崩壊
「おい……契約すると、何が変わるんだ」
契約。
言葉通り、私の認識通りであるなら。ただ、約束を交わすだけのものであるのなら。
……事態を変えるほどの力があるとは思えなかった。
力を与えるとは、言っていたが……。
「契約は……私の、魔女としての力により履行させるものです。契約条項に従う限り、私と契約者の間で力を増幅させます」
「……契約後、履行しなかった場合のペナルティは?」
「強制的に従わせるような不思議な力は無いですが、意図して違反した場合致死級のダメージが入ります」
十分な強制力だろ! こら!
破ったら死ぬなんて……命がいくつもある怪物でもない限り、強制に変わり無い。
「契約無しで状況を解決できる可能性は?」
「無くはないですが、おすすめしません。まだ、力が足りていない。そうでしょう?」
クロエの言葉に間違いはなかった。
以前、クレースと共に遭遇したヒトのゼノサイト。
あれの動きに……私は、ついて行けていなかった。
私の成長は
「ヒトのゼノサイトが暴れている状況だと、証明できるか?」
「ご覧になりますか?」
そう言うと、クロエは両手の親指を逆の手の人差し指と合わせて四角形を作った。
どういう能力なのか、その中に、映像が浮かび上がる。
それは、凄惨なものだった。
ヒトのゼノサイト。以前に私が見たものとほとんど同じ、人型のエイリアンのような怪物による、虐殺。
その行動原理はわからないが、とにかく、人を殺して回っているようだった。
いや、行動原理は……食欲か? 人の屍肉を漁って口にしているような光景も映し出された。
映像を目にした紗夜が口を押さえて蹲っている。
紗夜は、まだ……この世界に来て、グロテスクなシーンを目にしてはいなかった。これが初めて。当然の反応だと言えた。
私はもう慣れたものだが……。
「紗夜……大丈夫か?」
紗夜は涙目になってこちらに手のひらを向けてきた。
無理、ギブアップ……らしい。
こんな状況なのに、その仕草に少し心拍が揺らいだ。
助けになるかわからないが、屈んで背中をさすってやる。
「…………」
「…………? クロエ?」
映像を映すのを止めたクロエが、初めて見る不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
眉根を寄せて。
今まで内心私達をどう思っていたのかは知らないが、少なくともこいつが不機嫌を表に出すようなことは無かったはずだ。
この非常事態に際して余裕が無くなっているのか?
「悪い。なるべく早く決断するから、少しだけ、考えさせて──」
「────そういうことじゃ、ないんですよねえ。……やっぱり、回りくどかったかな。……自分がこんなに短気だったなんて……初めて知りましたよ」
「……………………?」
遮るように放たれたクロエの言葉を、私は理解できなかった。
いや……思考を放棄していたのかもしれない。
嫌な予感がして、考えたく、なかった。
「やっぱり────最速で『結果』が欲しい」
「おい……? クロエ────」
直感で静止しようとしたが、私の動作はクロエと比べてあまりにも緩慢だった。
一瞬の出来事だった。
全てが目にも止まらぬ速さで行われた。
少し前だったら、その動きは一瞬たりとも私の目に映らなかっただろう。
クロエは────足のホルスターから銃を抜くと、紗夜の側頭部に照準を合わせて引き金を引いた。
きっと、弾も以前見たものと違った。今の私の目でさえ追えない弾速だった。
だって、反応できたなら……止められたし、絶対に、止めていた。
目の前でこんなことをさせるなど、許すはずがなかった。
今起きたことの結果を視認するのが怖かった。
状況を把握したくなかった。
だって、私は。
今、起きているであろうことが、本当に、起きている、ことだったとして────何をすればいいの?
