じが出ていないか。
グレーのカーディガンは暑くないか。
一度脱ぐ。
パーカーを着る。
学生らしい。
だが、莉央の服を選ぶ男としては幼く見える気がする。
また脱ぐ。
白いシャツへ戻る。
時計を見る。
九時四十分。
まだ余裕だ。
髪を整える。
いつもより少しだけ丁寧に。
整えすぎると不自然なので、一度手で崩す。
崩しすぎたので戻す。
「何をやってるんだ、俺は」
鏡の中の自分に言う。
答えは出ない。
十時十五分に家を出た。
早い。
かなり早い。
待ち合わせ場所へは十時四十五分に着いた。
十五分前。
やはり黒宮の予想通り、俺は女子に呼ばれると十五分前に来る男だった。
駅前の時計台。
休日なので人が多い。
家族連れ。
学生。
待ち合わせ中らしい男女。
俺は時計台の少し離れた場所へ立ち、スマホを見る。
莉央から連絡はない。
遅刻するとは思っていない。
でも、早く来たことを知られるのが少し恥ずかしい。
十一時ちょうどに着いたふりをしようか。
それなら、近くの店へ入って時間を潰す。
そう考えた時。
「悠斗?」
背後から呼ばれた。
振り返る。
莉央がいた。
一瞬、言葉が出なかった。
いつもの莉央と、大きく違うわけではない。
明るい髪。
軽いメイク。
耳元の小さなアクセサリー。
でも、大学で見る時より少しだけ柔らかい雰囲気だった。
淡いクリーム色のブラウス。
薄い水色のロングスカート。
白い小さめのバッグ。
派手ではない。
むしろ、いつもより落ち着いている。
その分、莉央自身の明るさが目立つ。
「何、その顔」
莉央が少し警戒する。
「変?」
「いや」
「じゃあ何」
「思ってたのと違った」
「悪い意味?」
「逆」
俺は、もう一度莉央を見る。
見すぎるのも失礼だと思い、すぐに視線を顔へ戻した。
「かなり可愛い」
言った。
莉央の表情が止まった。
俺も止まった。
言葉が直球すぎた。
いつもなら「似合っている」と少し逃げる。
だが今は、見た瞬間にそう思った。
だから、そのまま出た。
「……かなり?」
莉央が聞き返す。
「うん」
「普通に可愛い、じゃなくて?」
「かなり」
「何か今日、強くない?」
「聞かれたから」
「まだ、どうって聞いてなかったけど」
「顔に書いてあった」
「悠斗に言われるとは思わなかった」
莉央は少し顔を逸らした。
髪を耳へかける。
耳が赤い。
「照れてる?」
「照れてない」
「返事が早い」
「うるさい」
俺の腕を軽く叩く。
痛くはない。
いつもの莉央の動作。
でも今日は、少しだけ力が弱い。
「悠斗も」
「俺も?」
「ちゃんとしてきたんだ」
「お前が言ったから」
「そのシャツ、自分で選んだ?」
「母親と買った」
「そこは嘘でも自分でって言いなよ」
「嘘をつく必要ないだろ」
「女子との休日に、母親が選んだ服」
「買った時に一緒だっただけだ」
「でも、似合ってるよ」
「そうか」
「うん。普通に」
「普通に?」
さっきの仕返しで聞き返す。
莉央が俺を見る。
「かなり、とまでは言わない」
「厳しい」
「でも、今日の悠斗、いつもよりいい」
「髪も?」
「頑張ったでしょ」
「わかるか」
「いつもより動いてる」
「頑張った感が出てるのか」
「悪くないよ」
莉央が少し笑う。
「ちゃんとしてきてくれたの、嬉しいし」
また、心臓が跳ねる。
「デートじゃないのに?」
思わず聞いた。
莉央の笑顔が少しだけ揺れた。
「デートじゃなくても、女子と出かけるんだから、適当な服で来られたら嫌でしょ」
「そういうものか」
「そういうもの」
「じゃあ、俺もお前がちゃんとしてきてくれて嬉しい」
「……うん」
莉央は小さく返事をした。
いつもの調子ではない。
照れているように見える。
だが俺がそう思いたいだけかもしれない。
「それで」
俺は周囲を見る。
「ほかの人は?」
「いないよ」
「二人?」
「二人」
「サークルの買い物なのに?」
「名札用紙とテープと紙ナプキンを買うために、何人集める気?」
「確かに」
「何。誰か来ると思ってた?」
「少し」
「真昼先輩とか?」
その名前が出た瞬間。
俺はわずかに反応したと思う。
莉央は、すぐに気づいた。
「やっぱり」
「何が」
「真昼先輩が来たらいいと思った?」
「いいとは思う。でも」
「でも?」
「お前に二人で誘われたから、二人だと思って来た」
「へえ」
「何だ」
「別に」
「今日の別には、何かあるのか」
「ちょっと嬉しかっただけ」
莉央は歩き出す。
俺も隣へ並ぶ。
