穏やかな潮風が漂ってくるような一章でした。読後感が、あんずジャムのヨーグルトそのものです——甘くて、少しほろ苦くて、でも最後には温かい。
この作品がまず巧いと思うのは、「すもも先生」というあだ名の多層的な機能です。本名の「桃」からきたあだ名でありながら、同時に最後に源さんが持ってくる「すもも」の実と呼応する。名前が伏線になっていて、ラストの贈り物のシーンに小さな必然性が生まれている。しかもすももという果物自体が「甘酸っぱくてほろ苦い」——それがそのままこの作品のトーンと重なっているという、意識的かどうかはわかりませんが、美しい一致があります。
源さんとのやり取りも、丁寧に積み上げられています。「ガハハと笑うが、その目の奥にうっすらと漂う影」という描写で読者に伏線を与えておき、「孫の健太が東京の高校に」という打ち明け話へ自然に誘導する流れが滑らかです。「手首の脈を測るふりをしながら、耳を傾ける」という仕草の描写も、「医師としての行為に隠れて患者と向き合う」という桃のスタイルを、説明なしに体で見せてくれていて好感が持てます。
「おばあちゃん。私、ちゃんとやれてるかな」という独白と、あんずジャムのヨーグルトのシーンは、この章の静かな核心です。祖母の記憶、引き継いだ哲学、自分への問い——それが全部、ひとつのスプーンに乗っている。「甘酸っぱくて、ほんのりほろ苦い」という味覚の描写が、桃の今の心情と完全に重なっているのが見事で、この一文だけで「ああ、この人はちゃんと書ける人だな」と思わせてくれました。
翌週の源さんの血圧が正常値に戻っていたという結末も、センスがあります。「話を聴いたら孫と和解できて、血圧が下がった」という経緯は、医学的に見ても嘘ではないし、何より**「心と体はつながっている」という祖母の教えを、数字で静かに証明してみせる**構造になっている。感動を声高に主張せず、血圧という無機質なデータに語らせるという選択が、この作品の品の良さを象徴しています。
強いてひとつ言うとすれば、この章はほぼ完璧に「良い話」として完結しているがゆえに、続きへの推進力をどこに置くかが今後の課題になりそうです。すもも先生の「限界」や「葛藤」の芽——看護師の無言の視線、「ただの30歳の新米院長」という自己評価——がさりげなく埋め込まれているので、そこから物語の深みへ踏み込んでいくのだろうと期待しています。
海沿いの小さなクリニックと、誰かの小さな痛みを抱えた足音。その余韻が、読み終えてもしばらく耳に残るような、静かで誠実な一章でした。