キヨ×フォーエヴァー(1)


               ――祖母に捧ぐ。




 電話が鳴った。途端に目が覚めて電話機を手にとる。音声通話か。日出胤だ。

「何」

『やばい。近くにいるんだけど連中がキヨの家に――』

 キヨは通話を切断して掛け布団を撥ねのけながら寝台から下りると、まず貞操帯を装着した。いざというとき不死者どもに輪姦されて、自分の意思と関わりなく埋めこまれた人工電動性器とはいえ己が性器の中に精液もどきの不死虫を流しこまれるなんて死んでも御免だ。キヨはそれからホットパンツを穿いてロングパーカを着てニーソックスとエナメルのブーツを履いた。ゴーグルをかけてパーカのフードを被り愛用の不死者破壊用電気ドリルソードを持ってバックパック型携帯バッテリーを背負う。準備は万端。ドアを開けた。切れかけた電灯が明滅する廊下を不死者どもが駆けてくる。四畳半の部屋に引き返して隣の壁しか見えない窓から出ようかとも思ったがやめて、ドリルソードを起動した。ギュンギュルギュルゥゥゥン。キヨのドリルソードは斬るというよりも肉だろうと骨だろうと内臓だろうと挽き潰しながら撒き散らす。人間と大差ない姿をしているが肌は青白くて唇が灰色に近く目はどぎつく発光している不死者の肩口にドリルソードをぶちこんで、おおえごああががげがだがだあがががが、不死者の醜悪な叫び声を魂のないポップソング同然に聞き流しながら押しきった。不死者は右肩から左脇腹にかけてのラインできれいに、もとい醜く真っ二つになったが、こいつは何しろ不死者なので死ぬことはない。でもとりあえず活動停止に追いこむことはできる。こうすればいい。

「ばいばい」

 キヨはやつの頭に金属が仕込まれたブーツの踵をたたきこむ。パンッ。いい音。頭蓋が砕けて脳みそが踏みにじられる。といってもそれは頭蓋のふりをしている不死虫で脳のふりをしている不死虫だ。不死者は不死虫の集合体なのだ。不死原虫と呼ばれている強固で貪欲で強烈で野蛮な発達性レトロウイルスがいて、そいつは生物の細胞内に侵入すると細胞を不死虫に作りかえてしまう。不死者は不死虫のかたまりだ。今キヨに脳を踏み潰されて死んだように見えるこの不死者も、あくまでこの不死者の形態を保ったまま活動することが不可能になっただけで不死虫どもは生きている。不死虫どもはやがてプツプツウニョウニョ動きだして何か別の形をとるか、他の不死虫の集合体に摂取、まあつまりは食われてその一部になるかするだろう。まことに不快な生命体だと思いながらキヨは活動停止した不死者に唾を吐きかけ、次の不死者にドリルソードを突っこんでグリュンリュンリュン。さらにまた別の不死者をグギギャギャギャギャギャギャ。四人目の不死者をグヂュグヂュヂュヂュヂュ。五人目の胸のど真ん中にドリルソードを突き立てたその直後、廊下の向こうから日出胤が大慌てで走ってきた。

「キヨ! うわああキヨ……もはや連中全滅じゃないっすか、キヨ……」

「逃げなくてもよさそう」

 キヨはドリルソードを五人目の股間まで押し下げた。倒れこんだ五人目の頭を踏み砕けば、これで終了だ。

 廊下には不死者五人分の肉塊、肉片状の不死虫のかたまりがぶちまけられている。不死者には血が流れていないというか血のふりをする不死虫はいないので、人間が惨殺されたあとのように血みどろになることはないから、その点はやられ役として不死者のほうが優秀だ。キヨはドリルソードの電源をオフにしてゴーグルを顎の下までずりおろした。