「何が嬉しいんだ」
「わざわざ説明しない」
「俺の顔は読むのに」
「女子には秘密があるの」
「便利だな」
「悠斗も妄想ノート隠してるじゃん」
「なぜお前まで知ってる」
「真昼先輩からちょっと聞いた」
「先輩」
どこまで話した。
内容は知られていないと思いたい。
「何が書いてあるの?」
「教えない」
「あたしのことも?」
「……少し」
嘘をつけなかった。
莉央が足を止める。
「あるの?」
「名前は書いてない」
「どういう内容?」
「明るい同級生」
「それ、完全にあたしじゃん」
「大学に明るい同級生はほかにもいる」
「悠斗が休日に二人で買い物する明るい女子は?」
「今のところ一人」
「じゃあ、今日のことも書く?」
「書かないかもしれない」
「どうして?」
「現実の出来事を、勝手に都合よく変えたくないから」
真昼先輩とのことを通して、少し考えるようになった。
書くこと自体が悪いわけではない。
でも、現実の莉央を、自分に都合のいいギャルヒロインへ変えてしまうのは違う。
「ふうん」
莉央は前を向いた。
「じゃあ、現実のあたしを見てよ」
「見てる」
「本当に?」
「今も見た」
「どこを?」
「服」
「それだけ?」
「髪も。今日はいつもより巻き方が緩い」
莉央が、驚いたように俺を見る。
「わかるの?」
「何となく」
「メイクは?」
「大学の時より薄い?」
「少しだけね」
「合ってた」
「ほかは?」
なぜか試験になった。
俺は改めて莉央を見る。
「鞄が小さい」
「うん」
「大学の時みたいにノートが入ってない」
「今日は講義ないから」
「靴も、いつものスニーカーじゃない」
「見てるじゃん」
「見ろと言っただろ」
莉央は少し黙った。
それから、照れ隠しのように笑う。
「見すぎると怒るよ」
「どっちなんだ」
「見てほしいけど、じろじろは嫌」
「難しい」
「だから女子は面倒だって言ったじゃん」
「自分で認めるのか」
「今日は特に面倒かも」
莉央はそう言って、少しだけ俺との距離を縮めた。
肩は触れない。
でも、大学で並んで歩く時より近い。
「まずサークルの買い物を済ませる?」
俺が聞く。
「後でいいよ」
「先に用事を終わらせた方が楽だろ」
「悠斗、休日まで仕事みたいに動くの?」
「合理的だ」
「つまんない」
「じゃあ、どこへ行く」
「服」
「本当に俺が選ぶのか」
「全部決めろとは言ってないよ」
「安心した」
「似合うかどうか、ちゃんと答えて」
「可愛かったら可愛いと言う」
「可愛くなかったら?」
「似合う方を一緒に探す」
莉央が、少し目を丸くした。
「何で笑う」
「笑ってない」
「今、口元が動いた」
「悠斗、そういう言い方するんだなと思って」
「どんな」
「可愛くないって言うんじゃなくて、似合う方を探すって」
「服の話だろ」
「うん」
「着る人まで否定する必要はない」
莉央はしばらく何も言わなかった。
人の流れに合わせて、ゆっくり歩く。
「元彼はさ」
急に言った。
「はい」
「似合わない服着た時、普通に『それ、お前が着ると太って見える』って言った」
「言い方が悪いな」
「似合わないって意味は同じじゃん」
「同じでも、伝え方は選べるだろ」
「そういうの、考えるんだ」
「傷つける必要がない場面で傷つける意味がわからない」
「でも、正直じゃないって言われるよ」
「正直さを、人を雑に扱う理由にするのは違う」
真昼先輩へ言った言葉に近かった。
誰かを雑に扱わない。
莉央も、そう扱われたことに傷ついた人だ。
俺は軽く言ったつもりだった。
だが、莉央は少しだけ俯いた。
「悠斗って、たまにずるいね」
「何が」
「そういうこと、狙ってない時に言うから」
「褒めてる?」
「半分」
「残り半分は?」
「むかつく」
「なぜ」
「こっちだけ、ちょっと意識するから」
莉央はすぐ前を向いた。
聞き間違いかと思った。
「意識?」
「服の話ね」
「そうか」
「そう」
声が少し早い。
でも、追及しなかった。
今ここで「俺を意識したのか」と聞けば、期待している自分を押しつけることになる。
莉央の言葉は、莉央のものだ。
俺が都合よく完成させるものではない。
駅と直結したショッピングモールへ入る。
休日の店内は混んでいた。
家族連れやカップルが多い。
俺と莉央も、周囲から見ればそのどちらかに見えるのだろうか。
兄妹には見えない。
友達。
あるいは、付き合う前の男女。
そう思うと、少し背筋が伸びる。
「悠斗」
「何だ」
「またデートっぽいと思った?」
