1-4 サロン
ブラックスター氏にメッセージを送ってしばらく。俺のスマホに返信が届いた。
『初めまして、ブラックスターです。大学まで知られているなら、逃げ場はないですよね。大学のどこにいらっしゃるんですか?』
『5号館前のベンチです』
ブラックスター氏からのメッセージに、即レスポンスする。ブラックスター氏も返信は早かった。
『でしたらこれから10号館でゼミがあるので、そちらにいらしていただいていいですか?』
ゼミか。邪魔にならないか心配だが……。ブラックスター氏がいいと言っているなら大丈夫なのだろうか。俺は『わかりました』と返信すると、自販機でペットボトルのお茶を買って、言われた10号館のゼミが行われる教室へ向かった。
トントン。ドアを開ける前に、ノックする。反応なし。まだ早かっただろうか。扉を開けると、俺は部屋に入った。
まだ教室には誰も来ていない。俺が一番乗りだったようだ。ブラックスター氏もいないし、俺は適当に席に座ると、SNSを見ることにした。
先ほど朝見た内容から、更新はしていない様子だが、過去の投稿を眺めてみる。
「なんだ、これ。農水大臣に難癖つけてる」
目についたのは、農水大臣に対して、『真夏の暑い中、5kgの米を担いで10km歩いてみてはどうだ』という無茶振りだった。
確かに、現場の人たちはそのくらい毎日運んでいるとは言え、大臣に言うか? だけどそのあとの農水大臣のポスト……実際米を担いで10km歩いていた。その様子のポストには、『よくやった!』『農水大臣覚醒!』とよい評判が書かれていた。
「知らない間に内閣の御意見番やってるじゃねえか……」
俺は尚更ブラックスター氏が気になった。ここまでざっくばらんにみんなが納得するアイデアを出すなんて、なかなかないぞ。このブラックスター氏、絶対に内調として手に入れたい。
そんな風に考えて、スマホを眺めていると、教室のドアが開いた。
「……おはようございます」
入って来たのは大柄なメガネ男子ふたり。初対面の俺も、挨拶する。
「おはようございます、ゼミの方々ですか?」
「そうですけど、あなたは?」
「えーっと、俺はその……ここのゼミの関係者に会いたくて。ブラックスターさんと言うんですが」
「ブラックスター?」
ふたりは顔を見合わせる。俺、ここにいていいのだろうか。困ったように立ち上がると、男子ふたりは座ったままでいいと合図した。
「顔とか本名はわからないんですか」
「はい。事務室で在籍確認は取れたんですが、顔や名前は守秘義務があるみたいで。ネットに詳しい方みたいで、性別すらわからないんですよ」
長谷部と大綱と名乗ったふたりの男子は、スマホを取り出した。
「ちょっとグループチャットで聞いてみますよ」
長谷部くんがスマホに入力する間、俺は大綱くんにきいた。
「ここのゼミは、何を題材にしてるんですか? 法学部なんですよね?」
「うーん、と言っても色々なお題で話し合ってるので……」
「今来るって」
長谷部くんが声をかける。ブラックスター氏につながったらしい。
「ところで嵐山さんは、うちのゼミのやつにどんな用件があるんですか? あの人が何かしたんですか?」
たずねられ、俺はぽつぽつと実情を始めた。
「実は俺、内閣情報調査室の人間で、ブラックスター氏の意見をたまわりたいと思いまして」
「えっ! 内調!?」
長谷部くんと大綱くんは同時に大声を上げた。
「……ってか、内調の人がそんなはっきりと大胆に正体バラしていいんですか」
大綱くんのツッコミに、俺は頭をかく。
「それ、昨日も同じ秘書さんに言われた」
「でも、あえて堂々と名乗っているほうが安心なんじゃない?」
長谷部くんがフォローしてくれる。確かに取手さんや大綱くんの言うとおり、こんな正体を隠さない内調の人間なんて、珍しいだろう。いや、珍しいどころかいるかすらわからん。
そんな話をしているうちに、ゼミの学生たちが入室してくる。ブラックスター氏はまだだろうか。長谷部くんと大綱くんの様子から、ブラックスター氏がまだ来ていないことはわかる。
「今日遅いな、あの人」
「嵐山さん、ゼミ受けて行くんですか?」
「あっ、俺邪魔になるよな」
「いや……それは案外大丈夫ですけどね、うちのゼミなら」
俺が同席したら迷惑かと思ったが、ブラックスター氏本人に会いたいのだ。本人に会ってどんな人物か見極めたい。そして、悪いやつではなかったら、今後も内調に口添えしてもらいたい……。
あと5分でチャイムが鳴る。ゼミ室には俺を入れて男子のみ10人集まった。あとはブラックスター氏を待つだけ。
ーーノック音がまたした。勢いよくドアが開くと、青いスカジャンにショートカットの小柄な、男か女かわかりにくい人物が入ってくる。
「ちーす。内調の人が来てるって?」
「あっ、日月さん! お待ちしてました!」
ゼミ室の全員が立ち上がって頭を下げる。その角度、最敬礼だ。
「おはようございます!」
全員が挨拶する中、俺はしどろもどろになってしまうが、ゆっくりと口を開いた。
「え、えっと……君がブラックスターさん?」
「ああ、そうだ。あんたが嵐山さん? ボクに何の用なんだ?」
一人称、ボク。見た目もしっかり男。だけどどことなく中性的な感じなので、俺は戸惑いながら返答した。
「単刀直入に言うのだが、ブラックスターさんに政府の御意見番を頼みたくて。君の視点は実にいい。……えっと、ブラックスターさんの本名は?」
「ボク?
日月くんが自己紹介する。俺も立ち上がって再度挨拶する。
「内閣情報法制室付、嵐山星青です。こちらこそよろしく」
手を差し伸べると、日月くんと握手する。ちょうど始業のチャイムが鳴る。ーーこのゼミは一体どんな話し合いをするんだろうか。俺自身も大学を卒業したばかりなので、まるで過去にタイムスリップしているみたいだ。
「ゼミの担当教授は?」
俺が日月くんに聞くと、笑って返された。
「どうやら気が乗っているときにしか顔を出さないみたいなんだよね」
大学の教授がそんな緩くてよいのだろうか。
「……今日、教授が来なかったら、各自レポートな?」
長谷部くんが手を叩く。大綱くんもホワイトボードに『来週まで、レポート』と書く。ずいぶんマイペースなゼミなようだ。
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