世界を巡る風の童話

木野恵

第1話 ツバメ

 物心ついた頃には、口を目いっぱい開けてピヨピヨ鳴いていました。


 近くに親がいると、なんとなく口を開けて鳴きたくなるし、お腹がいつもペコペコです!


「ピヨピヨ!(飯を寄こせ!)」


 主張が少しでも弱いと、親は喉の奥まで吐きそうなほど嘴を突っ込んでご飯をくれないかもしれません!


 そんな焦りが僕を後押しし、親への要求は傲慢でふてぶてしい泥棒のようです。


 いや、どちらかといえば、穴の開いたバケツのように、要求してばかりのうるさいなにかです。


 親鳥はせっせと餌を持ってきては、私たち雛に与えて飛び立っての繰り返し。


 たまに、ヘビが巣を見つけて忍び寄ってくることがあったけれど、人が近くを通るときに気が付いて追い払ってくれました。


 なるほど、人の通りが多いと、自分たちが危ない思いをして戦わなくても、ヘビから身を守ることができるんだね!


 親鳥がいなくても、退屈することはちっともありません!


 人の暮らしをみているのはとても楽しいし、こんなに人がたくさんいて、ちょっぴりうるさい場所にどうして巣があるのか気づけました!


 人々の暮らしを眺め、親鳥からご飯をもらっているうちに、巣がとてもきつくなってきました。


 他の兄弟たちとおしくらまんじゅうをしているかのような狭さです。


「ピーピー。こんなんじゃそのうち押しつぶされちゃうよ!早くここから出ていきたいなあ」


 巣が狭くなってきて、兄弟たちと押し合いへし合いをしているうちに、自分にも、親鳥のような立派な翼があると気づきました。


「僕もお父さんお母さんのように飛べるかなあ?」


 しかし、巣から見渡す人々の景色と、飛び立とうと思って巣の端に立って見下ろした世界は全く違っていました。


 見渡せば素敵で面白い世界は、見下ろしてみると、とても高くて怖くて竦んでしまいました。


 飛び立とうと思い立ったはいいものの、勇気が出せなくて巣に戻ってしまいました。


 そんな僕を尻目に、一番大きな兄弟が巣のへりに立ち、翼をパタパタ羽ばたかせました。


 兄弟が羽ばたくことで起きた風が、巣の中に流れ込みます。


 親鳥が巣に戻ってくるたびに起こる力強い新鮮な風とは似て非なる弱々しい風だけれど、どちらの風も自由と大空を思わせる風です。


 兄弟が羽ばたくたびに起こる風は、もう一度巣のへりに立って挑戦しようという気持ちを後押ししてくれました。


 それだけではありません。


 兄弟が無事に大空へはばたけるのを心から応援したくなる風でもあります。


「頑張って!ファイト!」


 思わず口から出た言葉を受け、兄弟は驚いたような顔をしつつ、嬉しそうに笑って、羽ばたこうとするのをやめませんでした。


 そのうち、兄弟の体がふわっと浮き上がったかと思えば、兄弟は巣のへりを蹴って飛び出していきました。


 巣から斜めに滑空するように飛び出した兄弟は、羽ばたきながら風に乗って、上空へと舞い上がっていきました。


 僕は我がことのように兄弟の晴れ姿を喜びました。


「やったね!無事に飛び立てたんだ!すごい!」


 次は僕が飛ぶんだと意気込みながら、巣のへりに立とうとしましたが、他の兄弟たちも飛び立ちたがっていて、激しい競争が起きました。


 新しい風が起きたので、無理もありません。


 僕は飛び立ちたくてうずうずしていましたが、一度は巣のへりに立ったことがあったので、まだへりに立ったことのない兄弟たちを優先させてやりました。


 次に飛び立とうとした兄弟は、最初に飛び立った兄弟の様子をじっくりしっかり観察していたらしく、羽をパタパタ羽ばたかせてすぐ飛び立っていきました。


 そんなにすぐに飛べるなんて、すごいなあ。


 二番目の兄弟の観察力に感銘を受け、先に飛び立っていこうとする兄弟たちを注意深く観察することにしました。


 どんな風に羽ばたけば、空を自由に力強く飛んでいけるのだろうか?


 どんな風に巣のへりを蹴れば安全に飛び立てるのか?


