第9話 悪魔の答え


地下最深部。


ラグナロク管理区画。


黒瀬玲司は静かに歩いていた。


ここまで来るのに三十二人。


警備兵を殺した。


全員即死。


迷いはない。


躊躇もない。


必要だったから殺した。


それだけだった。



巨大な隔壁の前に立つ。


高さ二十メートル。


厚さ三メートル。


通常なら突破不可能。


だが玲司は端末を取り出した。


施設内部から奪った認証キー。


司令官権限。


それを使う。


数秒後。


重い音を響かせながら隔壁が開いた。


そして。


玲司は初めてラグナロクを見た。



巨大だった。


予想を超えていた。


全長三百メートル以上。


巨大な演算炉。


無数の魔導回路。


数千人規模の制御装置。


国家が十年を費やして完成させた怪物。


戦略兵器。


一撃で都市を消し飛ばす終末装置。


玲司は静かに見上げる。


「なるほど」


予想以上だった。


だからこそ危険だった。



その時。


警報が鳴り響く。


「侵入者発見」


「侵入者発見」


「全警備部隊集結せよ」


時間切れだった。


敵も馬鹿ではない。


すぐに包囲される。


だが。


玲司は焦らなかった。



彼は中央制御端末へ近づく。


そして回線を接続した。


数秒後。


世界中の軍事通信網へアクセスが始まる。


北方連邦。


日本皇国。


西方同盟。


中立国家。


全て。



「何をしている」


背後から声が響く。


アレクシアだった。


重武装の親衛隊が並ぶ。


銃口が玲司へ向けられる。


完全包囲。


逃げ場なし。



「終わりだ」


アレクシアが言う。


「そうですね」


玲司は頷いた。


その態度にアレクシアが眉をひそめる。


何かがおかしい。


追い詰められた人間の反応ではない。



「何をした」


玲司は端末を操作する。


そして。


巨大モニターが起動した。


世界中へ同時配信。


ラグナロクの設計図。


性能。


位置情報。


全て。



アレクシアの顔色が変わった。


「貴様……!」


玲司は振り返る。


「奪う必要はありません」


「何?」


「存在を公開すればいい」


静かな声だった。


しかし。


それは戦争を変える一言だった。



「北方連邦だけが持つから意味がある」


「全世界が知れば価値は半減します」


「各国が開発を始める」


「抑止力が生まれる」


アレクシアは理解した。


目の前の男は兵器を奪いに来たのではない。


世界を混乱させるために来た。



「狂っている」


アレクシアが吐き捨てる。


玲司は否定しない。


「でしょうね」


「戦略兵器が拡散すればどうなると思う」


「軍拡競争」


「核抑止と同じです」


「何百万人死ぬぞ!」


初めてだった。


アレクシアが怒りを露わにした。


だが玲司は冷静だった。



「今のままでも死にます」


「ラグナロクが一国独占なら尚更です」


「だから均衡させる」


「それが最も被害が少ない」


アレクシアは言葉を失う。


理解はできる。


論理としては正しい。


だが。


あまりにも冷たい。



「だからお前は嫌いだ」


アレクシアが言った。


玲司は答える。


「構いません」


「私はあなたを評価しています」


一瞬。


アレクシアの動きが止まる。


「なに?」


「あなたは理性的です」


「敵として優秀です」


それは玲司なりの最大評価だった。



その瞬間。


親衛隊が突撃する。


「撃て!!」


銃声。


魔導弾。


爆発。


しかし。


玲司は既に動いていた。


足元の起爆装置を押す。



轟音。


地下施設全体が揺れる。


親衛隊が吹き飛ぶ。


照明が消える。


煙が充満する。


混乱。


悲鳴。


怒号。


地獄だった。



アレクシアは咳き込みながら叫ぶ。


「黒瀬!!」


返事はない。


煙の向こう。


既に姿は消えていた。



数分後。


施設外周。


玲司は山道を下っていた。


追手が迫る。


だが問題ない。


脱出経路は七つ。


そのうち四つは既に囮。


追跡部隊はそちらへ向かう。



通信端末が震える。


日本皇国軍司令部からだった。


「少佐!」


「世界中が大混乱です!」


「各国がラグナロクの情報を確認!」


「国際会議が開かれます!」


玲司は短く答える。


「そうですか」


興味がなかった。


彼にとって重要なのは一つだけ。


北方連邦が戦略兵器を独占できなくなった。


それだけだった。



同時刻。


世界各国。


首脳達は同じ映像を見ていた。


ラグナロク。


戦略級魔導兵器。


その存在。


そして設計図。


世界の均衡は崩れた。


軍拡競争が始まる。


誰もが理解していた。


戦争は次の段階へ進んだのだと。



北方連邦軍司令部。


アレクシアは報告書を握り潰した。


施設被害甚大。


機密漏洩。


国際問題。


全て黒瀬玲司一人の仕業。


そして。


彼女は初めて確信する。


この男は敵国の将軍ではない。


災害だ。


存在そのものが。


世界を壊す。


だから。


必ず殺さなければならない。


その決意だけが静かに燃えていた。


そして戦争は。


世界大戦への道を歩み始める。

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