第17話 姫を敵に回したSNS店主の末路
私はすぐに店主に電話。
私の顔写真と実名、それと投稿内容を全て削除するよう求めた。
だが――。
『忙しいから電話してくるな!』
店主はそれだけ言うと、一方的に電話をガチャ切り。
その後電話をかけても全く繋がらず、メッセージを送っても既読が付くだけで、謝罪どころか返信すらない。
仕方なくSNS運営会社へ削除依頼を出したものの、対応は遅々として進まなかった。
そうこうしているうちに、今度は私の育児ブログまで荒らされ始める。
「最低な母親」
「子どもがかわいそう」
「こんな親は育児する資格なし」
根も葉もない誹謗中傷が、次々とコメント欄に書き込まれていく。
中には、颯真まで悪く言うコメントも。
「……もう嫌」
ここまで来ると、もう私一人ではどうにもならなかった。
姫 『……助けて、みんな』
ギルマス 『もちろんだ。姫のブログに書き込んだ奴を特定する。少しだけ待ってろ』
姫 『ありがとう』
冒険者 『そのDQN親子も店主もまとめて地獄に落としてやろうぜ』
ペテン師 『これは慰謝料案件ですね。証拠は全部保全しておきましょう』
千里眼 『キチ親子なら、たぶん見つけられると思う』
姫 『本当!?』
千里眼 『俺を誰だと思ってる。偵察と索敵なら任せておけ』
姫 『さすが元自衛官! 頼もしすぎる!』
千里眼 『冒険者、手伝ってくれるか?』
冒険者 『おk。さあ、狩りの時間だ!』
◇
誹謗中傷で荒れていた私の育児ブログは、ある日を境にピタリと静かになった。
そう。
ギルマスさんが書き込みの発信者を調べたところ、その半分以上が洋食屋の店主による捨てアカウントだったのだ。
「……これ全部あの店主だったの?」
私は思わず言葉を失った。
店のSNSでは正義を気取りながら、裏では匿名で私を誹謗中傷していたのだ。
ギルマスさんが関連アカウントをまとめてブロック。さらにペテン師さんが店主へ警告すると、誹謗中傷は嘘のように止まったというわけ。
そして二日後。
事態は一気に動き出した。
あの店主と同じように、SNSを積極的に活用しているある洋食屋さんが、一つの投稿を公開した。
『子連れ客お断りの洋食屋さんが話題になってますが、ボクは反対です。お子様からお年寄りまで、全ての人の笑顔が見たくてボクは洋食屋をやっているので』
『しかもその店主、勝手な思い込みでシンママさんに無実の罪を着せ、SNSで攻撃するなんてたちが悪い』
『なぜボクがシンママさんを無実と断言できるか。それは店を汚して食い逃げした親子がボクの店でも同じことをしたからです』
『警察に逮捕してもらいましたが、あの母親たちは近所のファミレスを出禁になって、ウチみたいな個人営業の洋食屋しか入れなかったみたい』
『例の店主は、一刻も早くシンママさんに謝罪した方がいいですよ。なお、ウチの店はこれからもファミリー大歓迎です』
この投稿は瞬く間に拡散され、今度はSNS店主が炎上する番になった。
『無実の人を晒した責任を取れ』
『シンママさんの顔写真と実名、早く削除してください』
『謝罪まだ?』
『星1付けときます。こんな店、二度と行きません』
『確認もしないで勝手に犯罪者扱い。しかもSNSで晒す店って、なんのホラー?』
ネットの口コミ命の店だったのに、最低評価で埋め尽くされていく。
店主は慌てて言い訳を投稿。
『私も被害者だった』
『あの母親たちに騙されただけなんです』
『悪いのは自分じゃない。逮捕されたあの母親たちが悪い』
だが、それが火に油を注いだ。
『被害者はシンママさん』
『ここに書き込んで意味あるの? 謝る相手を間違えてません?』
『自分だけ被害者ぶるな』
こうして炎上は止まらず、ついに店主はSNSアカウントを削除。
ホームページからも、『子連れお断り』の一文を削除するしかなかった。
◇
その夜。
我が家のインターホンが鳴った。
モニターを覗くと、映っていたのはあの洋食屋の店主だった。
「……何の用ですか?」
「謝罪に参りました。この度は、本当に申し訳ございませんでした……」
画面越しに深々と頭を下げる店主。
両親と顔を見合わせた私は、玄関先だけならと外へ出た。
すると店主は、私たちの姿を見るなり勢いよく土下座した。
「本当に申し訳ありませんでした!」
「土下座なんて結構です。立ってください」
私は冷たく言った。
「それより、もう夜ですよ。小さい子どもがいる家だって分かってますよね?」
「すみません……でも、どうしても今日中にお願いしたくて!」
店主は顔を上げるなり、必死の形相で身を乗り出してきた。
「どうか助けてください!」
「……はあ?」
思わず聞き返す。
「SNSが炎上して、アカウントも消しました。ホームページも書き換えました。それでもネットでウチの店が叩かれてるんです!」
知るか。
そう思ったが、黙って続きを聞く。
「だからお願いです! かおりさんのブログに『和解しました』って書いてください!」
「私が書いたところで、何も変わらないと思いますけど?」
「変わりますよ!」
店主は食い気味に叫んだ。
「書いてる人たちは、あなたの育児ブログの読者なんです! いや……あれはもうただの読者じゃない。熱狂的なファンですよ!」
「はあ? 何言ってるんですか。私のブログなんか近所のママ友さんしか見ませんし」