 どんな風に……。


 三番目の兄弟は、二番目の兄弟があまりにすぐ飛び立っていったからか、あまり多く羽ばたこうとせずに、巣のへりを蹴飛ばして出て行こうとしてしまいました。


 一番目の兄弟がどうしてあんなにたくさん羽ばたいていたのか、二番目の兄弟がどうしてあんなにすんなり飛び立てたのか、考えなかったのでしょうか?


 三番目の兄弟は断末魔の叫びを上げながら、巣の真下に真っ逆さまに落ちていきました。


 大空へ飛び立つ憧れを抱いて順番待ちしていた兄弟たちは、転落していく兄弟の断末魔によって恐怖心が芽生え、好奇心が塗りつぶされていきます。


 しかし、幸いなことに、転落していった兄弟は巣の下にあった茂みの上に落ちたらしく、無事に鳴き声を上げています。


「ピーピー……」


 その声は弱々しく、墜落していくのがいかに恐ろしい出来事だったかを物語っています。


 まだ、巣から飛び立っていない兄弟たちは静まり返ってしまいました。


 誰も巣のへりに立とうとしません。


 よし……僕の出番だ!


 最初に巣のへりに立った時に味わった恐怖と不安とは別の嫌な予感に苛まれながら、もう一度へりに立ち、翼を広げました。


 巣の下で茂みのクッションによって命拾いした兄弟の姿が目に映ります。


 その目には恐怖と不安と自信のなさが滲み出ていました。


 もし、僕も墜落したらどうしよう?兄弟と違って、茂みの上に落ちなかったら?


 墜落した兄弟の目に宿る恐怖と不安と自信のなさが、飛び立とうとする勇気を覆い隠してしまいそう。


 そんなとき、先に飛び立った兄弟たちや、遠くの枝に止まって見守っている親鳥の姿が目に映りました。


 兄弟たちはとても楽しそうに空を飛んでいます。


 大空を自由にのびのびと羽ばたく姿は、最初に巣が窮屈で飛び立ちたくなった欲求と別にある好奇心、空への憧れを強く刺激してくれます。


 遠くから見守っている両親からは、試されているかのような厳しさと、温かいまなざしを感じました。


 それはまるで、ここから飛び立てないようじゃ、これから先、生きてはいけないぞという厳しさを視線だけで物語っているかのよう。


 その一方で、巣から飛び立つのを見届けるまでずっと見守り続ける覚悟と優しさも感じ取れます。


 頑張って、空に飛び立つんだ……!


 巣のへりで翼を広げ、一生懸命羽ばたかせます。


 最初のうちは、ただ風を起こしているだけのような羽ばたき方しかできませんでした。


 こんな羽ばたき方じゃダメだ!


 最初の兄弟が飛び立つ直前の羽ばたき方や、二番目の兄弟がすんなり飛び立った時の羽ばたき方を頭の中で再生します。


 その一方で墜落した兄弟の羽ばたき方も思い返して比較しました。


 すると、翼の動かし方、羽ばたき方を工夫して変えることができました。


 風を起こしていただけだった羽ばたきは、少しだけ体をふんわりと浮かせられるようになりました。


 いける、これなら飛べる!


 墜落する怖いイメージは少しずつ小さくなり、勇気を出して、巣のへりを蹴飛ばし……。


 巣の外へ飛び出た僕は、翼を羽ばたかせるだけでなく、風に乗って、空へとふわりと舞い上がることができました。


 すごい!空を飛ぶって、こんなに気持ちが良いんだね!


 心の中で渦巻いていた恐怖と不安はたちまちどこかへ流れて行きました。


 空に立ち込める暗雲が風に流されて晴れ渡っていくように。


 しかし、巣から飛び立てはしたけれど、まだグラグラしていて安定して飛べてるとは思えません。


 近くの電線に止まって、一度翼を休めながら、自由に空を舞う兄弟たちの様子をみてみます。


 先に飛び立っていた兄弟二羽は、もうすでに綺麗なフォームで空を飛んでいます。


 両親とさほど変わらない、綺麗な飛び方です。


 両親はというと、見守っていた枝から母が離れ、墜落した兄弟を励ましている様子です。


 父は枝から巣を見守り続けています。


 墜落した兄弟は母に励まされ、茂みの上で、一生懸命翼を羽ばたかせています。


 巣では、僕が飛び立ったあとで勇気づけられた兄弟が巣のへりに立って、一生懸命翼を羽ばたかせていました。


 巣の外から眺める世界も景色も、兄弟たちの様子も、巣の中からみていた世界よりとても広くて、自分という存在の小ささを味わうことができました。


 僕はこんなに広い世界で巣を飛び立って、これから何をするんだろうか?


