柔道が嫌いだった少年の胸の内が、短い物語の中で鮮烈に描かれていました。
父親から『一番になれ』と言われ続ける久寿雄の息苦しさ。
柔道そのものが嫌いなのではなく、そこに父の夢や支配が重ねられているからこそ、彼にとって柔道着は誇りではなく、縛りの象徴のように見えました。
特に印象的だったのは、『一番』という言葉の扱いです。
父が押し付ける一番。
母が口にする一番。
そして、久寿雄自身が欲しかった一番。
同じ言葉が、場面ごとにまったく違う意味を帯びていき、家族の会話が少しずつ不穏な方向へ傾いていく展開に、胸がざわつきました。
また、文章のリズムも独特で、表現に使われる文字の変化までもが心情を映し出しているようで、思わず唸りました。
軽さや幼さのある語り口だからこそ、胸の奥にある違和感や痛みがより強く伝わってきます。
最後に向かうほど言葉の質感が変わっていく表現も、久寿雄の心の揺れと重なっていて、とても印象的でした。
家族の愛、期待、支配、承認欲求。
それらが絡まり合う中で、少年の心がどこへ向かっていくのか。
短編としての切れ味が鋭く、読み終えたあとも深い余韻が残る作品でした。