第41話 病院
放課後を知らせるチャイムが教室に響いた。私と彩音さんは連れ立って教室を出る。相変わらずみんなの視線は痛いけど、気持ちよくもある。堂々と胸を張って学校を出た。
彩音さんの手を引いて、昼下がりの通学路を歩いていく。
「まりこは病院の場所は分かる?」
「山の近くにある大きい病院ですよね」
「そう」
九階建ての病院だ。私も小さいころにインフルエンザで世話になった。
「時間がかかるかもしれない」
「診察室、一緒には入れないんですか?」
「家族なら入れる」
「姉妹だって嘘ついたら入れて貰えたりしませんかね」
彩音さんは私の顔をじっと眺めてから言った。
「まりこは私とは顔のタイプが違うからだめそう」
「ですよね……。大人しく一階のカフェで待っておきます」
「そうするのがいい。なんなら家に帰ってもいい」
「帰りませんよ」
彩音さんは小さく頷いて、また正面を向いた。
*
学校最寄りのバス停でバスに乗り、病院までやって来た。自動ドアを抜けて広いエントランスに入る。車いすのお年寄りや、白衣の医者など色んな人が行き交っていた。
その奥はガラス張りで、緑の豊かな中庭が広がっている。エントランスの端に目を向ければ、カフェらしき場所がある。受付の機械も傍に置いてあった。
「あそこですか?」
「うん」
手を引いて機械まで歩く。彩音さんは財布から診察券を取り出して、慣れた様子で入れた。手続きを終えると「五階まで連れて行って欲しい」とお願いしてきた。
「分かりました。ところで結構慣れている様子でしたけど……」
「中学生のころから定期的に通ってる。カウンセリングとか受けてたから」
「……そうなんですね」
彩音さんの精神が安定しているように見えるのは、そのおかげなのかもしれない。受けた仕打ちを鑑みれば心に受けた傷も深いはず。適切な治療を受けられたのなら不幸中の幸いだ。
エントランスを横断して、エレベーターホールに向かう。清潔さを感じさせるほどに空間が白い。ボタンを押して待っていると、知らない女性の声が後ろから飛んできた。
「お、こんにちは彩音さん!」
振り向くと白衣の女性がいた。背は私よりも高い。彩音さんと同じくらいだ。声と同様に顔立ちも明るい。髪も短く活発な印象だ。要するに、とても陽キャっぽい。
「そちらの方は?」
目を向けられて私はまごつく。彩音さんとは普通に話せるようになったけど、私は完全なる人見知り。ほとんど反射的に彩音さんに肩を寄せた。
「……友達です」
彩音さんは微かに顔を赤らめながら呟く。白衣の女性は「ほぉ」と感心したように頷いた。「そうかそうか」と彩音さんの肩をばんばん叩いている。
「ついに君にも友達が出来たか!」
彩音さんは迷惑そうに目をそらした。いまいち状況がつかめない。このやけに馴れ馴れしい医者は誰なのだろう。彩音さんが強く拒まない辺り、友好的な人なのだろうけど。
「君、私に名前を教えてくれるかい?」
「え、鈴木まりこです……」
尻すぼみの声で伝える。向いた瞳がやけにキラキラしていた。顔が汗ばんでくる。カースト上位の陽キャと対面したような、わけのわからない焦燥感だった。
彩音さんの腕にますます強く縋ってしまう。
「ふふ。ずいぶん仲がいいみたいだね」
「……すみません。これから検査があるので」
「ああ! すまなかったね彩音さん。行ってらっしゃい」
いつの間にか開いていたエレベーターに入る。扉が閉まるまで医者は手を振っていた。
密室になった瞬間、私はほっと息を吐いた。
「あの、さっきの人は……」
「私を担当してる医者」
「カウンセラーさんですか?」
「カウンセラーは別にいる。でもあの人も話を聞いてくれる」
「なるほど」
それなら彩音さんが強く拒まなかったのも納得だ。
「それよりまりこ」
「なんですか?」
見上げると、なぜか彩音さんは顔を真っ赤にしていた。
「……人前で腕に抱き着くのって、まりこ的にはセーフ?」
「え」
目線を下げると、私と彩音さんの腕が絡み合っていた。まるで恋人みたいに。炙られるような熱が体の表面を包んだ。サイドステップで素早く離脱する。
「あ、アウトに決まってますよ! 今のは無意識というか」
「ふーん。無意識なんだ。ふーん」
意味深な「ふーん」だ。心なしか喜びを纏っているような気がする。もしかすると私は墓穴を掘ったのかもしれない。無意識に抱きつくなんて、意識的に抱きつくよりもダメだ。
そもそも彩音さんが私の記憶を消さなければ、私は陽キャだった。抱き着くなんて奇行に及ぶこともなかったはずで……。なんて思うけど口にはしない。変な空気にしたくないし、ジト目を向けるだけにしておく。
エレベーターが止まって扉が開く。
彩音さんが「まりこ」と手を差し出したから、しぶしぶ握ってあげた。
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