第19話 魔法少女の『敵』⑤ 修行(?)の成果

『もう、なんなのよあの虎女!』

『まあまあ。そんなに怒らないでもいいじゃん』


 念話越しに怒るフローラルシアンを、フローラルマゼンタは朗らかに宥めていた。

 『怪人』キトラ――――虎の特徴を持った鎧姿の獣人が彼女達に敵対宣言をしてから十日。あの日以来、彼女は毎晩付け狙うかのように現れては、三人に対して戦いを挑んでくるようになっていた。

 といっても、内容はいつも彼女達の防戦一方で決着がついている。攻撃どころか苦し紛れの反撃さえ碌に通ることはない。動きを捉えること自体で精一杯なのだから当然だ。


『アイツ絶対私達をボコボコにして楽しんでるわ。最悪よ最悪』

『そう、なんでしょうか?』


 言葉越しにシアンの強い怒気が伝わってくる中、フローラルイエローは何かしら思うところがあるように呟きを漏らす。


『あの人、いつも私達にダメ出しをしてますよね』

『うん……なんでか気になってはいたけど』


 彼女の指摘にマゼンタは同意する。


『防御のタイミングで敵の次の動きを見ていない』

『相手の進路を塞ぐように弾を出せ』

『矢を放つ瞬間まで狙いを悟らせるな』


 互いに打ち合った瞬間、そして決着がついたタイミングで、あの『怪人』はいつも魔法少女達に助言を与えていた。こちらをからかったりする意図は感じられないし、むしろ成長を求めて言い放ってきている雰囲気さえある。

 彼女は自らを『敵』だと言い張ってはいた。だが、改めて思い返すとその行動はまるで――――。


『――――あの人、私達に特訓を付けてるんじゃないかな?』

『はあ?』


 マゼンタの言葉に、シアンは驚きと呆れの交じった声色で反応した。


『どこの世界に弟子でも何でもない相手を育てるお人好しがいるのよ』

『だから、それがキトラさんなんじゃないの?』

『あり得ないあり得ない。絶対そんなわけないわよ……ええ!』


 ――――ひょっとすると本当にそうなのかもしれない。朧げなその可能性を追い出すかのように彼女は声を上げた。

 徹底して狙われている分、余計にキトラの思いやりとやらを認めたくはないのだろう。シアンは暗澹とした雰囲気を漂わせ、大きくため息をついた。


『万に一つの可能性でそうだったとして、私達をどうして育てようとするの?明らかに不可解だわ』

『単に師匠っぽく振舞いたい人――――なんてわけないし……』


 彼女の指摘に反論できず、マゼンタは口籠る。

 一方的に『敵』だと宣言して一方的に絡んでくる謎の存在。その真意を探ることなど魔法少女達にはできない。それは『ネスト』を名乗る他の『怪人』達も同様だ。


『先輩がいなくなってから、何だかおかしくなってる気がするわ』

『確かにそうだよね』

『先輩の失踪と何も関係なければ良いんですけど、ちょっと気になります……』


 お互いに不安を口にしつつ、三人はそれぞれ夜の空を飛んでいた。


『――――災獣を見つけたわ。例の大型種』


 急に緊迫感を含んだシアンの声が念話越しに響く。

 『オルトロス』の出現がほぼ毎晩になっているのも、この街の異常の一つだった。本来滅多に現れることのない巨大な存在を、毎日のようにどこかで見つける。そのことに驚きが無くなってきていることが、少女達にはどこか恐ろしくもあった。


