第8話 最初の味方、バンド加入へ
放課後の音楽室は、相変わらず既存バンドの練習音で賑わっていた。天咲蒼はベースを肩にかけ、ノートを片手に部屋の隅に立っていた。あの時自分でバンドを作る決意をしてから、気持ちが少し軽くなった気がする。でも、現実はまだ厳しい。部員に声をかけた反応はまちまちで、未経験の集まりに本気で参加してくれる人は少ない。
(それでも……星歌先輩がいてくれる)
蒼は上原星歌先輩の姿を探した。ポニーテールを揺らしてギターを調整している先輩の背中は、いつも明るくて頼もしい。昨日のミーティングで「一緒にやろう」と言ってくれた言葉が、胸に残っている。最初のメンバーとして、星歌先輩を正式に迎え入れる日が来ると確信していた。
「星歌先輩」
蒼が声をかけると、星歌先輩はすぐに振り向いて笑顔になった。
「蒼ちゃん! どう? 昨日言ってたメンバー探し、進んでる?」
二人はいつもの端のスペースに移動した。星歌先輩がギターを置いて、隣に座る。近くに感じる先輩の存在が、蒼に勇気を与える。
「実は……まだ誰も決まってなくて。でも、先輩が本気で一緒にやってくれるなら、私の最初のメンバーとして確定したいんです。正式に、バンドに入ってもらえませんか?」
蒼の言葉は、少し緊張で震えていた。主体的に動くのはまだ慣れない。でも、藤井頼人への恋心と、音楽への想いが背中を押す。
星歌先輩は目を丸くした後、ゆっくりと笑みを深めた。
「蒼ちゃんがそう言ってくれるなんて……嬉しいよ。私も、昨日からずっと考えてた。未経験の蒼ちゃんと一緒に、一からバンドを作るの、めっちゃ楽しそうじゃん。ギター担当で、正式加入するよ!」
その瞬間、蒼の胸に温かい波が広がった。初めてのメンバーが確定した。名前のないチームが、ようやく「二人」になった。
「本当ですか……! ありがとうございます、星歌先輩!」
蒼は思わず先輩の手を握った。星歌先輩も握り返し、笑い声を上げる。
「これで最初のメンバー確定ね。蒼ちゃんがVocalとBass、私がGuitar。まだ二人だけど、なんか本格的になってきた感じしない?」
二人は自然と笑い合った。星歌先輩の明るい声が、音楽室の喧騒の中で特別に響く。既存バンドの壁がまだ高い中、この小さな確信が蒼を強くする。
練習の合間、藤井頼人がこちらに気づいて近づいてきた。黒髪が少し乱れ、ギターの弦を触った後の指が印象的だ。
「天咲、星歌。なんかいい雰囲気だな。バンドの話、進んでる?」
頼人の穏やかな声に、蒼の心臓が跳ねた。第8話の会話の余韻が蘇る。あの「天咲のベース、好きだよ」という言葉。
「はい……星歌先輩が、最初のメンバーとして正式加入してくれました!」
蒼が報告すると、頼人は優しく微笑んだ。
「よかったな。天咲が主体になって動いた成果だ。星歌のギターなら、蒼のベースと相性抜群だと思う。俺のギターとも、いつか合わせたいな」
その言葉に、甘い疼きが胸に広がる。恋の自覚が、さらに強くなる。頼人は少し声を落として続けた。
「前に屋上で話したよな。天咲の想い、音に乗せて届けるって。星歌が入った今なら、もっと近づけるんじゃないか?」
短い恋バナのような励まし。蒼の頰が熱くなり、星歌先輩が横でにやにやする。
「藤井くん、蒼ちゃんに優しいねー。私のギターも、ちゃんと蒼ちゃんの恋を後押しするよ」
「先輩!」
蒼が赤面して抗議すると、三人で小さく笑った。頼人は照れくさそうに後頭部を掻き、
「頑張れよ。機材の相談とか、いつでも声かけて」
と言って自分のバンドに戻っていった。その背中を見送りながら、蒼は思う。距離はまだある。でも、星歌先輩という仲間ができたことで、少しずつ近づけそうな気がする。
黒田愛華がキーボードの前から、静かにこちらを観察していた。長い黒髪を耳にかける仕草が、いつものように洗練されている。休憩時間に愛華が近づいてきて、淡々とした声で言った。
「星歌先輩が入るの? 天咲のバンド、意外と動き出したね」
