第41話 烏天狗


 ──天狗……か?


 自分の知っている天狗とはかけ離れたイメージなのに、紅葉を見上げる男を見てそう思った。


 俺の抱いていた天狗のイメージは、赤い顔に長い鼻の妖だ。目の前の男との共通点は、足元の下駄、腰に下げている大きな羽団扇はうちわ、そして山伏のような装束くらいしかない。


 似ても似つかない姿にも関わらず、俺はこの存在が天狗だと確信していた。


 天狗は、庭の中央にそびえる紅葉の大木を静かに見上げていた。

 

 秋風に黒髪がさらさらと揺れる。


 それだけの光景なのに、なぜだろう。


 この光景を壊してはいけないような、そんな気がした。


 天狗がこちらを見た。鋭い眼光に怯みそうになる。けれど、なぜか腹に力を込めて見つめ返していた。


「お主がここの主人か?」


 外見と同じく声までかっこいい。ふざけている。


「そうだ。ここの家の主人だ」


 なんとなく悔しくて、天狗の口調を真似して声を低くしてみた。だけど、威厳も何もあったもんじゃない。くそ。


 それでも少しくらいは見栄を張った甲斐があったらしい。僅かに眉を動かした天狗は、面白そうにニヤリと笑った。


「……そうか。人間よ、この紅葉の葉を分けてほしい」

「紅葉を?」

「うむ。この紅葉はよく手が入っておる。そしてなにより、力に満ちておるからな。我の護符に相応しい」


 惚れ惚れするような美しい顔で紅葉を見上げて天狗は微笑んだ。


 隣に座っていたミケに小声で「……そうなの?」と聞くと「烏天狗が言うのであれば、そうなのであろう」と頷いた。


 烏天狗だったのか……だから衣装も髪も黒いのか。


「うちの庭守たちが良ければどうぞ」


 俺の答えに、水面から様子を伺っていた太郎たちが「ひえっ」と悲鳴をあげた。すまん。だけど元々は俺の木じゃないし、俺には判断できない。


 烏天狗が庭守たちへ視線を向けると、「は、はると様がよろしければどうぞ!」と俺にボールが返ってきてしまった。


 再び烏天狗の視線が俺をとらえる。


「──どうぞ」

「まだ落ちてない分を貰っても?」

「枝を傷つけなければ構いませんよ」


 そう答えると、烏天狗は「感謝する」と言って背中からばさりと羽を広げた。


 漆黒の羽は艶やかに輝いており、堕天使みたいだな……と失礼ながら思ってしまう。


 烏天狗がゆっくりと羽ばたくと風が巻き起こり、地面に落ちた葉が宙を舞った。


 赤いシャワーは、真っ青な空が燃えているようだ。


 その中で、まるで空中に静止しているかのように葉を摘んでいる烏天狗は、言葉に出来ないほど美しかった。


 思わず指先がぴくりと動く。


 ──描きたい。


 今すぐキャンバスに向かいたかった。


 葉を摘み終えた烏天狗はこちらに一礼すると、そのまま羽をはためかせて去っていってしまった。


 まさに嵐のようだった。


「描いてくる」

「「いってらっしゃーい」」


 そうだろうな、という顔をした妖たちに見送られる。どうやら俺の思考はお見通しらしい。


 烏天狗が去ったあと、真っ赤な絨毯の上には真っ黒な羽が一枚落ちていた。


 ⸻⸻⸻⸻


 すっかり寒くなった今日この頃──

 

 最近、双子たちの着物の丈少しが伸びていることに気がついた。どうやら気温で変化するらしい。


 そういえばミケたちも心なしか、もふもふ度が増した気がする。太ったのかと思ったが違ったみたいである。妖も季節に応じて姿が変わるらしい。


 今は、双子と一緒に夕飯の買い出しへ向かっているところだ。最寄りのスーパーまで歩くこの道のりが、俺は結構好きだったりする。


 虫を見つけてはしゃいだり、不思議な雲を見つけたり。ミケが一緒のときには、猫たちがぞろぞろついてきたりして、ちょっとした行列になることもある。すれ違う人たちから二度見されることにも、もうすっかり慣れてしまった。

 

「今日の夕ご飯はなにがいい?」

「お魚ー!」

「……またか」


 双子にリクエストを聞いていたら魚ばかりになってしまう。いくらここが港町で魚が美味いとはいっても、俺は肉も食べたかった。


「ハンバーグかな」

「えぇ……」

「子供はハンバーグは嬉しいんじゃないの?」

「僕たち子供じゃなくて、座敷わらしだから」

「そうだけどさぁ」


 そんな他愛の無い会話をしているときだった。


「あれ?」


 レイが立ち止まり、首を傾げた。


「……どした?」

「あそこ」


 レイが指差した先には、なにか黒い物体が落ちていた。近づいてみると、それはカラスの幼鳥だった。


「……カラス?」


 飛べるようになったばかりだろうか、怪我をして巣に帰れなくなったのかもしれない。

 

 ──最近はよくカラスに縁があるな。


 そう思ったのがよかったのか、悪かったのか。


「レイ、連れて帰る」

「カラスって野鳥だろ?連れて帰ったらだめだろ」

「この子、カラスじゃ無いよ」


 そう言って、レイが烏の足元を指差す。二本のはずのカラスの足は、何故か三本あった。


「……妖かよ」

「レイ、連れて帰っとくね。はるとたち買い物行っててー」


 俺が口を開く前に、レイはさっとカラスを抱き抱える。そして、止める間もなく家に向かって走っていってしまった。


「えー!レイずるーい!」

「ユウも帰ってていいぞ?」

「んー……いい。はるとと買い物行く」


 ──ミケの一人にするなと言う言いつけを守っているんだろうな。


 一瞬だけほっぺを膨らませ、悩んだ様子を見せたユウはすぐに首を振った。


「ありがとうな」

「いこ、はると」

「おう。さっと行って早く帰ろう」

「うん」


 ユウと手を繋いでスーパーへ向かう。


「ユウだけお菓子ひとつ追加な」

「いいの⁉︎」

「レイには内緒だぞー」

「うん!内緒ね!やったー!」


 途端に元気になったユウに、ほっと息を吐き出す。ふと空を見上げると、烏天狗を思い出させるような見事な夕焼けが広がっていた。

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