『私のところに急行して。いつも通り三人で仕留めるわよ』

『オーケー!任せといて』

『今すぐ行きます!』


 シアンの呼びかけに答え、二人は飛行ルートをすぐさま変更する。今夜の出現地点は街で最も大きな神社の境内だ。


「建物に狙いを付けさせないよう気を付けて対処するわ。良いわね?」

「大丈夫、攻撃は私が全部防ぐから」


 いち早く合流したマゼンタとシアンは、互いに顔を見合わせて作戦を確認する。やや遅れてイエローもその輪に加わった。


「普段通りの陣形で行くわ。マゼンタ、お願い」


 シアンが呼びかけると同時、少女達は作戦行動に移った。

 敵の意識を引き付けるために、赤い光が災獣の前へと着地する。双頭の狼は強い魔力を宿す彼女へと瞬く間に釘付けされた。


「グオオオオッ」


 『オルトロス』が吠える。その口から湧き上がった魔力が火炎弾となってマゼンタに降り注いだ。

 以前ならすぐさま避けようとしていたそれから離れることなく、彼女は魔法の防壁を展開した。


「この程度なら、打ち消せる――――!」


 目の前に張った魔法陣で火炎弾を魔力へと分解し、吸収する。

 着弾した一帯を焼き払う筈だった魔法を取り込み、逆に外付けの魔力としたマゼンタは、八重のガーベラが咲く杖を振るい片方の頭を斬り落とした。

 更にもう一方が放とうとした瞬間を見定め、刃を喉へと突き出す。


「ギャウッ……グボォッ!」


 火の弾となって放たれる寸前だった魔力を差し込まれた一撃に防がれ、『オルトロス』の首が暴発を起こした。

 口の隙間から黒煙を噴き上げつつ、もはや閉じることの叶わない顎をぶら下げて災獣は後方へと飛び退く。


「近接攻撃よ、油断しないで」

「マゼンタさん、援護します!」


 後衛についた仲間達からの声を頼りに、マゼンタは再び防御の構えを取った。

 シアンの言葉通り、相手は助走をつけて前足の鋭い爪をマゼンタへと振り翳す。だがそのステップを乱すように、イエローの放った魔法弾が弧を描いて次々着弾した。


「勢いが封じられた!これなら――――」


 明らかに速度の落ちた姿勢から振り出される足を、マゼンタが真正面から防壁で受け止める。数歩分押し返されて後退したものの、彼女はしっかりとその場に踏み留まった。

 半ば浮く状態のまま止まった前足を叩き返し、マゼンタは災獣の身体をその場に大きく仰け反らせた。同時に、タイミングに合わせて放たれたイエローの拘束魔法が、大きく打ち上がった両前足を空間に縫い留め、動きを完全に封じる。


「今だよ、シアン!」


 無防備な腹部が射線に曝されたのを見るなり、彼女は後ろで弓を構えるシアンへと指示を送る。一瞬の好機を逃すことなく、青衣を纏った少女は魔力の満ちた矢を放った。


「射貫け――――『ブルーローズシュート』!!」


 必殺の一撃が巨大な怪物に突き刺さる。

 体内の核を見事に貫いた矢は、普段より遥かに緩やかな速度で対消滅反応を起こし、派手に肉体を弾けさせることなく急所だけを崩壊させた。


「やったね、大成功!」

「これでこそ街の守護者ね」

「連携も上手く繋がって良い感じです」


 ゆっくりとその場に崩れ落ちながら消滅していく大型種を前に、三人は揃ってハイタッチを交わした。そこに満ちているのは、単なるまぐれでも魔法の力押しでもない、堅実な勝利を得たことへの自信だ。

 確かに実力が上がっていることを自覚しつつ、少女達は互いの健闘を称え合った。


「ねえ、私達って前よりも戦えるようになってる気がしない?」


 勝利に喜ぶ仲間達に尋ねるマゼンタ。その問いかけに、他の二人も同意の頷きを返す。

 ただ感覚的に動きを合わせていた頃と違い、今の彼女達は意識的にタイミングを揃えられるようになっていた。前衛に立つマゼンタも、中段で支援するイエローも、明らかに隙が減り相手の勝手を封じる戦闘ができている。

