第40話 セレナの名を騙るもの。

 応接室に入ると、共の者を後ろに控えさせた壮年の男が、静かにソファへ腰掛けている。


 彼は私達――ユージンを見た瞬間、満面の笑みで立ち上がった。

 糸のように細められていた目が、僅かに光っている。

 

「おおっ、これはこれは!やっとお目にかかれました。セレナ様の御子、ユージン様。この日をどんなに待ちわびていたか……」

 

 彼は感極まったかのような面持ちで、ユージンに右手を差しだし握手を求めた。

 

 ユージンが握りかえすと、彼は左手を添え、立て膝をつき、さらに祈るような仕草でそこに額を当てる。

 

「…………」

 

 なにやら呟きながら、そのまま動こうとしない。

 

 彼の過剰なまでの仕草に、ユージンは若干引いた表情を浮かべている。

 

「――少しばかり礼を失してるのではないか、クロイツ司教」

 

 冷ややかな声でアルドリックが言葉を差し挟む。


 その声に反応するように、その男は顔を上げ、アルドリックに一瞬視線を移す。

 二人の視線が交錯した瞬間、空気が張り詰めた。

 

「――これは大変なご無礼を。御子ユージン様との出会いの喜びに、つい我を忘れてしまいました」

 

 クロイツという男は手を離し、頭を下げる。

 そしてすぐにユージンへと視線を戻し、そのまま目を逸らさない。


 まるで、この部屋には彼とユージンの二人しかいないかのように。

 

「私はエヴァルド・クロイツ。氷冠聖会の司教を仰せつかっております。ユージン様、この度はリオーネ領への総督就任、誠におめでとうございます」


 先ほどまでの熱量が嘘のように、クロイツの表情は穏やかさを取り戻していた。


 ◇

 

「ユージン様がこの地を治めるとは、正に天恵。我々氷冠聖会一同、統治には全面的に協力いたします」

 

「それはありがたいですね。……ところで、あなた方は僕に何を望んでいるのですか?」


 ユージンは、圧倒されつつも彼に問いかける。

 

「それはもちろん、リオーネ王国のでございます。ユージン様が先頭に立ち、この地を平定して頂ければ、もはや再興は必然のものになりましょう」


 ん?

 いまサラッと、とんでもないこと言わなかった?

 この人。

 

「……一応、僕は帝国の臣民なんだけどな。いまここで、君たちを反乱罪として逮捕することもできるんだけど」


 ユージンの逮捕という言葉に、クロイツの張り付けたような微笑みが、一瞬真顔に戻るが、間を置かず笑みを浮かび上げる。

 

「何を仰いますか。現在のユージン様は世を忍ぶ仮のお姿。リオーネ王国復興の目をみすみす逃すなどと、お戯れもお上手ですな」


 ……どうやらこの男は、覚悟を持ってこの子に語りかけている。

 それは、信念か、打算か。


 ――それとも、狂信か。


 少なくとも総督府に対し、これだけの問題発言が咎められないだけの影響力を持っていることは間違いないだろう。

 

 ユージンはと見ると、うんざりした様子で私に視線を送っている。

 デジャヴを感じると、目で私に訴えかける。


 ……わたし?


 いや、貴方と再会した当初は多少こういう成分もあったかもしれないけど。

 それは愛ゆえの行為だし……。


 ――はっ、この男も、同じ!?


 ……自分の行動を客観的に見るってこんなに恥ずかしいことだったのね。

 ここは素直に反省しておこう。


 

「ユージン様。時が来たのです!貴方様がこの地へ立った時、すでに運命は定められているのです。母君であられる、セレナ・リオーネ様のご意志を継ぐことだと!」

 

 ……前言撤回。

 さすがにここまでじゃないわ。


「――今、急に謀反まがいの事柄を力説されても困惑するだけですわ。 少し落ち着きくださいませ、クロイツ司教」


「……ユージン様、この方は?」


 クロイツは私を一瞥したあと、すぐに視線をユージンに戻す。


「彼女は私の婚約者です」

 

「アリシア・レオニエルと申します。以後お見知りおきを」


「ああ、そうですか」


 クロイツは視線をむけようともしない。

 

「彼女の言うとおりです。クロイツ司教、話が少々飛躍しすぎてはいませんか?」


「おっと、これは性急すぎましたかな。ただ、これもリオーネの地、民、そしてセレナ様のご意向なのです」


 ――セレナにそんなご意向は無いっての。

 私が反論できないのを良いことに、言いたいこと言ってくれるわね、この男は。

 

「それより、僕の方からも質問があるのですが」

 

「質問ですか。……他ならぬユージン様の願いです。謹んで承りましょう」


 ――この男、あくまでも会話の主導権を握っていたいのね。

 私はそれまでユージンの後ろに控えていたが、彼の座るソファの隣に腰掛け、言葉を受け継ぐ。


「先日、ユージン様がこの総督府へ向かう途中、賊に襲われました。 クロイツ司教、何かお心当たりはございませんか?」


 私の問いかけに彼は、仕方ないという風に私の方へ向く。

 

「ほう、それは憂慮すべきこと。――ただ、良い機会ではございませんか」


「良い機会、ですか?」


「奴らはユージン様を恐れています。恐怖心は容易に攻撃性を増す。その証明でございましょう。ここで反乱分子を一掃するべきだ」


 ――反乱分子は貴方たちも含まれるでしょうに。

 私はその思いを心に秘め、話を続ける。


「失礼ですが、奴ら、とは?」


「もちろん、フェルムなどと名乗る過激な組織のこと。彼らの存在は、ユージン様の覇道への妨げになります」


「――あら、不思議ですわね」


「何がでしょう?」


 私の言葉に訝しげな表情を浮かべるクロイツ。


「私は賊に襲われたと申し上げましたが、この件についてはどこにも漏らしてはおりません」


 私がアルドリックへ視線をむけると、彼は黙って頷く。

 

 クロイツの表情が、徐々に変わっていく。

 その細い目からは黒目をのぞかせ、口の端がわずかに動く。


「クロイツ司教、襲撃犯がフェルムであると何故ご存じなのですか」



――

このまま、次回に続きます。

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