「ふふ。これで、二人っきり……ですね」
「…………何を、言ってるの?」
「口調がちょっと変わりました? 混乱している……今までの人格は、対外用に構築された鎧? でも、それも素敵です……メア様……本当のあなたを、もっと、見せて」
「…………?」
クロエの言葉が、本気で、一言も理解できなかった。
言葉として耳に届いてはいるのに、そこから意味を汲み取れなかった。
「呆けてる……っ、愛おしい! 今は、それすら愛おしく感じてしまいます。境遇や年齢にそぐわない、即断即決の判断力と決断力、解決力が、あなたの魅力の大部分だと考えていましたが……それが削がれて尚惹かれます……きっと────私達を邪魔する人がもういないから」
クロエは自分の顔を手で包み込むように覆っていたが、暗い興奮を隠し切れてはいなかった。
クロエの発する言葉も加速し、まるで劇場にいるような感覚があった。
「……だから…………何を、言ってるの」
「メア様!」
そう大きく叫ぶと、クロエは口付けでもするみたいに私の手を取ってこう言った。
「サヤ様は────もう、いないのです」
クロエが告げたその言葉。
恐らくは、真実の言葉。
私は、それを受けて初めて……右後ろにいたはずの紗夜に目を向けた。
「さ……や…………?」
受け入れたくなかった。
だが、
紗夜は────血色の水溜まりの中に、顔を埋めて倒れていた。
紗夜の形を外れてはいなかったが、しかし、側頭部に穴が空いていた。
そうでなくとも、生きていられる量の出血でないことは明らかだった。
「あ……あ────あ゙あ゙ああああああああああああああッ!!」
絶叫が、私の口から漏れた。
制御できなかった。感情が理性に優先されて、勝手に声を上げていた。
「ああ……その動揺も、素敵です。初めて見せてくれる、あなたが、とても…………愛おしい」
クロエの言葉は、ずっと理解できないままだった。
私の耳にはまるで、宇宙人の言葉みたいに聞こえていた。
────だが、いい。そんなこと、考えている場合じゃない。
絶叫で一度感情を吐き出したことで、少しだけ冷静さが戻ってきた。
脳裏が焼けるように熱く、喉にさえひりつくような痛みがあるが、思考は、できる。
落ち着け。
まだ、『ある』。
酸素が要る。
私は一度大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「深呼吸……メア様の、クセ、いや……ルーティンですかね? 深い思索を必要とする場面で同じ事をしているのを見ました。今までに三回」
「…………」
クロエの言葉を無視して考える。
ある、のだ。この状況から、紗夜を救う方法。
このために、こんな事態のためにとっておいたもの。
普通、死んだ人間は生き返らない。そんなことはわかっている。
だが、この世界は決して──普通じゃない。
『レベル2』。
一人一つだけ持てる力。魔法のレベルアップ。
条件によっては、『理を超える現象を起こす』能力。
手記に書かれていたことを思い出す。落ち着いて、一つ一つ。
『荒唐無稽な能力は実現できない』。
『能力は制約と代償を伴う』。
『起こせる現象は個人の資質と諸条件に依存する』。
『条件を満たし強く願う事で発現する』。
────『初回発現時に問合せが行われ、許可されたものだけが能力として齎される』。
荒唐無稽な能力。
死者の蘇生は、きっとそれにあたる。
だが……死亡直後なら?