 巣を飛び立ちたいと最初に思った時は、巣が狭くて嫌になったからだったけれど……。


 こんなに広くて自由な世界で、僕は何がしたいかな?


 右も左も何もわからない中、綺麗に飛ぶ研鑽を積みたい欲求があるのは確かでした。


 とりあえず、兄弟たちのように、両親のように、空を飛べるようになりたいな!


 飛び立とうと頑張っている兄弟たちを見守りながら、綺麗に長く速く飛べるように研鑽を積みつつ、飛んでいる虫を捕食しました。


 夢中になって虫を食べているうちに、研鑽することが頭から抜け落ちるほど、空を飛ぶのが僕にとって当たり前になっていました。


 いつの間にか、グラグラした不安定な飛び方ではなく、両親や兄弟たちのような綺麗なフォームで飛べるようになり、いくらでも飛んでいけそうなほどの体力がついていました。


 僕の飛行が上達した一方で、いつの間にか兄弟たちはみんな無事に空を飛べるようになっています。


 達成感で胸がいっぱいになったけれど、また目標がなくなってしまいました。


 このままのんびり、虫をついばんでぼんやり家族と暮らしていけるならそれでも良いかと思ったけれど、僕たちの人生はそうもいかないようです。


 だんだん冷たい風が吹くようになり、このままここで暮らしていると死んでしまうような嫌な予感に苛まれるようになってきました。


 でも、どうすればいいのだろう?


 親から見たらまだ子供の僕たちは不安でピーピー鳴きました。


 両親はそんな僕らを安心させるためか、これから『渡り』をするんだと、物語を聞かせる調子でお話をしてくれました。


 僕たちツバメは、寒い時期になるとエサを求めてあたたかい地域へ飛んでいきます。


 今いる場所が寒くなってくると、ご飯になる虫が少なくなってしまうので、温かい土地を目指して長い長い旅に出るのです。


 そうして、新しくパートナーを見つけて巣をつくり、両親がしてくれたように雛たちを育て上げて、また冒険の旅に出るのです。


 また同じ家に巣を作りに戻ってくる子だっています。


 僕たちにとっては家族ぐるみでお世話になって付き合いのある家だからです。


 季節が巡れば、僕たちは世界を巡って暮らします。


 渡り鳥の物語を両親から聞き終えた僕は夢で胸がいっぱいになりました。


 巣の外だけでもこんなに大きな世界が広がっているのに、あたたかい土地を求めて空を飛んで旅に出るのは、きっと、もっととても大きな世界を知ることになるでしょう。


 どんなご飯が各地にあって、どんな建物が建てられていて、どんな人たちがそこで暮らしているのでしょう?


 美味しい虫、たくさんいるかな?どんな虫を食べられるのか楽しみだ!どんな味の虫がいて、捕まえるのはどれだけ難しいだろう?生まれ育ったこの場所くらい、捕まえやすい虫だと良いなあ。


 ここと同じように、人が住んでいる建物がたくさんあったら良いなあ。巣に近寄るヘビを追い払ってもらったときみたいに、ピンチを切り抜けられるかもしれないし、雛が退屈しないで巣の生活を送れるかもしれない。どんな壁の色の家があって、どんな建てられ方をしているのか、ここと大差ないのか、たくさんのことが楽しみだ!


 次に暮らす土地にはどんな人がいるかな?ここと同じように面白くて親切な人が多いのか、それとも、ヘビに襲われても何とも思われないのか、ヘビではなく僕たちツバメのことを追い払おうとする人がいるのかな?


 渡る先への夢を胸に抱いていると、両親は翼をパタパタさせてこう言いました。


「『渡り』には体力が必要だよ!たくさん食べてたくさん飛んで、いっぱい力をつけて備えてね。一羽で渡るのもいいし、家族で渡っても良い。近所の仲良しさんがいるなら、その子と飛んでも良い。自由だよ」


 僕はもうその話だけではちきれそうなほどの夢が踊って止まりません。


 目を輝かせながら、兄弟の様子も観察してみました。


 不安そうな顔の兄弟、目をキラキラさせている兄弟、両親に寄り添った兄弟、様々です。


 みんな一緒に飛ぶのかな?


