第49話 妙寮庵 *三月*

「あ、あの、先ほど、相原三月と言ってましたが、戸川純ではないのですか?」


 あ、しずかさんには戸川純って名乗ってたんだっけ。忘れてたわ。


「オレの本当の名前は、相原三月。戸川純はもらう名前ですよ」


「?」


「オレは戸籍がないんですよ。だから戸川純から戸籍をもらう。戸川純はオレの名前をもらう。まあ、人生の交換ですね」


 フフっと笑ってみせた。


「あ、あれが妙寮庵みょうりょうあんですか。意外と近かったですね」


 桝谷さんのところから五百メートルくらいか? 日本家屋風の店で、年季がありそうな佇まいをしていた。


「老舗ってヤツですかね?」


「戦前からやっている店らしいですよ」


 二十年くらいか? 昭和初期か? 


「十時半か。やってますかね?」


 大体の店って十一時から始まるものだ。昭和はどうなんだ?


「たぶん、まだかと」


 だよね~。んじゃ、別の手を考えるか。幸いにして定休日じゃないようだしな。


 背負子を出して、梨や野菜を出して段ボールに入れた。


「……ど、どこから出したんです……?」


 しずかさんの当然な疑問は保留させてもらい、背負子を背負った。


「これをお土産にして入らせてもらいましょう。開店前で忙しいところをお邪魔させてもらうんですからね」


 しずかさんに先陣切ってもらい、お店へと入った。


「すみま──しずかじゃない!? どうしたのよ?!」


 しずかさんに似た女性が出て来た。


「実家に帰るところ。ちょっと寄らせてもらったの」


「あ、初めまして。わたしは相原三月です。しずかさんが働いている店でお世話になってます。これ、うちで採れたものといただいたものです。お土産です」


 意味わらんって顔になるおねーさん。


「駅前の桝谷さんとは知り合いでして、お店で米沢に行くと話していたらしずかさんも米沢に用があると聞きましたので一緒に来ました」


 とかなんとか言って、背負子を降ろして段ボールをテーブルに置かせてもらった。


「いや~、世間とは狭いものですよね。通っているお店のしずかさんが米沢の人だったとは。話してみないとわからないものですな~。あ、開店前にすみませんでした。蕎麦が食べたくなってしずかさんに無茶を言ってしまいました。申し訳ございません」


「あ、いえ、ま、まあ、席へどうぞ。本当にいただいてもよろしいのですか? こんなにたくさん……」


「どうぞどうぞ。もらってやってください。たくさん採れたものをお裾分けとして持って来たものですから。開店したら注文させてください。蕎麦、長いこと食べてなくてどうしても食べたいもので。お代はしっかりお支払させてもらうんで」


「……わ、わかりました。お茶を出しますね。しずか、手伝って」


「え、あ、うん」


 二人が下がり、お店の従業員さんがお茶とおしぼりを持って来てくれた。あーこの感じ、両親に連れてもらった蕎麦屋を思い出すな~。


「お、メニューか。昭和は写真メニューがないんか?」


 天ぷら蕎麦か? いや、久しぶりだし、蕎麦だけにするか? お、天丼もあるんだ。


「馬刺し? 米沢は馬肉が有名なんか?」


 聞いたことはあるが、食ったことはない。どんな味なんだろうか? オレ、気になります!


「お、お待たせしました」


「いえいえ、久しぶりのものは初めてなものがあって興奮しっぱなしですよ。米沢では馬肉がよく食べられるんですか?」


「そんなに食べるものではないですけど、昔から食べられてますね。戦争で食べられることは少なくなり、少し前から出るようになりましたね」


 へー。馬肉って昔から食べられてたんだ。どんな味か楽しみだ。


「好きなのを頼んでください。遠慮はいりませんから。馬肉って、この辺で買えるんですか? お土産に買って行きたいな~」


 とーさんとの晩酌で出すとしよう。


「専門店があるので買えると思いますよ」


 お、専門店とかあるんだ。なら、買いだな。


「開店しますね」


 おねーさんが出て来て、お通し? を出してくれた。なにこれ?


「馬肉の大和煮ですよ」


 大和煮、なんか聞いた記憶がある! 


「いただきま~す! お、美味い! 馬肉ってこんな感じなんだ。牛肉とも豚肉とも違うや」


 悪くない。いや、むしろいい。まさか馬の肉がこんなに美味いとは知らなんだ。オレのグルメ細胞が活性化しやがるぜ!


「妙寮庵のお勧めってなんです? まずは王道で攻めることにします」


 おねーさんに尋ねた。


「妙寮庵御膳ですね。単品で馬刺しもよく頼まれる方もいらっしゃいますよ」


「じゃあ、それで。しずかさんはなににします? 遠慮しなくていいんですからね?」


「あ、じゃ、じゃあ、鴨蕎麦で」


「鴨蕎麦もいいですね。次はそれを頼んでみよう。あ、それでお願いします。地元のお酒もお願いしようかな。米沢のお酒、飲んでみたいので」


 日本酒も悪くはない。いや~、すっかり飲兵衛になっちゃったよ。


「ありがとうございます。お酒は先に持って来ますか?」


「はい、お願いします!」


 おねーさんが下がり、すぐに枡に日本酒を注いだものを持って来てくれた。


「おー! 粋な飲み方~! 乾杯しますか」


 飲み屋で働いているだけにしずかさんも酒に強い。お客に勧められても涼しく飲んでいたっけ。


「はい」


 なみなみに注がれた枡を持ち上げ、溢れないよう乾杯した。

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