第2話 初めての共同作業は、血と獣の匂い

「アー、テステス。参加者の皆さん、おはようございまーす!」


どこまでも突き抜けるような青空に、ディレクター――もとい、『神』の軽薄な声が響き渡った。

木漏れ日が差し込む美しい森の広場。そこに集められた八人の男女は、そわそわと周囲を見渡しながら神の言葉に耳を傾けていた。


「本日のデイリーミッションを発表します! 題して、『ドキドキ! はじめての共同作業で夕食の食材をゲットしよう♡』です!」

「食材ゲット……ってことは、モンスター狩りか! RPGのチュートリアルらしくて燃える展開だな!」


漆黒の重鎧に身を包んだ暗黒騎士・アヴァロン(佐藤アキラ)が、ガシャンと金属音を鳴らして楽しげにガッツポーズをした。

アキラの頭の中は、完全にゲーム感覚だ。ファミレスのバイト代では到底買えない最新VR機器で、しかも可愛い女の子たちと冒険ができる。おまけに一億円の賞金もかかっているのだから、ここで「頼れるダークヒーロー」を演じて目立たない手はない。


「ルールは簡単! 男女ペアを組んで、森の奥にいる『オーク』を討伐し、最高級のオーク肉を手に入れてください。なお、ただ倒すだけではダメです。相手を胸キュンさせる行動をとることで、皆さんのステータスは飛躍的に上昇します。名付けて『愛の力(ラブ・バフ)システム』!」


「愛の力、システム……?」

純白のシスター服を着たティア(伊藤マイ)が、小首を傾げる。


「はい! 手を繋ぐ、見つめ合う、ピンチを庇うなど、相手の心拍数を上げる行動をとればとるほど、二人の攻撃力や魔法力が跳ね上がります! つまり、戦うためにはイチャイチャしなければならないという画期的なシステムです! それでは、ペア決めスタート!」


神の合図とともに、参加者たちの間に微妙な牽制の空気が流れた。

アヴァロンはヘルメットの奥で目を光らせる。


(ここはやっぱり、一番か弱そうで守ってあげたくなる子を誘うのが王道だよな)


彼の視線の先には、身の丈ほどある杖を両手で握りしめ、不安そうにオドオドしているシスター・ティアがいた。

彼は重々しい足音を響かせ、彼女の前に跪いた。


「我が名はアヴァロン。美しき聖女よ、俺と共に来てくれないか? 君のことは、俺が命に代えても守り抜くと誓おう」

「あっ……は、はい。私なんかでよければ……アヴァロン様」


ティアは頬をぽっと染め、上目遣いでこくりと頷いた。

――しかし、ティアの内心は全く違う計算で高速回転していた。


(よしッ! キタキタキタ! とりあえず一番目立ちそうな重装甲の男をキープ。このアヴァロンって奴、絶対に『俺についてこい系』で前に出るタイプだから、私は後ろで「キャー怖い!」って言ってるだけで勝手に撮れ高(期待値)が稼げるはず。これまで色んな職場を渡り歩いて培った私の「か弱い女の子スキル」、舐めんなよ!)


彼女は高校卒業後、重い荷物を運ぶ配送業や、深夜の清掃作業などを掛け持ちし、常に男社会の荒波の中で生き抜いてきた。そんな彼女にとって、このシスターという役割を演じきることなど、生活費を稼ぐための仕事に比べれば造作もないことだった。


「行くぞ、ティア。俺の背中から離れるなよ」

「はいっ。アヴァロン様の背中……とっても広くて安心します」


あざとい台詞を投下しながら、二人は森の奥へと足を踏み入れた。


獣道を歩くこと十数分。

突然、鼻を突くような強烈な獣の臭いと共に、前方の巨大な茂みがガサガサと大きく揺れた。


『グルルルァァァッ!!』


鼓膜を破らんばかりの咆哮。

現れたのは、身の丈三メートルはあろうかという巨大な豚の化け物――オークだった。

丸太のように太い腕には、血のついた巨大な棍棒が握られている。口からはドロリとした粘着質の涎を垂らし、血走った眼球がギョロリと二人を睨みつけた。


「ひっ……!」

ティアが、演技ではなく素で短い悲鳴を上げた。


(嘘でしょ!? VRって聞いてたけど、臭いとか、吐き出す息の熱気までリアルすぎる! ていうか、あの棍棒につかまってる肉片みたいなの何!? これ本当に安全なテストプレイなの!?)


死の気配。圧倒的な暴力の化身を前に、ティアの足がガクガクと震え始める。頭ではゲームだと分かっていても、現実の過酷な労働現場で培った野生の勘が「逃げろ」と警鐘を鳴らしていた。


ティアが恐怖で身動きが取れなくなる中、アヴァロンは一歩前へ出た。


(うおーッ! すげぇ迫力! CGクリエイター本気出しすぎだろ! 絶対これ、初っ端のイベント用ボスじゃん! よし、ここは一番の魅せプ(見せ場)だ!)


本物の魔物を前にして、アヴァロンは恐怖を抱くどころかテンションを爆発させていた。彼は背中の大剣をゆっくりと引き抜くと、オークに向かって不敵に笑いかけた。


「下等な豚が……俺の女を怯えさせた罪、万死に値するぜ」


痛すぎる。あまりにも痛すぎる中二病台詞だった。

しかし、その一歩も引かない堂々たる態度は、恐怖で震えていたティアの目に、ほんの一瞬だけ「本物の騎士」のように頼もしく映ってしまった。


(バカみたいに痛い台詞……でも、なんで……ちょっとドキッとしちゃってるのよ、私!)


ピロンッ!


その瞬間、二人の頭上に神のファンファーレが軽快に鳴り響いた。


『システムアナウンス! ティアさんの心拍数上昇(胸キュン)を確認! アヴァロンさんに《愛の力・バフ(物理攻撃力100倍)》が付与されました!』


「お、なんだこのシステム! すげえ、体が羽みたいに軽いぞ!」

アヴァロンの漆黒の鎧から、禍々しくも美しい赤いオーラが噴き出し始める。


オークが棍棒を振り上げ、恐ろしい雄叫びとともにアヴァロンへ襲いかかろうとした、まさにその時。

アヴァロンは、軽く牽制する程度の感覚で、大剣を片手で横に薙ぎ払った。


「とりあえず、一発喰らいな!」

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