第13話 二人三脚

 いつも通りの昼休み。チャイムが鳴ると同時に、自然と四人が揃うようになった。

 今日の買い出し当番はあたしと深景。

 二人で購買に行って、教室に戻ってくる。

 両手いっぱいのおにぎりとパンを机に並べて、それぞれに好きなものを取っていく。


「はい、深景。卵焼きおにぎり」


「ん」


 あたしが深景定番のおにぎりを渡すと、深景がもそもそと食べ始める。それを見て、あたしも満足げにツナマヨおにぎりを食べる。


「毎日それじゃね?」


「飽きないんですか?」


 小動物みたいに齧る深景に、侑と翔子が苦笑しながら訊く。それに対して深景は、こくんと飲み込んでから答えた。


「……美味しいから」


「好きなものに一直線な深景もいいね!」


「……?」


 首を傾げつつ、またもそもそ食べる深景。

 侑はカツサンドを、翔子はあんぱんを食べ始めて。合間に雑談も挟んで。

 前以上に仲良しになれた気がする。

 ――と、幸せを感じていたところで。


「来週から中間テストが始まります」


 ある日の終礼で、地獄の宣告を受けた。

 ……中間テスト。

 それは、あたしが一番嫌いな期間だ。


「みなさん、テスト対策をしっかりと。そして勉強もちゃんとしてくださいね」


 宮里先生の声かけに、教室が静まり返る。

 その中であたしは、ガン! と机に頭をぶつける勢いで突っ伏した。

 ……終わった。


「はい。それじゃあ、終礼は以上です」


 終わりの挨拶があっても、あたしは顔を上げられない。身体に力が入らない。

 ……ぐっばい、あたしの幸せな高校生活。

 そこに、「無理だわ」と侑の声が聞こえて、

 ガン! と、あたしの机が音を立てて揺れた。

 ちら、と見ると、なぜか侑もあたしの机に突っ伏していた。


「……もしかして、侑も?」


「……もしや、愛凛もか?」


 数秒間、視線が交わって――。


「「終わった……」」


 二人分の声が、綺麗にハモった。

 侑も"こっち側"だと分かったことは、ほんの少しだけ嬉しいけど。


「まだ始まってすらいませんけどね」


 今度は頭上から、翔子の声がした。

 あたしたちは顔をあげないまま、力無く首を横に振って返す。


「ううん。始まる前にすでに終わってるんだよ」


「そうさ。アタシらはもう無理だ」


「……勉強しようという選択肢はないんですか」


「「ない‼︎」」


 あ、またハモった。


「はぁ……本当にこの人たちは」


 呆れを含んだため息が聞こえて、


「あの、深景さん」


 今度は、深景に声がかかった。

 ――深景に何かある?

 不思議に思ったあたしは、ゆっくりと顔を持ち上げる。


「……なに」


「テスト、大丈夫そうですか?」


「……別に、普通」


 問われた深景が、当たり前みたいに答える。

 でも確かに、深景は頭良さそうかも。

 翔子と深景。点数良さそうでいいなぁ。

 なんて、のほほんと考えていると――。


「ほっ……まともな人がいてよかったです」


「おい、アタシらがまともじゃないみたいな言い方すんなよ」


「現にまともじゃないでしょう」


「え、あたしも混ぜられてる⁉︎」


「とっくにまとも枠から外れてますよ」


「なんでぇ⁉︎」


 やいやいと言い合いを繰り広げる。

 その様子を、無言で見つめる深景。

 これも、もういつもの光景だった。

 けど今日は、いつもと状況が違う。


「チョー子、助けてー」


「たまには自分でやったらどうです?」


「無理、死ぬ、ほんとに死ぬ」


「はぁ……しょうがないですね。駅前のパティスリーのケーキ。三つで手を打ちます」


「ぐ……わ、分かったよ」


「契約成立です」


 なんか、目の前で悪魔の契約が取り交わされてる。でも、侑には先生がいるのかぁ。

 翔子に教わったら、赤点なんて確定回避だろうなぁ。


「いいなぁ……」


 思わず、ぽつりと声が漏れる。

 あたしの方はどうしよう。

 とりあえず、気合いでなんとかする?

