第4話 この国、人間がいない?!
「さて……
そろそろ動けるようになりましたし、リハビリも兼ねてお散歩
……あっ、足がありませんから、遊泳にでも出かけとうございますわ」
私が言うと、オクトさん
……いえ、オクトは何故か慌てて、
「つ、つい先日まで生死を彷徨っておられたのですから、もう少し寝室でごゆっくりなさってもおよろしいのでは?」
「お気遣いありがとうございます。
けれど、あまりに寝たままですと身体も凝りますし、床擦れもいたしますので」
「お、お姉様、食欲もまだ戻っておられないではありませんか。
そのような状態でご遊泳に出られては、」
何故かプリムラも慌てている。
たしかに、食事は美味しく、彩りや食器の美しさから見ても、心尽くしのものが出されているのはわかるのだけれど……
私としては、魚介と海藻ばかりだと飽きてしまうから、そんなにたくさん食べる気には、なれないのだけど。
それのみで栄養が行き渡る身体になったのは実感としてわかるけれど、やはり肉やジャンキーな食事の旨味を覚えてしまった身には、寂しくもある。
本物のミレイ姫は、もっと食べておられたのね。
「ふふふ、大病で食が細くなったのかもしれませんわね。
だけど、最低限は食べているので大丈夫ですわよ」
「ミレイ様の仰る通りですわよ。
寧ろ、動いたら食欲も増して、本調子に戻るのも早くなるかもしれませんわよ。
もちろん、ご遊泳にはわたくしも同行いたしますわ」
時はちょうどオクトの退社時間、世話役を交代しにきたエビータ女史が、厳格な声でわたくしに加勢すると、オクトとプリムラは渋々引き下がった。
そう、たしかに、オクトたちに傅かれ、上げ膳下げ膳されるのも心地よくはあるけど、早く泳ぎ方をマスターしたいとか、このコーラリア海底王国を見て回りたいという気持ちが勝るのだ。
「で、ではわたくしも同行いたしますわ!」
ありがたい。
私はまだ王宮から出たことがなく、人魚の泳ぎ方すらも知らないので、同じ人魚のプリムラの動きが、とても参考になる。
「ミレイ様、お忘れ物ですよ。
お出かけになる際には、こちらも必ずおつけになるではありませんか」
エビータ女史が恭しく差し出したのは、オレンジの星モチーフのヘアアクセサリー
……いや!
この表面のゴツゴツ具合は、ヒトデモチーフだ!
思えば、ここは海底王国なんだから、星なんて概念がなくて当然なのかもしれない。
そういえば、宮殿内の小物やインテリアのデザインも、
あっ、素敵なお花柄!
と思ったものは、よく見たら全てイソギンチャク、サンゴ、カラフルな海藻、のどれかの柄だったものねえ……
もう、星や花を見ることは、生涯叶わないのかしら……
前世で特別それらが好きだった、という自覚もなかったけれど、意外とそういった身近な美しいものが、ささやかな心の支えになっていたことに気付く。
「ああ、お姉様、やはり動きがぎこちのうございますねえ……
やはり、少し早すぎたのでは……」
「なにを仰います、プリムラ様。
リハビリとはそういうもの、ぎこちない動きを実践で治していくものなのです」
「で、ですが、ならば宮殿内で……
よたよたした動きをしているところを国民に見られては、人魚姫の品位に関わるではありませんか……」
エビータ女史にぴしゃりと叱られても、プリムラはまだ食い下がった。
「そのような甘やかしをしていては治りが遅くなりますし、病み上がり相手に品位がない動きだのと思ったり、口に出したりするようなはしたない愚民など、存在したとて放っておけばよろしいのです。
それに、ほら……
そのような心配はご無用のようですね?」
エビータ女史が多足で示した先には、服を着ているわけでも無し、私にはどの方が雄なのか雌なのかもわからないけれど
……とにかく多くの国民の姿があり、彼ら全員が私のことを、うっとりとした視線で眺めていた。
「ちょ、ちょっとお!
