イリーナの遺志


 気づいた時は、家の中だった。



「ジム。平気か?」



 マシューの声がした。私は起き上がった。



「ウィー・デアが運んでくれたのか」


「ああ。無理をさせたと悔やんでいるようだった」



 私は周囲を見回した。イリス人が飛べない我々の為に、低い土地に建ててくれた住居。木や草を編んだ繊維、獣の皮などを組み合わせた簡素なそこで、生き延びた十人は暮らした。正直言って最初は狭いと感じた。だが今は、がらんとして見える。


 空になった寝台が増えた為だ。



「墓参りはどうだった」


「ちゃんと全員の分を済ませたよ」



 マシュー・ロッサ。年若い宙兵隊員は、横たわったまま微笑んだ。その頬はこけ、青白い影がさしている。



「俺の時は、カッコイイ男前だったって言ってくれるか」


「君は……まだ大丈夫だ」


「気休めはよしてくれ。マ・リンを見ろよ」



 この家にいるもう一人の住人に目をやる。彼は二週間前から眠り続けている。その意識が戻る事は、もはやない。この地で死んだ七名と同じく。



「俺もじきにああなる。救いは、痛みを感じない事かな。どっちにしろぞっとしないが。ろくな人生じゃなかったが……最後までろくなもんじゃないな」



 私は彼の側に行くと、黙って彼の頭を抱いた。マシューは弱った腕を上げて、私の腕に手を添えた。



「ごめんな、ジム。あんたにこんな事言ったって、何にもならないのに」


「いいんだ」


「怖いんだよ」


「わかっている。私もだ」



 マシューは小さく笑った。けれど彼が泣いているのも、私にはわかっていた。



 *  *  *



 惑星イリスが危険度8に認定された背景に、住人の気質や、外から来た者は殺せとする掟が大きく関わっていた事は間違いない。けれどそれ以上にこの惑星には、地球系人類にとって危険な事があった。


 惑星にある、ごく微量の元素。惑星住人には無害なそれは、地球系人類にとっては致命的な毒だった。


 大気に、土に、水に。全てのものに含まれるそれはゆっくりと、けれども確実に体を蝕む。ごく短期の滞在であれば問題はない。長くても一月程度なら。しかし一年以上をここで暮らすとなると、話は違ってくる。


 最初に異常を示したのは、フォルタナ大尉だった。彼女は次第に衰弱し始め、やがて眠ってばかりいるようになった。次はカーロ。その次はヒデとサユカ。何かの風土病かと、医師であるエミリアは必死になって調べた。そうして原因がわかった時には彼女自身、立ち上がれないほど衰弱していた。



『イリスでは呼吸するたび、何かを食べたり飲んだりするたび、地球系人類は毒に冒される。毒はゆるやかに蓄積され、やがて我々を死に至らしめる』



 それが彼女の最終結論だった。その結論は我々を、静かな絶望に陥れた。


 それでもイリーナは希望を捨てるなと言った。救助はいつか、必ず来ると。死の恐怖に怯える仲間を彼女ははげまし、一人一人と目を合わせて言った。



『聞きなさい。私たちは今、生きている。そして私たちはなし遂げた。この惑星住民を食い物にしていた密輸業者を撃退した。外の者を必ず殺せとしてきたイリスの掟を変えた。


 これが惑星イリスの住民にとって、どのような未来をもたらすのか、私にはわからない。誰にもわからないでしょう、今の時点では。けれど私は確信している。いずれ、私たちのなし遂げたこの小さな出来事が、惑星全体を変え、イリス人を平和的に連邦に加盟させる道へと導くだろうと。


 どのような最後を遂げる事になろうと、私たちの人生は無意味ではない。決して無意味ではない。私たちは生きて、生きた。そしてなし遂げた。それが事実。ただ一つの真実です。これを誇りとし、最後まで生きましょう。そして我々は一人ではない……。


 連邦はいつかきっと我々を見つける。それが十年後なのか、百年後なのかはわからない。けれど必ず見つけてくれる。私たちの生きた証を。その時私たちは、語り継がれる事になるでしょう。見つけた人々の間で。この事実を知る者の間で。


 希望を捨ててはならない。最後まで。誇りを捨ててはならない。どんな時でも。私たちがどう生きたかは、やがてこの話を聞く未来の子どもたちの希望となり、支えとなる。私たちには、未来に生きる人々に責任があるのです。覚悟を決め、正しく在り、行動し、生きるのです。最後の瞬間まで』



 そう言った時既に、イリーナの体は限界だった。それでも彼女はできる限りの仲間を看取り、残る者に生きる指針を与えようとした。


 彼女の死後は、副長のエミットがその役割を引き継いだ。墓に詣でる時に、仲間の名と特徴を声に出して言うようにしたのはその頃からだ。生きてまだ動ける者は、月に一度必ず、墓へ行き、彼らの名と思い出を語った。


 その声が一つ減り、二つ減り、……惑星上陸より六年目の今では、最後の尉官である私一人が、この習慣を続けている。




 その夜、眠り続けていたマ・リンが息を引き取った。マシューは声を上げて泣いた。私は彼を抱き寄せて、朝までずっとそうしていた。


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