四〇二号室の扉を開けた瞬間から、この物語の空気はどこかおかしいのです。格安の家賃、頻発する失踪、そして誰もが薄々気づいていながら口にしない噂。日常のはずの社畜生活が、少しずつ足元から崩れていくような感覚に、読んでいる間ずっと落ち着かない気持ちにさせられます。飄々とした同僚・織瀬の軽口が、張り詰めた空気にふっと隙間を作ってくれるのですが、その隙間の向こうに何が潜んでいるのかを考えると、余計に背筋が冷えてくる。そして、語り手である佐藤の、あのオネェ口調。刃の上を歩くような緊迫の連続でありながら、その語り口が絶妙な緩和材となって、読み手の呼吸を保ってくれるのです。会社という閉じた箱の中で、誰が味方で、誰が敵で、そもそも"普通"とは何だったのか。読み終えたあとも、あの扉の向こうの静けさが、しばらく耳から離れません。