飲み会

暖簾をくぐる前に、手を合わせてくる美冬に、小さく首を振った。


「母親と仕事の両立してる売れっ子アナウンサーにお金出させるわけにいかなかったしね」


「そういうところだよ、野川ちゃん」


「あー! 小野寺アナウンサー! ほんとに来るなんて! 珍しいっすね! こういう飲み会来るの! いろいろ話聞かせてくださいー!」


 後輩にあっという間に席に誘導された美冬に苦笑いを返すと、空いていた座布団に座った。


 西村くんの隣だったが、構うものか。


 どうせ同期だ、お互いに特別な感情もない。


「乾杯の音頭、ここは幹事の俺、といきたいところですけど、あえて小野寺アナウンサーにお願いしましょう! 年1であるかないかですからね、小野寺アナウンサーが飲み会来るなんて」


「ちょっとニッシーくんさぁ、人をゲームのレアモンスターみたいに言わないでってば」


美冬はそう言いながら、西村くんからウーロン茶の入ったグラスを渡されていた。


「皆さん、お疲れ様でした! 今日は皆さんで美味しい食べ物と飲み物囲んで、楽しく過ごしましょう! かんぱーい!」


 こういうアドリブもそつなくこなすのが美冬だ。


 昔からそうだった。


 正瞭賢高等学園せいりょうけんこうとうがくえんの放送部。


 全学年の生徒や教師たちからも毎週放送を楽しみにされる、美冬のラジオ番組がオンエアされるほどだったのだから。


 その放送のために、彼女自身がどれだけ睡眠を削って努力してきたかをおくびにも出さず、そつなくこなす。


 この器用さは、彼女の唯一無二の才能だとも思う。


 その才能、ちょっと分けてほしいなぁ。


 お通しのポテトサラダをつまんでいると、美冬から揚げ餃子と唐揚げの乗った取皿を渡された。


「良かったらどうぞ。お天気中継始まるまでずっと外で待機だったから、疲れたでしょ。たくさん食べなね」


「ありがと、美冬」


 私がそう返すと、美冬はにっこりと微笑んで、また彼女の隣に座った後輩と仕事の話を始めた。


「アナウンサーやってると、起きる時間が不規則じゃないですか。それで、同棲してる彼と喧嘩しちゃって。ちょっと仕事辞めようか悩んでて」


「何言ってるの。佐野アナウンサーがいないと収拾つかなくなる現場いっぱいあるでしょ。辞めるなんてダメ。私、佐野ちゃんがいろいろ芸能ニュース勉強してるのも知ってるし。誇りを持って視聴者に元気を届けなきゃね」


「本当に困ったら教えて。2部屋ある家に引っ越すとかになったら、いい不動産会社紹介するから」


 美冬はそう言って、目を潤ませている後輩の頭をそっと撫でていた。


 美冬は、すぐに関係性を切らせる方向には話を進めない。


 だから、周囲の人間が彼女を慕って自然に集まるのだろう。


 私は真逆だ。


 そんな関係なら切ってしまえとアドバイスをするだろう。


 こんなんだから、彼氏いない歴が年齢と同じなのか、と思って、近くにあったファジーネーブルをあおった。


 しばらく、ビールのお酌等をこなしながら熱心に話を聞いている美冬を眺めながら、私はときおりこめかみを抑えていた。


 先程あおったファジーネーブルが効いたらしい。


 普段はあまり量を飲まない私が、カクテルなんて頼んだからだ。


そろそろいい時間なので一次会はお開きにする、ということで解散となった。


 黒のスニーカーに履き替えてから、少し身体がふらついた。


「大丈夫? 野川さん」


 私の肩をそっと支えたのは、西村くんだった。


 ふと、チェックシャツのボケットから覗いた紫陽花柄のハンカチに、目が留まった。


「野川さん、送ろうか? お酒強くないのにカクテルなんて飲んでたでしょう。さっきから顔色良くないよ。無理しないで。来週の中継に響くから。俺、野川さんの中継、平日は欠かさずに観てるんだから」


タクシーは2台呼ばれていた。


 1台は美冬が呼んだものらしい。


 美冬は西村くんに何かを話しかけたあと、意味ありげに片目を瞑って、タクシーに乗り込んだ。


 告げた住所は、オノケンさんと愛娘がいる家だろう。

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