 その変化をもたらしたのがあの『怪人』の存在であることは、あえて口に出さないとはいえ三人とも理解していた。


 災獣よりも遥かに素早く、より的確に攻撃を仕掛けてくる存在。その脅威に対抗するための工夫が、図らずも災獣に通用し始めている。

 いつも戦いを仕掛けてくる迷惑者とはいえ、実力を高めることに役立っていることは間違いない。そういう意味では彼女達にとって都合の良い『仮想敵』と言える存在だった。


「うーん……」

「どうしたの、急に唸ったりして?」


 腕を組んで首を傾げるマゼンタに、シアンは訝しげな表情を向ける。


「うん、ちょっと気になることがあって。ピンクの兎の『怪人』が、自分のことを『仮想敵アグレッサー』って言ってたでしょ?」

「ええ。軍隊だと、敵役の指導教官をそういう風に呼ぶらしいわね」


 後で調べた言葉の意味を引きつつシアンは答えた。もっとも、彼女からすれば元々の意味――――『侵略者』の方が、在り様を的確に言い当てているように思えてならない。

 魔法少女が守る地域に突然現れ、自分達を敵対視して役割を奪おうとしてくる謎の存在。魔法少女の立場に成り替わろうとしているとすれば、同じ目的を持ちながら対立することにも一応の説得力がある。

 一方、マゼンタは自分達に近しい存在として彼らを好意的に見ているようだった。


「あの人達も、私達の敵を装って指導するのが目的なんじゃないかな?」

「それはさすがにないわよ。全員私達を敵視してるし、災獣討伐だって協力する気も一切ないんだから」

「そうかな……?言葉の行き違いとか、ちょっとした誤解って場合もあるでしょ?」

 

 立場が異なるだけで、街の人々を守りたいと思う気持ちは同じ筈。そう信じて疑わない彼女に、シアンは呆れてため息をつく。


「あまり希望的に相手を見過ぎない方が良いわ。たまたまあの虎女とは上手く行ってるだけ。正体の知れない相手を一方的に信用してると痛い目見るわよ」


 彼女の言葉に、隣で会話を聞いていたイエローも頷いた。控えめな口調ながら、どこか不安がるように言葉を重ねる。


「マゼンタさん。私もあの人達のことは信用し過ぎない方が良いと思います……」

「ええっ?二人ともなんでそんなに厳しいのさ?」


 二人の『怪人』に対する警戒を目の当たりにして、マゼンタは不満げな表情を向けた。

 相手の善性を信じ、信念が息づくことを疑わない彼女に、仲間の恐れている何かは察せられない。だが、何かしらを感じ取っている二人にも、その正体を言葉に言い表せるほどの確信はない。

 故に、少女達の中に漂っているのは漠然とした不安と根拠のない期待だった。


「とにかく、私達からあまり疑ってかかるべきじゃないよ」

「……そうね」


 マゼンタの言葉に、シアンは仕方なく同意する。


「でも油断だけはしないで。何かあってからじゃ遅いんだから」

「――――せやな。後悔先に立たずや」

「そうよ、良いこと言って――――ええっ!?」


 いつの間にか傍らで頷いていた『怪人』に驚き、飛び退く彼女。不意打ちを食らって動転する少女達の姿を見ながら、キトラはカッカッと特徴的な笑いを溢した。


「災獣一つ片づけたくらいで暢気に話し込んで、随分と気い抜けてるな。揃いも揃って平和ボケか」

「そんな訳ないでしょう。ちゃんと魔力探知は働かせてるわ」


 弓を構えつつ、シアンは目の前に立つ敵へと答えた。マゼンタとイエローも、取り囲むように別の二方向から攻撃に備える。

 三対一の状況を前にして尚、キトラは余裕を崩すことなく少女達へ問いかけた。


「見えてないから安心できるとは限らん。現にウチのこと捉えられんかったやろ」

「それはっ……!」


 反論しようのない指摘に言葉を詰まらせる少女。その様子を面白げに見つめながら、彼女は手にした武器を小さく振った。


「まあ、ウチもそれなりにズルさせてもらったけどな」


 草刈り鎌のように刃が横方向へと立った剣。湾曲するその形状を指先でなぞりつつ、キトラはニヤリと口角を持ち上げる。まるで悪役さながらの表情を浮かべ、虎の獣人は魔法少女達へと呼びかけた。


「ほな今日も一戦。ちょっとは実力も付いて来たやろうし、レベルアップと行こか」


 逆手に武器を構えると、『怪人』は一直線に踏み込んでいく。その動きを牽制するようにシアンは番えていた矢を放った。

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