第7話 レオニエル公爵家に、冷血女王の鉄槌を。

「役に立たない、とおっしゃるのですか!?」


 シーンと静まりかえった食堂に、私の声が響く。


 三人は、石のように固まっていた。

 

 父は青ざめ、母は口を開けたまま。

 セリーヌは、ばつが悪そうにうつむいている。


 さらに静寂は続く。


 ふと、私は握りしめた拳をそっと開く。

 爪の跡から、血が滲んでいた。


「ふ、ふん。所詮は騎士としての功績でしょう!」


 ハッと気がついた表情を見せた母が必死に言い返す。


「いくら騎士として優秀でも――貴族として魔力がないなんて、話にならないと言ってるのよ!」

 

 彼女は、公爵夫人の名にそぐわない歪んだ笑みを浮かべながら、尚も私に食ってかかる。


 「大体、魔力も無いのに私たちに意見するなんて。生意気な口を聞くものではありませんよ、アリシア」


 彼女の言葉に、私は一瞬だけ目を伏せる。


「お母様」


「な、何よ」


 私の呼びかけに、ビクッと身体を震わせながら、母は私を睨みつける。

 

「そもそもこの婚約は、第二皇子殿下のご命により定められたもの。魔力を持たないユージン様への侮辱は、そのまま殿下へのお言葉に繋がります」


 母は、自分の発言が何を意味するか分からないのだろう。

 残念で、哀れな人。


「まさかとは思いますが、殿下のご判断が愚かだと仰っているのですか?」


「そ、それは……」


 第二皇子殿下の名を出した途端、母は再び絶句する。


 言い返そうとする母の唇が震えている。

 けれど、何も出てこない。

 

 ――差別を当然と考える者ほど、権威には弱い。

 自分より上位の存在には逆らわず、下位と見なした者にだけ牙を剥く。 



「……そういうわけではないのだ、アリシア」


 父が、いつもの威厳を取り戻そうと、私を制しようとする。

 しかし、その声は震えていた。

 

 今まで何一つ逆らわなかった娘。

 自分たちの駒のように扱い、それに疑問を持つ必要さえなかった影の存在。

 この人たちは、そんな相手からの反論に驚き、慌てている。


「この父も、お前が殿下からのお声がけがあったことを――」


「でしたら」


 父の言葉を遮る。


「もう少し、お言葉は選ばれた方がよろしいかと」


 食堂内を再び沈黙が支配する中、私はゆっくりと会釈する。


「皆様のお食事を中断させてしまいました。邪魔者はここで失礼しますが、よろしいでしょうか?」


 私と目を合わせようとしない三人を尻目に、食堂を退出しようとする。

 そして出口にさしかかった、その時。


「……そういうつもりで言ったんじゃないの。怒らないで、お姉様。――私、怖い」


 妹のセリーヌから発せられた、弁解とも言い訳ともつかない言葉が私を刺してきた。

 振り向くと、彼女は完全におびえた表情をしている。

 

 ――ちょっと、言い過ぎたかしら。


 私の胸に、ほんの少しだけ後悔の気持ちが頭をもたげる。

 とはいえ、訂正する気にはなれなかった。


 ここで彼女にフォローの言葉をかけてしまうことは、ユージンへの侮辱を認めてしまうことになりかねないから。

 

 それだけは、絶対に認めるわけにはいかない。

 

 私は彼女に微笑みかけた後、何も言わずにこの場を去った。


 

「……帝室の権威を盾にしちゃいましたね」


 食堂を出たところでエルミナが控えているのも、いつものことだ。

 

「軽蔑、する?」


「なーに言ってんすか、最高っすよ!」


 彼女は満面の笑みを浮かべながら、私の耳元で囁いた。


 ◇

 

 執務室に戻った私は、少しだけ自分の心が高揚しているのを感じていた。


 ……初陣としては、上々ね。


 緊張がほどけたせいか、全身から力が抜けていくのを心地よく感じる。

 

 しばらくするとエルミナが、お茶やお菓子をのせたワゴンと共にやって来た。


「あら、お菓子よく持ち出せたわね」


「騎士様との面会の時のお菓子を……ちょっと多めに確保しておいたっすよ」


「わあ、嬉しい!」


「念のため用意しておいて良かったっす」


 我ながらさもしいと思うけど、今日の夕食は諦めていたので、エルミナの気遣いがありがたい。

 

 明日からは第二皇子のご威光を利用して、食事は確保しておこうっと。

 使える権威は、何でも使いましょう。


 お菓子をついばみながら、思わす笑みがこぼれる私をエルミナが見つめている。


「それにしても、今日のアリシア様は人が違ってますね」

 

 ぎくっ!


 エルミナに前世の記憶が戻ったこと、バレてる?


 ――ど、どうしよう。

 何て返せばいいの、こういう時は。



 ————

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