なんでみんなお姉様ばかり!」
「いえいえ、プリムラ様は常にお可愛らしゅうございますよ。
しかし今回ばかりは、ミレイ様が病み上がりでほっそりしておられるという物珍しさがございますからね。
平時はプリムラ様に視線が集まるのですから、たまには良いではございませんか」
エビータ女史は、ご立派なお髭をしごきながら、澄まし顔でプリムラを宥めた。
なるほど……
本物のミレイ姫は、これほどの美のポテンシャルを持ちながら、色気より食い気の娘だったようね。
でも、せっかくこうして病気で痩せてすっきりしたのだし、健康体に戻ったところで私は海産物ばかりたくさん食べる気にもなれないから、ちょうどいい、このままをキープできるように頑張るわ。
そうすれば、少しは本物のミレイ姫の無念への
それに、ホラ……
この、今までに浴びたことのない恍惚の視線の数々
……なんて気持ちがいいんでしょう……
……あれっ、でも……
「え、えっと……
この国って、もしかして……
人魚以外は完全な魚介類ばかりで、
人間がいない?」
「……ニンゲン?」
プリムラとエビータ女史は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で首を傾げた。
「それって、どんなものなのです?」
「じょ、冗談でしょう?!
物知りなエビータ女史なら、ご存知のはずです!
ほら、上半身は人魚と同じで、下半身も上半身と同じ色で、二本の足が生えている生き物ですよ、」
「そんな気味の悪い生物が、この世に存在するわけがないでしょう?
ミレイ様、高熱にうかされて、妙な夢でも見たのではありませんか?」
エビータ女史とプリムラは、ひどく憐れむような視線を私に向けた。
「そ、そんなことありませんよ、
絶対にいますって、」
「ならばエビデンスを示してください。
幸いにも、宮殿の書庫と近くの図書館を合わせれば、国内全ての文献が揃っておりますからね。
どの本にも記載がなければ、そんなものは存在しないのですよ」
「わ、わかりましたっ!
ならば、せっかくですから、これからその図書館へ足を運ぶといたしましょう!」
「足を運ぶ……ですか。
わたくしやジル様やオクトならともかく、足のないミレイ様が仰ると、妙な響きになりますわね」
そうか……
この国には、足のない知的生命体の方が多いから、
そんな慣用句も生まれない、か……
水中で動くのにも慣れてきたので、プリムラの、上半身を上下に動かし、尾鰭で水を後ろに蹴って進む、ダイナミックかつ優雅な動きを真似て、がっつりと泳いでみることにした。
「あれっ……?
お姉様、随分としっかりと泳ぐようになられたのですね!
ご無理をなさらないでくださいまし?」
おやおや……
ミレイ姫は皆の反応からして、悪い娘ではなかったみたいだけど、プリムラよりスタイルだけでなく、泳ぎ方もだらしなかったのね。
人間で言えば、足を引きずったり猫背だったりで、ちんたら歩いてる人のようなものかしら。
だけど、そこは自分なりに美容を頑張ってきた、
「ま、まあわたくし、九死に一生を得たわけですからね、それに感謝して、これからは心を入れ替えて、生まれ変わったような気持ちできちんと生きよう、と心に誓ったまでです」
本当に、私から見れば文字通り生まれ変わっているし、ミレイ姫の身体という点で言えば、中身が入れ替わってるんだものね
……この真実を告げても、誰も信じないばかりか、また熱でおかしくなっているのだと憐れみの目で見られるだけでしょうけど。
……ないっ……
本当に、どの『世界の生物百科』にも、人間のにの字もないっ!
というか、少しでも人間らしい部分のある生物が、本当にわたくしたち人魚姫しかいない!
半魚人ぐらいはいるだろう、って期待していたのにっ……!
たしかに私は、誰より美しくなって愛されることを望んだけど
……こんなのってない。
食事の種類も少なく、電化製品も一切ない(宮殿の天井の照明はチョウチンアンコウが上から、スタンドはホタルイカが中に入って照らしていた)、
花や星すら見られない、
そのうえ人間のイケメンがひとりもいない国で、魚介に貴種のお姫様としていくら憧れられ、愛されたって、意味がない。
どんなに蔑まれても、地位が低くても、ひとりにさえなってしまえば、周りの目を気にせずに思う存分美しいものや快楽を堪能できた人間時代の方が、きっと幸せだったんだ。
だけど……
もしかしたら、神野くんだってこんな気持ちを抱えていたのかもしれない。
自分だけが飛び抜けて愛されるって、同類が少ない孤独や、常に周りの目を気にしないといけないこと、禁欲的なストイックさと隣り合わせ、なんだ……
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