「思った」
「素直」
「でも、デートではない」
「念押ししなくても」
「お前が最初に言ったんだろ」
「そうだけど」
「何だよ」
「別に」
莉央は前を向いたまま、少しだけ唇を尖らせた。
やはり面倒だ。
でも。
その面倒さが、嫌ではなかった。
服の店が並ぶ階へ向かうエスカレーターで、俺のスマホが震えた。
画面を見る。
白瀬真昼先輩からだった。
『今日はサークルに来ないの?』
胸が跳ねる。
真昼先輩から、俺の予定を確認するメッセージ。
嬉しい。
それと同時に、少し困った。
俺は今、莉央といる。
隠す理由はない。
でも、真昼先輩がどう思うか気になる。
「誰?」
前に立つ莉央が、少し振り返った。
「白瀬先輩」
「何て?」
「今日はサークルに来ないのかって」
「行く?」
声が、少しだけ固い。
「今日は行かない。お前との約束があるから」
「そ」
「何だ、その返事」
「別に」
「またか」
俺は返信を打つ。
『今日は夏川と買い物に来ています。サークルの買い忘れも買って帰ります』
嘘はない。
送信。
すぐに既読がついた。
だが、返事は来ない。
一分。
二分。
エスカレーターを降りても、画面は動かなかった。
「返ってきた?」
莉央が聞く。
「まだ」
「真昼先輩、忙しいんじゃない?」
「そうだと思う」
「気になる?」
「気になる」
「正直だね」
「お前の前で隠しても仕方ないだろ」
「そうだね」
莉央は少し笑った。
けれど、その笑顔の奥に、わずかな寂しさが見えた気がした。
「帰る?」
突然聞かれる。
「なぜ」
「真昼先輩のところ、行きたいなら」
「行かない」
「即答」
「今日はお前と来たんだから」
「でも、返事気にしてるじゃん」
「気にはする。でも、それと帰るかどうかは別だ」
「真昼先輩が来てって言ったら?」
意地悪な質問だった。
俺はすぐに答えられない。
真昼先輩から、会いたいと言われたら。
正直、行きたい。
でも、莉央との約束を途中で切り上げるのは違う。
「理由による」
「逃げた」
「緊急なら行く。サークルの作業だけなら、今日は行かない」
「どうして?」
「先にお前と約束したから」
「真昼先輩より、あたしを優先する?」
「順位の話にするな」
「でも今だけは?」
莉央が俺を見る。
冗談のように笑っている。
けれど、答えを待つ目だった。
「今は、莉央との約束を優先する」
言った。
莉央の表情が、少しだけ緩む。
「そっか」
「嬉しい?」
「ちょっと」
「正直」
「悠斗にうつった」
その時、スマホが震えた。
真昼先輩からの返信。
『そう。楽しんできてね』
普通の文面だった。
絵文字もない。
いつもの柔らかな一言もない。
短い。
「何て?」
莉央が聞く。
「楽しんできてって」
「なら、いいじゃん」
「うん」
「安心した?」
「半分」
「残り半分は?」
「少し短い」
「メッセージなんて、そんなもんでしょ」
「白瀬先輩は、もう少し何か付けることが多い」
「悠斗」
「何だ」
「真昼先輩のメッセージ、よく覚えてるね」
「気になる人だから」
答えると、莉央が一瞬黙った。
その後、いつものように笑う。
「じゃあ今日は、その気になる人を少し気にさせてみよっか」
「何をする気だ」
「別に何もしないよ」
「顔が何か考えてる」
「悠斗にはまだ読めないでしょ」
「初級だからな」
「じゃあ、練習」
莉央は俺の袖を軽く掴み、最初の服屋へ向かって歩き出した。
「ちょっと」
「人多いから、はぐれないように」
「子供ではない」
「でも、ぼーっとしてると真昼先輩の返信ばっか考えるでしょ」
「否定できない」
「今日は、あたし見てよ」
袖を掴んだまま、莉央が振り返る。
笑っている。
いつもの、軽い笑顔。
でも。
その言葉だけは、冗談に聞こえなかった。
「わかった」
俺は答えた。
「今日は莉央を見る」
「……そこまで真顔で言わないで」
「お前が言ったんだろ」
「そうだけど、ちょっと照れるじゃん」
「面倒だな」
「だから、今日は特に面倒だって言ったでしょ」
莉央は俺の袖を離さなかった。
俺も、離してくれとは言わなかった。
デートではない。
たぶん。
ただの買い物。
友達同士の休日。
それなのに。
真昼先輩からの短い返信を気にしながら、莉央に袖を掴まれて歩く俺は。
すでに、誰か一人だけを見れば済む場所にはいなかった。
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