「片付けといて、日出胤」

「うええ。おれがやんのかよ」

「やならいいけど」

「だ、誰もやらないとは言ってないでしょ。やるよ。やりますよ。やってやるよ。やればいいんだろ、やれば」

 キヨは部屋に戻る前に清掃作業に精を出す日出胤を見た。

 日出胤はライダージャケットに革のパンツ、ニットキャップにゴーグル、安全靴にスキーグローブという出で立ちで、サムライソードとアーミーナイフと鉄パイプを数本携帯しているが、なぜかクマさんのリュックサックを背負っている。そのリュックサック自体はかわいらしい。だけど身長百八十三センチでそれなりにガタイのいい日出胤にはまるで似合わない。壊滅的なセンスの悪さだ。

「そういうところが嫌い」

 呟いて、日出胤がその声を聞いたかどうかも確かめず、キヨは部屋に引き返すなり電話機を床に落として踏み壊した。いずれにしてもこの部屋にはもういられない。たいした量じゃないがさっさと荷物をまとめて出てゆかざるをえないだろう。



 かつては赤青黄緑白薄紅紫のネオンに彩られて酒と煙草とドラッグと音楽と娼婦と男娼であふれかえっていた天現烙町も、今は荒れ果てている。不死者が蔓延って世が乱れに乱れてから、天現烙町は暴力団が堂々と支配する街になって人間たちの憩いの場となったが、不死者どもが看過するわけもなかった。とりわけ不死者どものあいだに王や女王が誕生して王国が組織されるようになると、天現烙町は戦場と化した。暴力団もM16やAK‐47やMP7やRPGで武装して徹底抗戦したが、三年余に及ぶ激戦の末に陥落して不死者の軍団に蹂躙され打ち捨てられたあと、間もなく浮浪者や逃亡者や社会病質者たちの掃き溜めと化した。

 今でも不死者どもが人間たちを狩りにくるが、天現烙町が戦場になることはない。この町の住人の大半は限りなく完全に近い負け犬で、不死者にも命以外なら何でも売りかねない糞尿以下の襤褸雑巾と呼んだら襤褸雑巾が哀れなほどの外道ぞろいだ。不死者の狩人どもがやってきたら尻尾を巻いて逃げるか隠れるか死んだふりをするか命乞いの準備をするか。この町で起こるのは戦闘ではなくて虐殺であり、不死者にとってそれは朝食であり昼食であり間食であり夕食だ。不死者がこなければ天現烙町の住人たちは半死人のように暮らしている。不死者のほうがまだ生きがいいくらいだが、それでも不死者よりはまだましだとキヨは思う。

 何といっても不死者は人間ではないのだ。不死者はよく人間を食らってやれうまいだの新鮮な筋肉の味はたまらないだのとろっとした脂肪の甘さはこたえられないだのと言ったりするが、あんなのは嘘だ。不死者には味覚らしい味覚がない。視覚も聴覚も嗅覚も人間のそれとは大きく異なっている。人間の多くは三種類の錐体細胞を持っていて青と緑と赤を識別できるが不死者は緑と赤しか識別できない。音程を区別する能力がきわめて低く、ようするに不死者は例外なく極めつけの音痴だ。連中の喋り声は人間には頭が痛くなるほど調子外れか不気味なほど平板か、そのどちらかに聞こえる。不死者は花や果実の香りを嫌い、腐臭を代表する悪臭に吸い寄せられるが、それを嗅いでいい匂いだと言いながらも必ず顔をしかめる。

 ただし触覚だけは鋭敏で、不死者は手ざわり歯ざわり噛み応えなどに異様なほどこだわる。やつらは噛みちぎったり咀嚼したりするその感触で人間を味わっている。感触でしか味わうことができない。

 今キヨが見ている崩れかけた天現烙町の街並みの胸が締めつけられるような哀しい美しさも不死者は感じることができないのだ。不死者には情緒がない。執着しかない不死者どもよりは、心が折れて投げやりになったり卑屈になったり頭がいかれたりしている塵屑のような人間たちのほうがキヨには好ましい。

