第14話 雨のホーム

日曜日、朝から空は曇っていた。

僕は約束通り駅へ向かった。

少女に呼び出されたのは久しぶりだった。

前来た時と同じ無人駅。


錆びたベンチに古びたホーム、人気のない改札


妙な場所だ。それなのにここへ来る度に何かを思い出しそうになる。

ホームへとあがると、少女はもう来ていた。

黒く長い髪を靡かせ、ベンチに座っている。


「ずいぶん早いな」


「君が遅い」


「十分前だぞ?」


「体感1時間だったもん」


また盛っている。

僕は苦笑しながら隣の席へと腰をかけた。

しばらく沈黙が続いたが、それを遮るように遠くで蝉が鳴き出す。

まだ梅雨明け前だというのに。


「見せたいものって?」


私が先に切り出した。

少女は線路の先を見る。


「その前に質問していい?」


少しだけ真面目な顔になった。


「なんだよ」


「私、何歳だと思う?」


ブフーーーッと思わず吹き出してしまった。


「なんだよその質問」


「いいから」


少女は笑われたことを少し恥ずかしそうにしながら押し切る。


「んー俺と同い年くらい」


少女は小さく笑った。


「ブブーッざーんねん」


「違うのか?」


「分からない」


「は?」


今度は本気で意味が分からない。

少女はスカートから見える白い肌の膝を抱えながら答える。


「私ね、もう自分が何歳だったか思い出せないの」


僕は言葉を失った。

少女は構わず続ける。


「誕生日も、好きな色も、好きだった歌も」


静かに掠れた声で。


「少しずつ消えちゃった」


胸がちくりと痛む。


「どうして」


少女は少し考える仕草をし、答えた。


「覚えちゃうから」


「覚える?」


少女は線路を見つめる。


「記憶墓地に来た人の記憶、少しだけ私に残るの」


僕は息を呑む。


「じゃあ、ピアニストも、絵描きも、兄弟も、犬も」


少女は肯定するように頷いた。


「全部」


だから会ったこともない人のことを、忘れられた人たちのことを知っていた。


「なんでそんなことに」


少女は苦笑する。


「わかんない」


またそれだった。

でも、今度は隠している気がしなかった。ほんとに分からないのだろう。


「ただね、忘れられるのが嫌だったから、だれかがおぼえてないと寂しいでしょ」


その言葉を聞いて僕はなぜか泣きそうになった。

感傷に浸っていると、


ガタン。


ゴトン。


遠くから電車の音が聞こえた。

ゆっくりとホームへ近づいてくる。

けれどおかしい。

ここの駅は誰も使わないから停車しないはずだ。


「来た」


少女が立ち上がる。

僕は路線を凝視する。見たことの無い列車だった。

白い車体で、音がほとんどしない。

まるで夢の中での電車。

列車はホームへ滑り込む。


そして扉が開いたが、誰も降りてこない。

誰も載っていない、空っぽだった。


「なんだこれ」


少女は答えない。

ただ、少しだけ悲しそうに笑う。


「忘却列車」


「忘却列車?」


「うん。忘れられた人が最後に乗る列車」


僕は背筋が冷えた。

列車の窓を見ると、そこに一瞬だけ誰かの姿が映った気がした。


老人

子供

知らない人たち


それでも、みんな穏やかな顔をしている。

まるで長い旅の終点に辿り着いたみたいに。


「見送るのか」


僕がつぶやく

少女は頷いた。


「いつも」


その声には、少しだけ疲れが混ざっているように聞こえた。何人もの別れを見た人の声。


電車の窓に映る景色がゆらぐ。

そして一瞬だけ僕は見た。

車内の奥に、小さな女の子、雨に濡れた制服。

どこかで見た顔。いや、知っている顔。


「っ!」


心臓が跳ね上がる。振り返ると隣には少女がいる。

でも、今見た顔と同じように見えた気がする。

電車が動き出す。

僕は咄嗟に窓へ駆け寄る。

しかし、もうそこには誰もいなかった。

残ったのは、古びた列車の匂いだけ。

少女は黙って列車を見送っている。

そして小さく呟く。


「私もいつかあっち側になるのかな」


その声を聞いた瞬間、僕は初めて思った。

少女自身も。


自分のことを知らないのかもしれない。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る