劇は止まらない
第42話 劇は止まらない
「……王国から遠く離れた場所に、大きな魔王の城があった」
レンの修正されたナレーションが、視聴覚室へ響いた。
舞台中央。
スポットライトを浴びたノブオは、両腕を真横へ広げている。
三時間練習した、魔王城の城門だった。
レンは続ける。
「魔王の城は、高い壁に囲まれていた」
ノブオの眉が動いた。
「壁はどこだ?」
クロエが舞台袖から小声で返す。
「ノブオは城門だけだから。壁は想像してもらって」
「門だけが残っているのか」
「城はあるから!」
客席から、小さな笑いが起きた。
レンは何事もなかったように続ける。
「城門は固く閉ざされ、これまで誰一人として通したことがなかった」
ノブオが低い声で言った。
「閉門中だ」
クロエが舞台袖から顔を出す。
「城門は喋らなくていい」
「この城門は喋る」
「昨日までそんな設定なかったでしょ」
「城門にも個性は必要だ」
「城門の個性で劇を止めないで」
客席の笑いが、先ほどより大きくなった。
レンは舞台袖のクロエを一度見た。
そのまま、話を進める。
「一方、滅亡寸前の王国では――」
照明が切り替わった。
舞台の端へ、クロエが歩み出る。
肩には短いマント。
手には、丸めた紙を持っている。
王国の参謀役だった。
クロエは、舞台袖にいるハヤトへ向かって声を張る。
「勇者ハヤト!」
木剣を持ったハヤトが、舞台へ出た。
教えられたとおり、剣先は下げている。
だが、歩き方だけは空手の試合場へ入る時のように真っすぐだった。
クロエは一瞬だけ足元を見たが、そのまま続けた。
「魔王によって、我が国の姫が連れ去られた」
ハヤトはクロエの正面で止まる。
「柳生さんが?」
「姫ね」
「姫が?」
「そう」
クロエは魔王城を指さした。
「勇者よ。魔王の城へ向かい、姫を救い出して」
ハヤトは木剣を握り直した。
「分かったっす」
少し間を置く。
「柳生さんは、俺が助けに行くっす」
「役名で呼んで」
「姫は、俺が助けに行くっす」
「そうして」
クロエが舞台袖へ下がる。
レンのナレーションが入った。
「勇者は姫を救うため、魔王の城へ向かった」
ハヤトは舞台を三歩進んだ。
ノブオの前へ着く。
「近いっすね」
レンが小さく息を吸った。
「長い旅の末、勇者は魔王の城へたどり着いた」
「今、三歩だったっす」
「長い旅だった」
「そうっすか」
ハヤトは深く考えず、ノブオへ向き直った。
「通してほしいっす」
ノブオは両腕を広げたまま答える。
「ならん」
「姫を助けに来たっす」
「合言葉は?」
ハヤトが止まった。
舞台袖のクロエを見る。
クロエも止まっている。
「合言葉なんて決めてない」
「合言葉がない者は通せん」
「ノブオ、同じ同好会っすよね?」
「今の俺は、魔王城の城門だ」
ハヤトは木剣を下ろした。
「面倒くさい城門っすね」
ノブオの表情がわずかに険しくなる。
「城門には、通す者を選ぶ責任がある」
「じゃあ、どうしたら通れるんすか?」
ノブオは少し考えた。
「お前にとって、最も大切なものを答えろ」
クロエが舞台袖から声を抑えて聞く。
「その試練、いつ決めたの?」
「今、城門として必要だと感じた」
「城門の判断で設定を増やさないで」
客席から、また笑いが起こる。
ハヤトは少し考えた。
やがて、ノブオを真っすぐ見る。
「俺は、姫を助けに来たっす」
ノブオは動かない。
「答えになっていない」
「今は、それが一番大事っす」
ノブオは数秒間、ハヤトを見た。
そして、ゆっくり両腕を開く。
「通れ」
「最初から腕開いてなかったっすか?」
「心の門が開いた」
「見えない方だったんすね」
ハヤトは、ノブオの横を通り抜けた。
観客席から拍手と笑いが混じった音が起こる。
ノブオは再び両腕を広げ、門を閉じた。
舞台袖から、太郎が現れる。
赤い布を肩へ掛け、長いマントのように翻した。