 僕は一羽だけで飛んでみたいけど、何かあった時を思ったら少し怖いな。


 そうだ、初めての『渡り』は誰かと一緒に飛ぼう。二回目から一羽だけで飛べば良いんだもの。


 二回目があればね。


 なんて、心の中で思ったけれど、気を楽にして羽ばたきました。


 きっとまた二回目があるさ。


 近くにツバメが停まっていたので、ふと視線を向けてみると、一番目に巣立った兄弟でした。


 兄弟はどこを目指して飛ぶのだろう?


 話しかけるか悩みながら兄弟を遠巻きに眺めていると、可愛らしいツバメが飛んできて寄り添うようにピッタリとくっつきました。


 二羽はとても幸せそうにしています。


 え!?まさか……?


 身を乗り出すようにしながら観察を続けると、そのまさかでした。


 なんと、兄弟はいつの間にか運命の相手を作っていたのです。


 いつの間に!!!


 巣で親からご飯をもらっていたときに開けていた口よりも、もっと大きく口をあんぐりと開けていると、兄弟とお相手は一緒に飛び立っていきました。


 し、幸せにね……!


 話しかけるか悩んでいるうちの急展開に戸惑いつつも、他の兄弟を探し出して話しかけてみるか、このまま誰とも話さずに旅に出るか悩みました。


 悩んでいるうちに、二番目の兄弟が隣に飛んできて停まりました。


 さっき一番目の兄弟が彼女を連れて飛び立ったのをみたところだったので、思わず尻を隠してしまったけれど、兄弟は首を傾げながら話しかけてきました。


「兄弟はどこに向かって飛ぶつもり?」


 自分の心が穢れている反応を恥じ入りながら、兄弟の質問に答えます。


「まだ具体的には決めていないよ。僕も、どんな場所へ飛ぶのかちっともわからないし、最初だから、誰かについて方角を覚えたり、どんな場所があるか知っていくところから始めようと思うんだ」


 二番目の兄弟は僕の返事を聞いて、嬉しそうにツバサをバサバサさせています。


「実は両親と一緒に飛んで行こうと思っててさ。一番目に飛び立ったやつは彼女の一家と飛ぶんだって。お前はまだ相手がいないみたいだし、一家で飛ばない?」


「そういうことならぜひ!」


 どうやら、二番目の兄弟は両親から言伝を頼まれて、兄弟たちに聞き回っている様子です。


 僕の返事を聞いた兄弟はパタパタと飛び立ち、四番目に巣立った兄弟の隣に降り立っているのが見えました。


 これから、初めての「渡り」を経験すると思うと、楽しみが6割、不安が2割、名残惜しさが1割、良くわからない気持ちが1割、様々な感情がこみ上げてきます。


 生まれ育った巣へなんとなく戻りたくなって戻ってみると、幼いころから観察してきた人々が、いつもと変わらない様子で行き交い、それぞれの暮らしを送っている様子が見られました。


 しかし、一人一人をよく観察してみると、いつもと違った表情、いつもと違った荷物、いつもと違った服を着ています。


 僕がまだ雛だったとき、ニコニコしながら歩いていた女の子は、今日は目元を赤く腫らし顔をぐしゃぐしゃに濡らして歩いています。


 全体を見ればいつも通りの生活でも、一人一人は違った暮らしを毎日送っていて、眺めているのが大好きだったこの町とお別れすると思うと、少しだけ寂しさも覚えるのです。


 幼いころから巣の中で楽しみに読んでいた絵本の続きを途中から読めなくなるような、好きでたどっていた一つの道を途中から離れていかねばならぬような、形容しつくせない名残惜しさが胸の中に広がっていきます。


 巣の中で様々な想いを巡らせながら泣いている女の子を眺めていると、目が合いました。


 女の子は僕を見つめると、土砂降りの雨だった表情を晴らして太陽のような笑みを浮かべました。


「チュンチュン」


 女の子はそういうと、両人差し指で口角を触り、上げるのではなく下に下げました。


 笑っているのにどうして下に下げたのだろう?


