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  • 興味深く拝見しました。
    確かに歴史・時代小説にはBL・ブロマンスっぽい関係性が多くみられますね。私は中国の小説を読まないので、耽美の定義がよく分かりませんが、ブロマンスは友情の範囲で、BLは肉体関係もありうる恋愛関係なのかなと勝手に区別していました。

    歴史的な男色文化とBLが違うのは、時代背景ももちろんあるかもしれませんが、BLは創作の世界にしかないフィクションの男×男の関係ということも大いに関係があると思います。

    作者からの返信

    田鶴さま

    いつもお世話になっております。

    おっしゃる通り、ブロマンスを「友情の範囲」、BLを「恋愛関係として描かれる創作上の男同士の関係」と見る整理は、かなり分かりやすいと思います。

    特に重要なのは、BLが現実の男性同士の関係そのものではなく、あくまで創作ジャンルとして構築された「男×男」の関係性である、という点ですね。歴史上の男色や衆道は、身分、年齢差、主従、制度、社会慣習と深く結びついており、現代BLとは成立の土台が違います。

    だからこそ、歴史的な男色文化とBLを同一視しすぎると、どちらの理解も雑になってしまうのだと思います。非常に大事な補足、ありがとうございます。


  • 編集済

    大変興味深く拝読させていただきました。

    一つ考えてしまったのは日本の(東アジアの一部にも同じようなものがあると思われる)衆道ばかりではなく、いわゆる「ブロマンス」(blとは違う)も最近は=blと混同して紹介されたり、それによりブロマンス=ソフトタイプのblと認識される方がいらっしゃることです。

    昨年のカクヨム「読みたいbl ブロマンス」にも中華人民共和国の「山河令」などが「華流ブロマンス」として、その複雑なバックグラウンド無しに紹介されてしまいました。

    しかし「華流ブロマンスドラマ」原作の多くは実は「耽美」であり、「耽美」が段階的に検閲の対象となり、耽美作家の逮捕が相次いだのは当に仰有る通り。

    「華流ブロマンス」、或いは単なる「ブロマンス」について、これらのバックグラウンド無しに表層的に知ってしまうことについては、非常にリスキーであるとしか言いようがないと思います…

    作者からの返信

    小海倫さま

    いつもお世話になっております。

    ご指摘の通り、「ブロマンス」と「BL」、さらに中国語圏の「耽美」は、本来かなり文脈の異なるものだと認識しております。
    特に華流ブロマンスの場合、原作が耽美でありながら、映像化や紹介の過程で恋愛性が薄められ、「友情」や「強い絆」として流通させられてしまうのは考えものです。

    背景として、本稿で記述した通り、中国本土における検閲や作家への圧力もあり、単に「ソフトなBL」として受け取ってしまうと、かなり重要な部分を取り落としてしまう。おっしゃる通り、表層的な紹介だけで理解したつもりになるのは危ういですよね。

    本稿でも、BL的読解と歴史的・文化的背景を同一視しすぎないことを強調しましたが、ブロマンス/耽美/BLの違いについては、さらに慎重に扱うべき論点だと考えます。

  • 読み応えがあり、とてもおもしろく拝読いたしました。

    私自身、日本の歴史時代小説において、これらの文化をBLとは呼びたくない気持ちがあり、男性社会ヒエラルキーにおける精神肉体双方的な意味での男色文化は、不自然に避ける必要はないけれど、作劇中に必要でない限りは書かれなくても構わない派です。

    一方で、海外から指摘されるのが、日本において男色は史料があるが、中韓とは異なり、女性同士の恋愛が近代以前にほぼ見られない点です。

    本邦においては、平安を除き、ほぼほぼ文化は男性都合と価値観で占有されておりますので、保守的な歴史時代作品であればあるほど、男色は書けども書かれねども、濃厚に空気として残留することと愚行いたします。

    現代の作家が注意すべきは、男色そのものより、武家文化、寺文化双方に根深く行き来する稚児の存在があることですね。
    こちらの扱われ方次第で、作家倫理は一気に露呈し、場合によっては一発退場になるでしょうから。

    長文失礼いたしました。

    作者からの返信

    珠邑ミトさま

    いつもお世話になっております。

    おっしゃる通り、日本の歴史・時代小説における男色や衆道を、そのまま現代的な意味でのBLに置き換えることは、私もかなり慎重であるべきだと考えます。
    そこには恋愛や性愛だけでなく、武家社会、寺院、芸能、主従、年齢差、権力関係が複雑に絡んでおり、現代ジャンル名(BL)で一括りにすると、かえって見落とすものが多くなると感じます。

    また、男色が「描かれているか」だけでなく、男性中心の社会構造の中に空気として残っている、というご指摘は非常に腑に落ちました。
    保守的な歴史・時代作品ほど、明示されなくても、関係性や序列の中にその気配が残るという見方は納得ですね。

    大変示唆に富むご意見、ありがとうございました。