「待ちたまえ!」
太郎はハヤトの後を追おうとする。
ノブオが腕で道を塞いだ。
太郎の足が止まる。
「何の真似だい?」
「合言葉は?」
「僕の顔が、何よりの通行証だろう」
「通行不可」
「判断が早すぎる!」
ノブオは微動だにしない。
「お前にとって、最も大切なものを答えろ」
太郎は胸へ手を当てた。
「美しい僕自身」
「通行不可」
客席から大きな笑いが起きた。
太郎はノブオの腕を見上げる。
「正直に答えただけではないか!」
「正直さと、通行資格は別だ」
「君は城門の分際で、僕を審査するのか!」
「城門だから審査している」
太郎はノブオの右側へ回った。
ノブオも右へ動く。
太郎が左へ移る。
ノブオも左へ移る。
「城門が移動しているではないか!」
「お前が壁のない場所を通ろうとするからだ」
「壁は想像するものだろう!」
「都合のいい時だけ設定を使わないで」
クロエが舞台袖から止めた。
太郎はマントを翻した。
「ならば、僕は秘密の抜け道から入ろう」
そのまま舞台袖へ引っ込む。
クロエが追いかけるように顔を出した。
「勝手に抜け道を作らないで!」
すでに太郎の姿はなかった。
レンは数秒間、進行表を見つめた。
「……勇者は、魔王の城へ入った」
話を先へ進めた。
照明が、舞台の反対側へ移る。
そこには、一脚だけ置かれた学校机があった。
机の上には、菓子の袋と紙コップ。
黒いマントを羽織ったレイカが、魔王用の椅子へ座っている。
その向かい側。
王冠を被ったアオイが、普通に菓子を食べていた。
レンが語る。
「城の最深部には、魔王に囚われた姫がいた」
アオイが顔を上げた。
「囚われてないよ?」
レンの言葉が止まった。
レイカは紙コップを持ったまま、アオイを見る。
「普通に来たよね」
「うん」
「自分から?」
「うん」
舞台袖から、クロエが必死に声を抑える。
「捕まってて!」
アオイはクロエを見る。
「でも、捕まってないよ?」
「劇の設定!」
「嘘をつくの?」
「演技!」
アオイは少し考えた。
「捕まってるふりをしてる」
レンはすぐにナレーションを修正した。
「姫は、魔王に囚われているふりをしていた」
客席から笑いが起こる。
魔王役のレイカが、菓子の袋をアオイへ差し出す。
「もう一個食べる?」
「食べる」
「人質へ菓子を渡さないで!」
クロエが舞台袖から叫んだ。
レイカが菓子の袋を引っ込める。
「じゃあ、あとで」
「うん」
ハヤトが魔王の間へ入ってきた。
木剣を構え、レイカの前へ立つ。
「姫!」
アオイが振り返る。
「高瀬くん」
ハヤトは、一度だけ目を閉じた。
「勇者っす」
「勇者」
「助けに来たっす」
「ありがとう」
アオイは菓子を机へ置いた。
「でも、大丈夫だよ?」
ハヤトの木剣が下がる。
「大丈夫なんすか?」
「うん」
「捕まってないんすか?」
「捕まってるふり」
ハヤトはレイカを見る。
レイカは紙コップを持ったまま、軽く手を振った。
「悪い魔王でーす」
「やる気出して」
舞台袖のクロエが言った。
ハヤトは木剣を完全に下ろした。
「俺、帰っていいっすか?」
「帰らないで!」
クロエが舞台へ飛び出した。
参謀の役を忘れ、二人の間へ入る。
「勇者は、魔王から姫を救わないと話が進まないの!」
ハヤトはアオイを見る。
「でも、柳生さんは困ってないっす」
「姫!」
「姫は困ってないっす」
アオイもうなずく。
「レイカと話してただけ」
クロエがレイカを見る。
「何を話してたの?」
レイカは魔王のマントを整えた。
「王国の税金について」
クロエの表情が止まる。
「どうして?」
「王様が、税率を百パーセントにするって言ったから」
客席がざわついた。
ハヤトが眉を寄せる。
「百パーセント?」
アオイが説明する。
「働いても、全部王国に持っていかれるの」
「それは、おかしくないっすか?」