 女の子の行動に疑問を抱きながら首を傾げると、女の子は僕の動きに合わせて首を傾げました。


 そこでようやく、女の子は僕の真似をしているのだと気づきました。


「僕はそんなに口角が下がってないよ!失礼な子!」


 僕なりに女の子に抗議してみたけれど、女の子には僕の声が「チュン」にしか聞こえないから、女の子はさらに僕の真似をして「チュンチュンチュン」と鳴いて返事をしました。


 僕は女の子が真似しているような口角の下がり方をしそうになりつつ、女の子が笑いながら僕を見てくれていると胸がポワンと温まるのを感じました。


 変な子だなあ。


 馬鹿にしてるのかなと思っていると、女の子は「ツバメさんは可愛くて良いなあ。私も、ツバメさんみたいに可愛くなりたかったな」と言うのです。


 僕には人間の見た目に関する美醜がわからないので、女の子が可愛いか可愛くないかがわかりません。


 首を傾げると、女の子はさっきと違って真似をしてきません。


 急に元気がなくなっちゃったなあ。


 少し心配になりながら、女の子をじっと見ていると、女の子は僕を見つめ返してくれました。


 しばらくずっと見つめ合っていると、女の子はいきなり吹き出し、笑い始めました。


「なにがおかしかったの!?」


 どうせ僕の言葉は「チュン」にしかならないけど、女の子に思わず聞きました。


 女の子には僕の言葉がわからないのに、僕の問いに返事をするかのように女の子はまた口角の両端を指で下げてこう言いました。


「人間だったら、怒ってるとか不満そうな不機嫌な顔なのに、ツバメさんは口の端が下がってても可愛い顔で良いな。おまけににらめっこまで強いなんて」


 そう言い終えると、女の子はまた悲しそうな顔に戻ってしまいました。


 僕はいてもたってもいられないけど、女の子に何をしてあげられるかちっともわかりません。


 さっきは見つめ合ってたら笑ってくれたよね?よし、ジーっと見つめてみるぞ!


 すると、女の子は少し寂しそうな顔で僕を見つめ返しただけで、さっきのように笑ってはくれません。


 僕は知恵を絞るために、ない頭をカラカラと振ってみました。


 頭と体の動きが繋がっているのか、振るつもりがなかった体までブルブルっと震えました。


 すると、女の子はまたクスリと笑って笑顔に戻りました。


 女の子は黒い板のようなものを取り出し僕に向け、カシャッという音を立てて何かをしています。


「これ、ツバメさんだよ。何しても可愛いの本当に羨ましいなあ」


 そこには、頭の羽毛がボサボサに立っている兄弟そっくりなツバメがうつっています。


 もしかして、これが僕?


 さっきまで泣いていた子がご機嫌そうにしています。


 馬鹿にしているのではなく、可愛がってくれているから、そんなに悪い気はしないのでした。


 それに、これが僕の姿なんだと見せてもらえて、新鮮な気持ちにもなりました。


「見せてくれてありがとう」


 女の子には僕の言葉が伝わらないだろうけど、一生懸命お礼を言うと、女の子はまたニコニコしながら僕の真似をして「チュンチュン」言ってくれました。


 旅立つ前に、かけがえのない思い出ができて、嬉しい反面、すぐにお別れしないといけない申し訳なさに心が乱されていきます。


 君がまた悲しんでいても、僕がまたここで君を笑顔にできないと思うと、すごく心配になっちゃうな。


 僕の頭に女の子が泣いている顔が浮かび、胸がチクリと痛みました。


 どこか遠い場所へ渡ったあと、またここに帰ってきたとき、君にもう一度会えたらいいなあ。


 そんな僕の気持ちをよそに、女の子は笑顔で手を振って歩いて行ってしまいました。


 心配な気持ち、寂しい気持ち、放っておけない気持ち、様々な気持ちを抱えて女の子の背中を見送っていると、兄弟のうちの一羽が僕のところへ降り立ちました。


 ついに、遠くへ旅立つときがきたようです。


 さようなら、僕より大きい小さな人の子。


 目標もやりたいことも何もなかった僕に、もう一度ここへ帰る理由と目的をくれた子。


 僕は家族と合流し、長い長い空の旅へ翼を広げて飛び立ちました。

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