第七話「正しさの順番」

ダンが税務調停室に来たのは、翌朝だった。


官服を着ていた。レクス公爵家の審査部門の紋章が袖についていた。昨日まで相部屋で過去問を広げていた男と、同一人物とは思えない顔をしていた。


扉を開けて、部屋を一度見回した。書類の山。カイ。エド。それだけ確認してから口を開いた。


「少し話せるか」


「はい」とカイは言った。


エドは何も言わずに立ち上がり、廊下に出ていった。気を遣ったのか、あるいは逃げたのか、カイには判断がつかなかった。





ダンは椅子に座らなかった。立ったまま、手元の書類を見た。少し間があった。


「カラン領の件だ」


「はい」


「決定そのものは正しい。内容に問題はない」ダンはカイを見た。「ただ手順が違う。税務調停室が単独で減税決定を出す場合、レクス公爵家の審査部門への事前申請が必要だ。それがなかった」


「知りませんでした」


「知らなかったのはわかる」ダンは続けた。「ただ知らなかったでは済まない場合がある。今回はそれだ」


カイはダンを見た。


「レクス公爵家として言いに来たんですか」


ダンは少し黙った。視線が、手元の書類に落ちた。


「そうだ」


「ダンさん個人としては」


また黙った。今度は少し長かった。書類の端を、指先でわずかに押さえた。


「……個人として来ているなら、こんな格好はしていない」


カイは官服の袖の紋章を見た。それ以上は聞かなかった。


「次から申請します」とカイは言った。「審査部門に。手順を教えてもらえますか」


ダンは一瞬、表情が緩みかけた。ただすぐに戻した。


「後で書類を送る」


「ありがとうございます」


ダンは踵を返した。扉の前で止まった。振り返らなかった。手が、扉の把手にかかったまま動かなかった。


「お前が処理した申請、カラン領の領主は泣いてるぞ、たぶん。三年待ったんだ」


それだけ言って出ていった。


扉が閉まった。廊下の足音が遠ざかった。





エドが戻ってきた。


椅子に座って、腕を組んで、カイを見た。


「三日だな」


「はい」


「三日で、マルス公爵家から正式抗議。ゴルト公爵家から商務調整官。レクス公爵家の審査部門から手順違反の指摘」エドはゆっくり言った。「三公爵家全部から、お前は三日で何かしらの反応を引き出した」


カイは少し考えた。


「まずかったですか」


「普通はまずい」


「でも申請は正しかったですよね」


「正しかった」


「じゃあ」


「じゃあ、じゃない」エドは窓の外を見た。「正しいことをするのに三日かかる奴と、正しいことをするのに三年かかる奴と、正しいことを三年やらない奴がいる。帝都はずっと三番目でやってきた」


カイは黙って聞いていた。


「お前が三日でやったことの意味が、まだお前にはわかっていない」


「わかっていません」


「それがいちばん怖い」


エドはそう言って、書類に向かった。


それ以上は何も言わなかった。部屋に、紙をめくる音だけが戻った。





夕方、庁舎を出たところでリナが待っていた。


女官の格好ではなかった。外套を着て、書類鞄を持っていた。庁舎の影の中に立っていた。カイが出てくると、一歩だけ前に出た。


「少しよろしいですか」


「はい」


二人で石畳の脇に移動した。日が傾いていた。庁舎の影が長く伸びていた。


「三公爵家全部が動きましたね」リナは言った。


「そうみたいです」


「怖くないですか」


カイは少し考えた。


「怖いかどうかわからないです。まずいことをした感覚はあります。ただ、申請は正しかったと思っています」


リナはカイを見た。


三日間、この男を観察していた。怒鳴られても謝らなかった。数字で詰められて初めて「すみません」と言った。手順を指摘されたら素直に聞いた。そして毎回、最後に核心を一つ突き返した。


意図していない。それだけは確かだった。


「一つだけ聞いていいですか」リナは言った。


「はい」


「なぜ帝都に来たんですか。本当の理由を」


カイは少し間を置いた。


「父が帝都で官吏になりたかったと言っていました。叶わなかった。だから自分が来ました」


「それだけですか」


「それだけです」


リナは視線を落とした。


父が帝都で死んだ。ヴェルナという姓。百年前の記録。剣。封。


この男は何も知らない。知らないまま、百年前に誰かが止めようとしたことを、一つずつ動かしている。


「あの剣は」リナは言いかけて、止めた。


一瞬だった。止めた理由を、自分でもうまく説明できなかった。


「剣、ですか」


「いえ」リナは首を振った。「何でもありません」


カイは腰の剣を見た。錆びていた。夕日を受けていた。重いな、とだけ思った。


——その刀身の一点が、かすかに光った。


錆の隙間から覗く、細い線。ほんの一瞬だった。


カイは気づかなかった。


リナだけが、見ていた。



(第七話・了)


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第一章「帝都の門」 完

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