「だから、魔王に相談しに来た」
レイカが胸を張る。
「あたしは八十パーセントまでにしろって言ったんだけど」
クロエがレイカを見る。
「魔王も十分取るね」
「国を滅ぼすには、お金かかんじゃん」
「滅ぼさない選択肢は?」
「じゃあ、七十」
「値切り交渉になってる」
ハヤトは木剣を見た。
「俺、誰と戦えばいいんすか?」
「舞台の上で聞かないで!」
客席の笑い声が、さらに大きくなる。
その時。
舞台の奥から、太郎が飛び出した。
「待ちたまえ!」
マントを大きく翻し、アオイの前へ滑り込む。
「我が君。ようやくお会いできましたね」
アオイが太郎を見る。
「どこから入ったの?」
「秘密の抜け道だ」
ノブオが舞台の端から声を上げる。
「そのような道はない!」
「城門は黙っていたまえ!」
「抜け道の申請を受けていない!」
「申請が必要なの?」
クロエが聞いた。
「城の管理上、必要だ」
「今度、書類にして」
「今度はないから!」
太郎は周囲を見渡した。
ハヤト。
レイカ。
クロエ。
アオイ。
そして、舞台の端で両腕を広げるノブオ。
太郎は大きく息を吸った。
「この中に裏切り者がいる!」
一つ目の必須台詞。
観客席が静まる。
クロエが太郎を見る。
「誰?」
太郎は、ゆっくり自分の胸を指さした。
「僕だ」
一拍遅れて、客席から笑いが爆発した。
レイカが椅子の背へ寄りかかる。
「自首じゃん」
アオイが首を傾げる。
「太郎くん、何を裏切ったの?」
「王国だ」
「いつ?」
太郎は堂々と答えた。
「今」
「今決めたんだ」
「騎士である僕は、王の命令よりも、我が君の意志を選ぶ!」
太郎はアオイの前へ跪いた。
「我が君が、魔王との対話を望むのであれば」
顔を上げる。
「僕は、魔王とも戦おう」
レイカが椅子から身を乗り出す。
「話聞いてた?」
「なぜ戦うの?」
アオイも聞いた。
太郎の表情が止まった。
「魔王だからだ」
「税金を下げようとしてるよ?」
「では、王と戦う」
「王様、舞台にいないよ?」
太郎は周囲を見た。
王はいない。
代わりに、一脚の学校机が置かれている。
太郎は机を指さした。
「あれが王だ」
クロエがすぐに止める。
「ただの机だから」
「王は、自らの姿を机へ変え、我々を欺いている」
「設定を増やさないで!」
レイカが机を見た。
「でも税金百パーセントにする顔してる」
「机に顔はない!」
客席から、笑いと拍手が起こった。
レンは進行表を見る。
上演時間は、残り三分。
このままでは、話が終わらない。
レンはマイクへ口を近づけた。
「その時――」
低い音を鳴らす。
「王国軍が、魔王の城への総攻撃を開始した」
舞台の全員がレンを見る。
クロエが小声で聞く。
「その展開、いつ決めたの?」
「今」
遠くで爆発する音。
崩れる壁。
走る兵士たちの足音。
レンが一人で音を重ねていく。
「魔王の城は、崩壊を始めた」
ノブオが両腕を広げたまま、周囲を見る。
「俺も崩れるべきか?」
「城門は残って!」
クロエが叫ぶ。
レンは、舞台上の全員へ聞こえるように告げた。
「もう時間がない」
二つ目の必須台詞。
同時に、実際の残り時間も二分を切っていた。
クロエが全員を見回す。
「姫が魔王の城へ来た理由を説明して、脱出する!」
アオイが椅子から立ち上がった。
「分かった」
王冠を両手で直す。
そして、舞台の中央へ進んだ。
「全部、計画通りです」
三つ目の必須台詞。
舞台上の六人が、同時にアオイを見た。
クロエが小声で聞く。
「計画、思いついたの?」
「今から話す」
「まだ思いついてないんだ」
アオイは客席へ向き直った。
「王様が税金を百パーセントにするって聞いて、私は魔王のところへ来ました」
レイカを指さす。
「王様に逆らえる人が、魔王しかいなかったから」
レイカがうなずく。
「聞かないね」
次に、ハヤトを見る。
「私がいなくなったら、勇者は助けに来る」
