第七話「正しさの順番」
ダンが税務調停室に来たのは、翌朝だった。
官服を着ていた。レクス公爵家の審査部門の紋章が袖についていた。昨日まで相部屋で過去問を広げていた男と、同一人物とは思えない顔をしていた。
扉を開けて、部屋を一度見回した。書類の山。カイ。エド。それだけ確認してから口を開いた。
「少し話せるか」
「はい」とカイは言った。
エドは何も言わずに立ち上がり、廊下に出ていった。気を遣ったのか、あるいは逃げたのか、カイには判断がつかなかった。
◆
ダンは椅子に座らなかった。立ったまま、手元の書類を見た。少し間があった。
「カラン領の件だ」
「はい」
「決定そのものは正しい。内容に問題はない」ダンはカイを見た。「ただ手順が違う。税務調停室が単独で減税決定を出す場合、レクス公爵家の審査部門への事前申請が必要だ。それがなかった」
「知りませんでした」
「知らなかったのはわかる」ダンは続けた。「ただ知らなかったでは済まない場合がある。今回はそれだ」
カイはダンを見た。
「レクス公爵家として言いに来たんですか」
ダンは少し黙った。視線が、手元の書類に落ちた。
「そうだ」
「ダンさん個人としては」
また黙った。今度は少し長かった。書類の端を、指先でわずかに押さえた。
「……個人として来ているなら、こんな格好はしていない」
カイは官服の袖の紋章を見た。それ以上は聞かなかった。
「次から申請します」とカイは言った。「審査部門に。手順を教えてもらえますか」
ダンは一瞬、表情が緩みかけた。ただすぐに戻した。
「後で書類を送る」
「ありがとうございます」
ダンは踵を返した。扉の前で止まった。振り返らなかった。手が、扉の把手にかかったまま動かなかった。
「お前が処理した申請、カラン領の領主は泣いてるぞ、たぶん。三年待ったんだ」
それだけ言って出ていった。
扉が閉まった。廊下の足音が遠ざかった。
◆
エドが戻ってきた。
椅子に座って、腕を組んで、カイを見た。
「三日だな」
「はい」
「三日で、マルス公爵家から正式抗議。ゴルト公爵家から商務調整官。レクス公爵家の審査部門から手順違反の指摘」エドはゆっくり言った。「三公爵家全部から、お前は三日で何かしらの反応を引き出した」
カイは少し考えた。
「まずかったですか」
「普通はまずい」
「でも申請は正しかったですよね」
「正しかった」
「じゃあ」
「じゃあ、じゃない」エドは窓の外を見た。「正しいことをするのに三日かかる奴と、正しいことをするのに三年かかる奴と、正しいことを三年やらない奴がいる。帝都はずっと三番目でやってきた」
カイは黙って聞いていた。
「お前が三日でやったことの意味が、まだお前にはわかっていない」
「わかっていません」
「それがいちばん怖い」
エドはそう言って、書類に向かった。
それ以上は何も言わなかった。部屋に、紙をめくる音だけが戻った。
◆
夕方、庁舎を出たところでリナが待っていた。
女官の格好ではなかった。外套を着て、書類鞄を持っていた。庁舎の影の中に立っていた。カイが出てくると、一歩だけ前に出た。
「少しよろしいですか」
「はい」
二人で石畳の脇に移動した。日が傾いていた。庁舎の影が長く伸びていた。
「三公爵家全部が動きましたね」リナは言った。
「そうみたいです」
「怖くないですか」
カイは少し考えた。
「怖いかどうかわからないです。まずいことをした感覚はあります。ただ、申請は正しかったと思っています」
リナはカイを見た。
三日間、この男を観察していた。怒鳴られても謝らなかった。数字で詰められて初めて「すみません」と言った。手順を指摘されたら素直に聞いた。そして毎回、最後に核心を一つ突き返した。
意図していない。それだけは確かだった。
「一つだけ聞いていいですか」リナは言った。
「はい」
「なぜ帝都に来たんですか。本当の理由を」
カイは少し間を置いた。
「父が帝都で官吏になりたかったと言っていました。叶わなかった。だから自分が来ました」
「それだけですか」
「それだけです」
リナは視線を落とした。
父が帝都で死んだ。ヴェルナという姓。百年前の記録。剣。封。
この男は何も知らない。知らないまま、百年前に誰かが止めようとしたことを、一つずつ動かしている。
「あの剣は」リナは言いかけて、止めた。
一瞬だった。止めた理由を、自分でもうまく説明できなかった。
「剣、ですか」
「いえ」リナは首を振った。「何でもありません」
カイは腰の剣を見た。錆びていた。夕日を受けていた。重いな、とだけ思った。
——その刀身の一点が、かすかに光った。
錆の隙間から覗く、細い線。ほんの一瞬だった。
カイは気づかなかった。
リナだけが、見ていた。
(第七話・了)
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第一章「帝都の門」 完
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