「そんなわけないでしょ!」
店主は半泣きになって叫ぶ。
「近所のママ友さんが、40万人もいるわけないじゃないですか!」
「……え? 40万人って?」
言われて初めて、自分のブログのマイページを開く。
そして私は目を疑った。
「登録者数432,129人……何これっ!」
思わず二度見する。
「もしかして、運営バグってる!?」
ギルマスさんに勧められて始めた育児ブログ。どうやらこの一年で想像以上に人気が出たらしい。
自分が『のんびり屋さん』の自覚はあったが、これはさすがにのんびりし過ぎである。
「……分かりました」
私は小さくため息をついた。
「店への誹謗中傷はやめてください、とだけは書いておきます」
「ありがとうございます!」
店主の顔が一気に明るくなる。
「ただし」
私はすぐに続けた。
「和解したとは書きません。あなたのことを許したわけじゃありませんから!」
「そ、そんな……」
「それに、あなたのお店にはもう二度と行きませんので!」
店主の笑顔が凍り付く。
「食事代は払いましたし、話はこれで終わりです」
「ま、待ってください!」
店主は必死だった。
「ウチはSNSが命なんです! だから、かおりさんのブログでウチの店と和解したと書いていただかないと――」
「何で、ウソを書かないといけないのよ」
「だったら、今から和解を……」
「私の顔写真と実名を晒した人と出来るわけないでしょ!」
「それについてはプロバイダから警告を受けましたし、警察どころかなぜか総務省まで注意文を送って来たんですよ!」
「それ全部、あなたの自業自得ですよね」
店主が泣きついて来たが、私はそう突き放してやった。
「私が何度も『削除してください』ってお願いしたのに、あなたは何もしませんでしたし」
「うっ……」
「電話は切る。メッセージは無視する。それどころか、捨てアカウントまで使って私のブログを荒らした」
店主は何も言い返せない。
「そんな人を、どうして私が助けなきゃいけないんですか?」
「お願いです……そこを何とか……」
「知りません」
私は玄関のドアに手を掛けた。
「早く帰ってください」
そしてギロリと睨み、
「今すぐ帰らないなら、このやり取りも全部ブログに書きますよ」
「えっ!」
私はスマホの録画画面を店主に見せる。
「それと、私に対する名誉毀損について法廷で争う準備もできています。今後私に接触したら……どうなるか分かってますよね?」
「ひいいいいっ!」
そう言うと、彼は真っ青な顔で一目散に逃げていった。
◇
そんなことがあったのも忘れて、大学に復学して数か月が経ったある日。
仲のいいママ友さんから一本の電話がかかってきた。
『かおりさん、聞いた? あの洋食屋さん、潰れちゃったわよ』
「えっ、本当に?」
『客足が戻らなくて、閉店のお知らせが貼ってあった』
「そうなんだ……」
あの店主には確かに腹が立ったが、料理は美味しかったし、店の雰囲気も好きだった。
だから少しだけ複雑な気持ちになる。
『普通に繁盛してたのにもったいないよね。でも無実のお客さんを犯人扱いしてSNSで晒し者にするから罰が当たったのよ』
「そのSNSで反撃されて、まさにブーメラン王ね」
『ほんと、それw』
ママ友さんが笑った後、少し声を潜める。
『それよりもっと驚く話があるんだけど』
「なになに?」
『あの母親たち、二人とも離婚されたの』
「えっ、本当に?」
『食い逃げの常習犯で逮捕されたでしょ? それで夫から愛想を尽かされたみたい』
「そりゃそうだよね……私だってやだもん。そんな奥さん」
『子供を連れてのあの騒動だったし、親権も旦那さん側になったって。慰謝料も養育費も取られて家から追い出されたらしいわ』
「自業自得としか言いようがないね……」
『その悪ガキたちも、夫の両親が教育し直すって息巻いてるって』
「ふーん……あれ? でもどうしてそんなに詳しいの?」
『ウチの娘、あの悪ガキと同じ幼稚園なの』
「えっ、そうだったの!」
『幼稚園のママ友ネットワークってすごいのよ。SNSなんか比べ物にならないくらい情報が速いんだから』
「あははは。納得……」
二人で笑ってると、ママ友さんが思い出したように言った。
『それでも、分からないことが一つだけあるのよ』
「分からないこと?」
『最後にキチ親子が逮捕された洋食屋さん。どうも店側が、事前に来るのを知ってたようで、周囲に警察が待機していたらしいの』
「へえ……そうなんだあ」
『でも何で分かったんだろうって、みんなが噂してる』
「きっとママ友さんの誰かが、店に教えたんじゃない?」
『やっぱりそう思う? あちこちで相当恨みを買ってそうだし。でも誰かしら……?』
「さあ?」
それからしばらく世間話をして、私は通話を切った。
――もちろん。
あのキチ親子を通報したのは私たち『かおり騎士団』だ。
千里眼さんと冒険者さんが二人を監視し、店に向かったところで店主に連絡。
それと同時にペテン師さんが警察に通報。お金を払わず出たところで、現行犯逮捕。
その裏では、ギルマスさんがプロバイダや関係機関に働きかけて、SNS店主に注意文を出してもらった。
かおり騎士団の討伐クエスト、いつも完璧である。
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