可能性が無い、とは、言えないはずだ。
そもそも、聞いている話からすれば魔女の能力なんて全部、私からすれば荒唐無稽だ。
隕石を落としたり、運命の魔女だなんて名乗っている奴がいて、その程度の蘇生が出来ないなんて……最初から考えて諦める必要は無い。
レベル2に必要な条件についても……クロエの発言から、察しはついている。
ふとクロエの方を見ると、その表情を更に恍惚に染めて、歪めた瞳でこちらに秋波を送っていた。
「完ッ全に、帰ってきたみたいですね。瞳の奥に知性を感じさせる鋭い眼光、まさしくメア様のものです。素晴らしいッ! 思い人で親友の女の子が死んじゃったのにっ! 早すぎる……。一瞬で切り替えて、ちゃんと考えて……。そんなこと────普通の人間には、出来ない」
クロエの発言を無視して更に考える。
資質。生来のものを指すなら、きっと足りている。
根拠は、以前のクロエの言葉だが……。
制約と代償。別に何を犠牲にしたっていい。
強い願い。足りていない、わけがない。
私の奥底には、今、初めて経験するほど強い感情の奔流がある。
過去のトラウマなんて霞む。
鍵になるのは────条件。
「レベル2、ですか? 確かに、死後間もなく、かつ、外傷が原因であれば……蘇生するくらいのことは、経験上、できると思います。そのくらいの能力なら作れます。でも……足りない。
「…………」
私の考えを読むクロエの言葉は、確かに懸念と一致するものだった。
レベル2は、きっと戦争等で大量の
普通に生きていては、届き得ない。
だが……ある。
希望が、ある。
足りない
クロエは、想像以上に私のことを見ていた。だが……それでも、きっと常に監視できていたわけではない。
だから、今、奴は決行した。蘇生の可能性が無いと考えたから。
そして、その後の妨害もしていない。
それは致命的な見落としで、私にとっての希望だった。
体の中にある違和感に意識を向ける。
魔力とは違う、元からあるものでは決してない、私の中を蛆虫のように這いずる違和感。
「────力を寄越せッ! 私にッ!!」
そう叫び、這う違和感を第三の腕で以って操るような感覚で身体から引き摺り出した。
そして────黒曜石のような、黒く、暗く光る結晶が、私の身体を覆った。
クレースがくれた、『いいもの』。
変異した根源寄生体『アルファ』は確かに私の中に根を張り、しかし、私はクレースと同様
パキパキと、身体を覆う結晶が弾ける軽い音がした。
だが……音に反し、質量と硬度は並大抵のものではない。
分かる。
私には。
これを、どう動かせばいいのか。
直感的に理解できる。
何故か恍惚の表情を崩していないクロエ。
そのクソ女を、結晶を触手のように伸ばして吹き飛ばした。
轟音と衝撃。木製の床が爆散する。
出力は、私の想定以上だった。
そのまま結晶で四肢を地面に固定して制圧する。
すぐに殺さないのは……何かしらの自衛能力が強く発動するリスクがあるから。
クロエにはそうさせるだけの不気味さがあった。
強引に拘束されたクロエが叫ぶ。
「ああっ、メア様ッ!! あなたは、どうしてッ! こんなにも、あまりにも────美しいッ!! 私をッ、狂わせるッ!!」
「てめーの頭がおかしいのを私のせいにしてんじゃねえ!!」
結晶の触手による暴力で拘束されて尚、クロエは態度も表情も、モノクルの奥の狂気の瞳も変わらなかった。
やはり……こんな奴をすんなり殺せるとは思えなかった。何かある、気がする。
気の狂った女に構っている暇は無い。
私がクリアしたのは第一のハードルでしかなく、まだ、事態は解決していない。
「レベル2、だ! 蘇生の能力を────要求する!」
腕を掲げ、虚空に向かって宣言する。
正確な手順なんて、作法なんて、分からなかった。
クロエに聞いたって教えるわけがない。ただ、強く願って、叫んだ。
他に条件があればダメ。特定の手順が必要ならダメ。そんなもの調べている間に紗夜は『死後間も無い』状態ではなくなってしまう。蘇生の条件が満たされない。
ただ、祈る。
紗夜を助けてください。
紗夜は何も、悪いことを、していない。
私はどうなってもいい。成り行きとはいえ、仕事とはいえ、人を殺してるし、それも1人2人じゃない。邪な気持ちだってあったし、どう罰されてもいい。
だが、紗夜は。紗夜が害されるのは────ダメだ。
無辜で純粋で無垢な彼女の命が、狂人の奇行で奪われるなんてこと……あってはならない。私の因果だと言うのなら、直接私に罰を与えてほしい。
助けてください。どうか。紗夜を。
そして、どれだけ祈りを捧げたのかわからないが────気が付けば、私は何も無い真っ白な空間にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます