各話に登場する人物たちが、物語中に直面する違和感。「これはただの勘違い」、そう思い込んで、いや自分に言い聞かせてそのまま進んでいく。その先に待つものは……。
「違和感を無視しなかったらよかったのに」と登場人物に対して思うこともあるでしょう。でも、現実の私たちも彼らを非難できません。「このままでいいのか」「一度立ち止まらないと」「一旦冷静になろう」という考えが一瞬よぎったとしても、その違和感を見ないふりをすることはありませんか? 自分が今手にしている平穏な日常、表面上の幸せを失くすことを恐れ、その違和感に気づかないふりをする。そうして、不穏な道へとどんどん進んでいくのは、経験ありませんか?
違和感は、いつも小さな顔をして現れる。
友人の歌詞に残された、知っているはずの夜。
自分のためだけに空けられた、常連の席。
恋人からの返信までに空いた、わずかな時間。
誰も住んでいないはずの、隣の部屋。
一人で予約したはずなのに、用意されている二人分の食器……。
どれも最初は、気のせいで済ませられる程度の違和感だ。
けれど本作は、その小さな綻びを決して見逃さない。
登場人物が目を逸らした理由まで丁寧に拾い上げ、
やがて日常の何でもない景色を静かに反転させていく。
怖いのは、怪異や犯罪そのものではない。
愛されたい。必要とされたい。許されたい。自分だけの居場所がほしい。
そんな誰にでもある人の感情が、違和感を飲み込む理由になってしまうことだ。
派手に驚かせるのではなく、読み終えたあとで、最初の一文から読み返したくなる。
日常と心理の隙間へ細い針を差し込むような、
極上のサスペンスホラー短編集。
その違和感は、たぶん正しい。
けれど、正しいと気づいたときには、もう日常には戻れない。
【レビューコンテスト応募】
凄まじい筆力と、背筋が凍るような心理描写に圧倒されました。Girls' Love(百合)の枠組みを超え、執着と依存、そして「創作(歌)」という魔物に魂を売った表現者の業を描く、一級品の心理サスペンス文学です。
何よりも恐ろしく、そして美しいのは、「女同士の、言わないことで守られている親しさ」という繊細なモラルが、後半にかけて180度反転し、「凄惨な事件を自作自演してまで、颯を自分に縛り付け、極限の感情(楽曲)を絞り出す」というナナの底知れない狂気へと変貌していくグラデーションです。
「銀のシートが三枚」「消したはずの写真」「うしろ、と叫んだナナ」……散りばめられた微細な違和感が、ナナの「私は体験したことしか書けない」というインタビューの一言ですべてが繋がり、最悪のパズルが完成する構成の美しさは鳥肌モノです。
ラストの、颯の「目ではなく、喉元を見た」というナナの視線。次は颯との関係を「本物の体験」にするために、彼女が一体どんな恐ろしい事件を、あるいは関係の破壊を仕掛けてくるのか。静かな微笑みの応酬の中に、果てしない地獄と、それに抗えず駆けていってしまうであろう颯の宿命が予感され、息が詰まるほどの余韻に満ちています。最高傑作です。