ハヤトは木剣を持ったまま答えた。
「来たっす」
アオイは太郎を見る。
「騎士も、たぶん来る」
太郎は髪を払った。
「当然だ」
「参謀も、止めに来る」
クロエは額へ手を当てた。
「実際、ずっと止めてる」
アオイは、舞台の端にいるノブオを見る。
「城門は……」
ノブオが返事を待つ。
「最初からいた」
「俺だけ計画に入っていない」
「城門だから」
「納得した」
「納得するんだ」
クロエが呟いた。
アオイは、もう一度客席を見る。
「勇者と騎士と参謀が、王様の税金がおかしいって知れば、王国のみんなにも伝えられる」
クロエがアオイを見る。
「それが計画?」
「うん」
「税率百パーセントを止めるために、自分から魔王の城へ?」
「うん」
レイカが紙コップを持ち上げる。
「あたしは相談に乗ってただけ」
ハヤトは木剣を鞘代わりの布へ戻した。
「それなら、魔王と戦う必要はないっすね」
クロエが聞く。
「勇者として、それでいいの?」
ハヤトはアオイを見る。
「姫が自分で決めたことなら」
少しだけ笑う。
「俺は、連れて帰るんじゃなくて、守ればいいと思うっす」
客席の笑い声が、そこで一度静かになった。
アオイはハヤトを見る。
「ありがとう」
その横から、太郎が二人の間へ入る。
「今の台詞は、本来僕のものでは?」
「太郎は、さっき王様を机にしたから」
クロエが言った。
「それとこれは別問題だ!」
レンの音響が、もう一度大きく鳴った。
魔王城の崩壊。
残り時間は、一分。
クロエが城門を指さす。
「全員、脱出!」
ノブオが両腕を閉じた。
全員の進路が塞がる。
ハヤトが足を止める。
「なんで閉じるんすか!?」
「崩壊時は、安全のため閉門する」
「避難できないっす!」
「外からの落石を防ぐ」
「中にいる俺たちは!?」
ノブオは考えた。
「想定していなかった」
「三時間、何を練習したの!?」
クロエが叫んだ。
「開閉だ」
「今、開いて!」
ノブオは勢いよく両腕を開いた。
太郎のマントが腕へ引っかかる。
「待ちたまえ!」
「止まらないで!」
クロエがマントを引き抜き、太郎を城門の外へ押し出した。
レイカ、アオイ、ハヤトが続く。
最後にクロエが脱出する。
ノブオは舞台中央に残った。
ハヤトが振り返る。
「ノブオも来るっす!」
「城門は、城と運命を共にする」
「同好会の仲間だろ!」
ノブオは少し考えた。
「そうだった」
両腕を下ろし、普通に走って合流した。
客席から、この日一番大きな笑いが起きた。
舞台の中央。
七人が横一列に並ぶ。
レンが最後のナレーションを始めた。
「こうして、勇者は姫を王国へ連れ帰らなかった」
ハヤトがレンを見る。
聞いていなかった結末だった。
レンは続ける。
「姫は、自分で選んだ場所に残った」
「勇者は、その選択を守るため、姫の隣に立った」
アオイがハヤトを見る。
ハヤトも、小さくうなずいた。
「騎士は王国を裏切り――」
太郎が胸を張る。
「新たな王となった」
「なってない」
クロエが即座に否定した。
「魔王は、税率を見直した」
レイカが手を挙げる。
「七十パーセントで」
「まだ高い」
「じゃあ六十」
「ここで交渉しないで」
「参謀は、最後まで全員を止め続けた」
クロエは、疲れ切った顔でレンを見る。
「そこは合ってる」
「城門は――」
ノブオが胸を張る。
「開いた」
レンはうなずいた。
「最後に開いた」
舞台の照明が、少しずつ暗くなる。
レイカがクロエへ小声で聞いた。
「結局、税金いくらにする?」
「幕が下りてから決めて」
照明が消えた。
一秒。
二秒。
暗闇の中で、アオイの声がした。
「クロエに任せる」
「計画の最後だけ雑!」
幕が下りた。
視聴覚室が、笑い声と拍手に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます