夏の終わりの宣戦布告
【お題で執筆!創作合宿2026伏線】夏の終わりの宣戦布告
作者 ほしレモン
https://kakuyomu.jp/works/2912051605144058889
夏休み前、伏線を気にする男子と勉強した。それが彼のお別れの合図だった話。
エンタメ小説。ライト文芸。転校してしまう男の子と、彼の張った「伏線」にあとから気づく主人公。甘酸っぱさと切なさが残る魅力的なYA青春ミステリー。
テーマ「伏線」と「夏の終わりの宣戦補告」が見事に噛み合った傑作。
日常の何気ない会話が、転校に収束していく構成が見事。タイトル回収の「勝ち逃げなんてさせないよ? 待ってる」といった前向きな強い意志は、爽やかな読後感だった。
上手い。
主人公は、丘野という女子高校生。ミステリー小説が好きで、少し冷めたクールな立ち振る舞いをするが、頼まれると断れない面倒見の良さを持つ。
視点 一人称「私」で、口語体を中心とした親しみやすく軽快なテンポの文体。心の声が多く、テンポが良い一方、ラストシーンでは切ない余韻を残す情景描写へ変化するメリハリがある。
純文学でよく見られる日常叙景型の中心軌道と、二重構造型・対比的葛藤曲と、
導入 ミステリー好きな女子高生の丘野は夏休み前日、居残って勉強していると、クラスの調子者の武田から「伏線とは何か」と尋ねられる。
展開 ジュースを奢ってもらう約束で生物の宿題を教え、二人で帰り道の自販機へ向かい、電車前で「また二学期」と再会の約束をして別れる。
転換 二学期が始まり、武田が夏休み中に黙って転校していた事実を担任から告げられる。
結末 重い荷物、図書室の本を断ったこと、最後の聞き取れなかった言葉。彼の行動すべてが自分への「伏線」だったと気づいた丘野は、プロの作家気取りな彼に「勝ち逃げはさせない」と心の中で挑戦状を叩きつけるのだった。
夏休みの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関係し、どのような結末に向かっていくのか気になる。
近景「夏休み前日。終業式が終わり、午後には進路講話」時間経過と、学校の描写からはじまり、遠景「それが終われば、部活もない今日はみんな家に帰ったりして夏休みのスタートを楽しむ」教室の外へ広がる、他生徒たちの動きなどを語り、心境「教室に残って自習してます、みたいな人は――いない。そう思って 時間と場所(近景)→周囲の賑やかさ(遠景)→教室の静けさと主人公の心(心情)と引いてから主人公の意識に集約させることで、読者は一瞬で静かな教室にぽつんと残された二人の空間へと引き込まれる。
武田の転校を後から知らされ、お別れも言えないまま空っぽの机を見つめるところは可哀想に思う。
ジュースを奢ると言われて「は?」と威嚇の声が出たり、厳しいと言いつつ結局最後まで勉強に付き合ってしまうところは人間味が溢れている。
自分の得意分野であるミステリーの知識をしっかり持っていて、人に頼られたときにテキパキ教えられる頭の回転の良さは、誰もが望む資質を感じる。
これらに共感して読み進めていく。
「伏線」というテーマの使い方がいい。登場人物が「伏線って何?」と会話している事体が一連の物語の最大の伏線になっているメタ構造が見事。丘野の冷めたツッコミと武田の少し大げさで不器用な態度の対比が微笑ましく、一気に読めた。単なる悲恋で終わらせず、「宣戦布告」「勝ち逃げはさせない」と主人公が前を向くラストが非常に爽快だった。
五感描写は、夏の温度感や聴覚表現を重ね合わせて、主人公の感情の揺れや急な別れの切なさが際立つように書かれている。
視覚「……い、と言おうとした武田の目線が、私のスマホに向く」「私がすますた顔でそういうと、武田は『……まぁそうだよな』とうなずく」「武田の目が輝いた。……犬みたいだ」「一瞬、さっきまでとは違う顔を見せた。でもそれはすぐに戻って、手を振ってくれる」「キンキンに冷たかった。思わず首や顔に当てて保冷剤として使ってしまう」「じゃーん、と見せびらかすように、スマホの画面を掲げた」「荷物全部詰めてたよね? ロッカーのやつとか」「キッチンに一人立ち、真剣な顔もちで卵焼きを焼いているところを想像した」「夏らしい入道雲が、大きく青空を覆っていた」「冷えた電車の中に乗り込んで、ドアから武田のほうを見ると、もう後ろを向いてしまっていた」「机は空。ロッカーも」
聴覚「思わず不良が出す威嚇のような声が出た。いけない、と思って咳払いをする」「『――、―――』じゃあ、と手を振った時に、彼が何かを言った。電車の音で何も聞こえなかった」「『またなんて言えないよな』そんな言葉は風に遮られた」「淡々と、教卓の前の先生が言う」「誰かが言う」「すすり泣く声が聞こえる」「始業式前の放送が流れる。騒がしい音は止まらない」「まだ、外では蝉が鳴いていた」
味覚「水筒を取り出し水分補給とともに」「オレンジジュースのおごりという響きが美しく映る」「オレンジジュース売り切れてた――!!」「オレンジジュース、おいしかったな」
触覚「キンキンに冷たかった。思わず首や顔に当てて保冷剤として使ってしまう」「冷えた電車の中に乗り込んで」「その日はずいぶんと暑い日だった」「質問攻めにされて疲弊していた」「荷物なんでそんなにあるの……」「その重い荷物を下ろして財布を取り出し」
嗅覚はなし。
主人公の弱みは、
「観察力がありミステリーの仕掛けには鋭いのに、自分のすぐ隣にいる人の気持ちや変化(現実の伏線)には鈍感だったこと」です。本の中の謎は解けても、現実の人の心までは見抜けなかったという人間らしい隙が描かれている。
そから始まる表現を、ここぞというところ以外は削るか別の言葉に置き換えるかすると読みやすくなる。
たとえば「終業式が終わり、午後には進路講話。それが終われば、部活もない今日はみんな家に帰ったりして夏休みのスタートを楽しむ。教室に残って自習してます、みたいな人は——いない。そう思っていたのに」
「終業式が終わり、午後には進路講話。終われば、部活もない今日はみんな家に帰り、夏休みのスタートを楽しむ。教室に残って自習する人は――いない、と思っていたのに」
「~たり」は二つ続けてつかう。
「とか」も削るか置き換えると伝わりやすくなる。
「もともと謎解きとかそういうのが好きで、まぁなんやかんやあって、自他ともに認めるミステリー大好きマンとしているわけ」→「もともと謎解きが好きで、まぁなんやかんやあって、自他ともに認めるミステリー大好きマンとしているわけ」
「自慢することじゃないよそれ。ってか、荷物全部詰めてたよね? ロッカーのやつとか。絶対家庭科の教科書とかは置いてっていいと思うけど」→「自慢することじゃないよそれ。ってか、ロッカーにあるものまで荷物全部詰めてたよね? 絶対家庭科の教科書は置いてっていいと思うけど」
つかわずに書くと、読みやすく伝わりやすくなる。
売り切れていたオレンジジュースをわざわざ自販機で買ったシーン。本当に売り切れだったのだろうか。彼にとっては最後になるので、彼女に美味しいものを贈りたくて、学校ではないジュースを贈りたかったのではと邪推した。
紙パック(学校)と缶やペットボトル(駅前)の違いなど、彼が「今日、最後に渡すこと」にこだわった理由を際立たせるなにかがあると、あとで切なさが増してくるのではと考える。
電車の音で消えた「――、―――」の口パクは、何を言ったのだろう。
相手の名前を読んで、告白でもしたのかしらん。「丘野、好きだ」みたいな。
一応、ダッシュの長さの数から、文字数を数えて推測できるようにはなっている。いまのままでもいいと思うのだけれども、彼が何を言ったのか、文字数や口の動きの描写を少しだけ足すと、ミステリーの出来がぐっと跳ね上がるかもしれない。
「生物の宿題?」の後の「UNA」は「RNA」か「DNA」の誤字?
読後、タイトルを読み直す。
実にいい。甘酸っぱくて、最後はちょっと切なくて、でもすごく応援したくなる良いお話だった。
そうか、だからオレンジジュースなのか。甘酸っぱい青春なんだ。
武田くんが教科書を全部持ち帰るところで、ひょっとしてと思ったけど、主人公が気づくのは難しいだろう。学生生活を過ごすのと、はじめから謎を解いてやるぞと読むのとは違うから。
最後の「勝ち逃げなんてさせないよ?」で全力で応援したくなる。再会はいつになるだろう。
非常に完成度が高く、読後感が素晴らしい。伏線というお題に対して、伏線そのものを会話のテーマにしつつ、裏でストーリーの伏線を回収していく構成力に脱帽した。アンソロジー本とかにサラッと入っていてもおかしくない。同年代の読者層に絶対刺さる作品だろう。
実に上手い。
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