「もう何も見たくない」という言葉を視覚生理学で受け取るこの発想の転換が、2300字という器に収まりきらないほどの密度を生んでいる。
眼球の「盲点(マリオット盲点)」が関西弁でしゃべり出す、という設定が荒唐無稽に見えて、実はきちんと視神経乳頭・中心窩・錐体細胞・桿体細胞という実際の視覚メカニズムの説明になっている。「中心窩ちゃんが過労でバカンスに行った」というメタファーが、主人公の心理状態と生理学的事実の両方を同時に説明する二重構造になっていて、これが巧みだ。
「ノイズばかりに気を取られていたら、静かで優しい世界が見えなくなる」というメッセージ自体はシンプルだが、それを正面から言わず、盲点くんの軽薄な関西弁と網膜の解剖学で包んでいるから説教くさくならない。先生の横顔、おじいさんの背中、エレベーターの「開」ボタンを押す指先この三つの具体的な場景で「ピントを合わせるべき場所」を見せるのが、最後の一番大切な仕事だ。
ラストの飛蚊症の「ガンバレ」に思わず笑って、それから少しだけほっとする。完結済み1話。「バグ祓い」を読んでからここに来ると、この作者の引き出しの多さに驚かされる。