 それにまだ塵屑同然のところまで落ちていない人間もいることはいる。

 キヨはメタルのスーツケースを引きずってそんな人間たちが集うバーに足を踏み入れた。天現烙町四丁目十二番地八号第六馴鹿ビル。もともとは五階建てだが三階以上は崩壊している。バー喜代太はその地階にあるが、第六馴鹿ビルからは入れない。およそ百五十メートル先のマンホールから下水道に入りこんで壁にあけられた穴をくぐると武装した暴力団員たちが詰めている関所があって、バー喜代太はその先にある。

 バー喜代太は四代目墓石組組長墓石九兵衛の隠れ家で、天現烙町にただ一つ現存している暴力団の根城であり、時流に逆らって不死者に抗っている人間たちが一杯やれる店だ。

 キヨと、それから一応、日出胤もバー喜代太の常連で、墓石九兵衛とタメ語で話せる間柄でもある。

「九兵衛は?」

 キヨはカウンター席に座るなり隻眼隻腕白ワイシャツ黒スラックスのバーテンに尋ねた。金魚の糞よろしくキヨについてきた日出胤はウイスキーロックでとかほざいている。

 バーテンが別のスタッフに目配せをしてウイスキーを用意しているあいだに九兵衛が奥から出てきた。六年前に墓石組四代目を襲名した九兵衛は当年とって十三歳、光沢のあるミッドナイトブルーのタイトなスーツを着こみ黒いワイシャツに深紅のネクタイを締めて黒髪をきっちり撫でつけた紅顔の美少年だが、酸いも甘いも噛み分けた苦労人で切れ者だ。そうでなければいくら伝説の組長墓石徹の嫡男であろうと、墓石組総勢三十七人と五十人以上の食客を束ねることなどできはしない。九兵衛は日出胤を椅子から蹴落としてキヨの隣に座った。

「やあキヨ。カチコミかけられたらしいね。聞いているよ。私のところにくればいいのに」

「その話はやめよ。その気はまったくないから」

「私らを気遣ってのことだろう。やれやれ。どちらかといえば、天下の墓石組がきみを気にかけるのが筋ってものだと思うんだけどな」

「違う。やつはぼくの標的。それだけのこと」

 九兵衛は肩をすくめただけで何も言わなかった。日出胤は九兵衛の隣で小さくなってウイスキーをちびちびやっている。キヨは注文もしていないのにバーテンが出してきたズブロッカをひと息で飲み干して目をつぶった。バー喜代太は騒々しいが、耳を澄ませばいつも音楽が聞こえる。大抵はアシッドくさいジャズだかファンクだか、マニアックで気どったメロディーとリズムだが、音楽があるというだけで人間の居場所なのだと感じさせてくれる。キヨにはそれだけで充分だ。長居する気もない。ここの空気、人間が吸うに値する空気で一度肺を満たすことができれば明日も戦える。明日こそは終わりにしようと覚悟が決まる。

「九兵衛」

 キヨは九兵衛の艶やかな髪の毛を撫でて口許をかすかにゆるめてみせた。

「ぼくのことは忘れて。もう二度とここにはこない。それだけ言いたくて」

「きみは何度も同じことを言う」

 九兵衛はキヨの指を握って唇のところまで持ってゆき、やさしい口づけをした。

「勘違いしないでくれ。責めているわけじゃない。嬉しいのさ。どうかまた聞かせておくれ、その台詞を」

「ぼくは女王の子だよ」

「でも、きみは人間だろう」

 キヨは立ちあがって九兵衛の額にふれるかふれないかのキスをした。九兵衛の手をふりほどいて背を向けると、日出胤が慌てふためいて椅子から立とうとしたせいでグラスを倒してしまってカウンターに中身をぶちまけた。キヨはため息をついた。

「……そういうところが嫌い」

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