 なんて、呑気に考えていたときだった。


 ツン、と。


 背中が、控えめに突かれた。


「うん?」


 目をパチクリさせながら振り返る。そこには、瞬きひとつない深景の顔があった。

 じっと、こっちを見つめている。


「深景?」


「……教える」


「え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 咄嗟に訊き返してしまう。

 それでも、深景は嫌な顔ひとつせずに。


「わたしが、教える」


「へっ……え?」


 高速瞬き。からの、首傾げ。

 深景が? 勉強を? 教える?


「あたしに?」


「うん」


「深景が?」


「うん」


「……い、いいの?」


 まさか、深景から提案してくれるなんて夢にも思わず。あたしは恐る恐る尋ねる。

 深景は「ん」と頷いた。


「……この前のお礼」


「この前の……?」


 何かあったっけ? と考えて――。


「あっ……もしかして、あの黒猫?」


「……うん」


「そんな、あたしがやりたくてやったんだから。お礼なんていいのに」


 なんて言いつつも、深景の気持ちが嬉しくて。口元が緩むのを抑えきれない。

 何より、深景の方から「やる」と言ってくれることがあまりにもレアで。

 勉強への苦手意識よりも、深景への感謝と喜びの方が大きかった。


「でも……ありがとう。よろしくお願いします!」


「……うん」


 こうして、あたしには深景が。

 侑には翔子が。

 テスト期間中の特別な先生として、ついてくれることになった。

 テスト期間の影響で、しばらくは寄り道禁止。

 学校が終わり次第にまっすぐ寮に戻って、テストに向けての勉強会をする!

 寮の前で二人と別れて、あたしと深景は部屋へと戻ってきた。

 クローゼットにしまっていたローテーブルを引っ張り出して、向き合って座る。


「教科書とノート、出して」


「分かった!」


 言われた通り、鞄から五教科分の教科書とノートを取り出した。


「苦手な教科は?」


「全部です! イエスマム!」


「……」


 深景が、きゅっと眉を寄せる。

 少し考えるそぶりがあってから――。


「ひとつずつやっていく」


「はい! イエスマム!」


「……それやめて欲しい」


「はい! イエスマ――分かった!」


「まずは数学から」


 数学の教科書とノートを開く。深景からテスト範囲を聞いて、さっそく勉強会開始だ!

 でも、すでに一問目で躓いてしまう。

 ――なにこれ? 何語?


「……日本語と数字だよ」


「深景、エスパー⁉︎」


「顔に出てる」


 ふぅ、と息を吐いた深景が、テーブルの向こうから少しだけ身を乗り出してきた。


「ここ分かる?」


「分かんない」


「ここは、この公式を使って――」


「なるほど」


「じゃあ、ここは?」


「分かんない」


「……ここも、この公式」


「なるほど?」


「……分かってなさそう」


 目の前で、深景が頭を抱えた。

 あの深景が。

 あの、いつも涼しい顔をしている深景が。


 ――あたしがあまりにもバカすぎて、深景に迷惑かけまくってるぅぅ‼︎

 

 つられて、あたしも頭を抱えた。

 どうしてあたしは、こんなにもバカなの?


「ごめんね……深景」


 申し訳なさが、言葉として漏れ出た。

 居た堪れない、ってこういうことか。

 そんなふうに落ち込んでいると――。


「……大丈夫」


「え?」


 その声に顔を上げると、深景が揺るぎのない目でこっちを見ていた。

 あまりにもまっすぐで、目が逸らせない。


「分からないことは『分からない』って、ちゃんと言えてる」


 それは偉い、と。

 どうしようもないバカなのに、なぜか褒められた。


「……?」


「分からないことを隠して、分かったふりをする方が困る」


 だから、と。一瞬だけ目を伏せて、それからまた琥珀色があたしを映した。


「わたしが、頑張る」


「み、深景……」


 トゥンク、と胸が温かくなる。

 塩対応でお馴染みの深景(でもあたしのことが好き)が、こんなふうに思ってくれるなんて。

 ――あたしって……幸せ者かも。

 深景が頑張るって言ってくれてるんだ。

 弱音なんて吐いていられない!


「あたしも、頑張るよ!」


「……ん、その意気」


 深景が、かすかに目を細めてくれた。

 目の前には、山積みの教材たち。

 異国語と錯覚するくらい、何が書いてあるのか分からない問題たち。


「先は長いね……」


「……長い」


「でも、あたし頑張るよ!」


「ん」


 こうして、あたしと深景。

 赤点回避を目指す、二人三脚のテスト対策強化週間が始まったのだった――。

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