ライバルらしい、探るような視線。蒼はまっすぐに返した。
「はい。愛華さんのような完璧な演奏はまだできないけど……私たちなりの音で、挑戦します。愛華さんも、いつかステージで会いましょう」
愛華は小さく頷き、口元に薄い笑みを浮かべた。
「ふーん。未経験二人組か。面白いかもね。藤井くんも気にかけてるみたいだし、頑張りなよ」
その言葉には、ライバルとしての敬意と、わずかな棘が混ざっていた。蒼の胸に火が灯る。恋と音楽と、ライバル。すべてが自分を前へ進ませる。
部長の久保田音も気づいて声をかけてきた。明るい笑顔でギターを肩にかけたまま。
「天咲と星歌、正式に新バンド始動? いいね! 部活のルール上、練習室の予約は早めに取ってね。既存バンドが優先だけど、隙間を見つけて頑張って」
「ありがとうございます、部長!」
星歌先輩と一緒に頭を下げる。部長は少し感慨深げに頷いた。
「未経験からここまで主体的に動く子、珍しいよ。音で勝負して、部活を面白くしてくれ」
その言葉が、蒼の決意をさらに固くした。
その日の練習後、蒼と星歌先輩は二人で残って最初の「バンド練習」を始めた。音楽室の隅の小さなスペースで、星歌先輩のギターと蒼のベースが重なる。
「まずは簡単な曲から合わせようか。蒼ちゃんの好きな、藤井くんっぽいメロディで」
星歌先輩が提案し、優しいコード進行を弾き始める。蒼はベースで低音を支え、ところどころで自分の声を乗せてみた。未完成で、音がずれても、二人で笑いながら修正する。
「いい感じ! 蒼ちゃんのベース、温かみがあって好きだよ。私のギターと合わさると、なんか『光る』感じがする」
星歌先輩の褒め言葉に、蒼は自然と笑みがこぼれた。
「先輩のギターがあるから、私も安心して歌えるんです。最初のメンバーとして、本当にありがとう……これから、よろしくお願いします」
二人は手を重ねて、固い握手を交わした。名前のないチームの、最初の確定メンバー。未経験同士の絆が、確かに形になった瞬間だった。
練習の合間に、星歌先輩が少し真剣な顔で話してくれた。
「正直、私も既存バンドの壁にずっと苦しんでたんだ。蒼ちゃんが飛び込んできて、決意した姿を見て、私も本気で動きたくなった。藤井くんへの恋も、音楽に全部ぶつけてさ。一緒に、最高のバンドにしようね」
その告白に、蒼の目が少し潤んだ。
「私も……星歌先輩が最初の味方じゃなかったら、ここまで来れなかったと思います。恋も、音楽も、一緒に叶えましょう」
二人の会話は、恋バナめいた甘さと、音楽への本気の熱が混ざり合っていた。夕陽が音楽室の窓から差し込み、二人の影を長く伸ばす。
藤井頼人が忘れ物を取りに戻ってきた時、二人の練習を少し聞いてくれた。
「いい音だな。星歌のギターが蒼のベースをしっかり支えてる。続きが楽しみだ」
頼人の一言が、二人をさらに奮い立たせる。蒼は胸の鼓動を抑えながら、
「藤井さん……いつか、ゲストで参加してくれませんか?」
と大胆に誘った。頼人は笑って頷いた。
「その時が来たら、喜んで」
家に帰る道、蒼は星歌先輩と並んで校門を出た。夕焼け空の下で、二人はこれからの計画を語り合う。
「次はドラムと、もう一人。候補、リストアップしようか」
「うん。私、Vocalも本格的に練習するよ。藤井さんの音に負けないように」
星歌先輩が笑い、蒼も笑う。最初のメンバー確定は、小さな一歩。でも、それが名前のないチームを本格的に動かし始めた証だった。
その夜、蒼は部屋でベースを抱えながら、ノートに「星歌先輩加入」と大きく書いた。指のマメが疼くが、痛みは喜びに変わっていた。
光る初恋を、コードに乗せるための物語。未経験の主人公が主体となり、最初の仲間を得た今、未来が少しだけ明るく見えた。
黒田愛華の存在は、まだ遠い壁として胸に残る。でも、それもまた、成長の糧になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます