第13話
カーテンの隙間から、季節外れに暖かい日光が溢れて、床の上を揺れている。私は、朝起きて動くまでの、微睡みという贅沢な時間を過ごしている。暖かいとはいっても少し肌寒い空気が、絶妙に心地よい。布団に包まれて、何も考えずにぼんやりする時間。
ーーこの時間がいつまでも続くことを期待していた。が、足に激痛を感じて、反射的に飛び起きる。視界に飛び跳ねている彼女が入り、私はうんざりする。
「あ、起きたの?」
相変わらずの笑みを顔に貼り付けて、尋ねてくる。
「疑問点が大きく分けて二つあるんだけどね」
「どうしたの?」
「まず、なんで飛び跳ねてるの?」
「体操だよ、朝の運動は大事って言うでしょ」
得意そうな顔をして、私を見る。
「そういうのって、外でやるものじゃないの?」
「そうなの?知らなかった。けど面倒じゃん」
朝から不毛な言い合いをするのも嫌なので、諦めて、二つ目を言うのをやめる。
光をとめどなくこぼしているカーテンの隙間に目をやると、外は雲ひとつない晴天だった。彼女の兄が来ると言っていたから、晴れの方がいいに決まっている。
「いつお兄さんが来るの?」
私が問いを投げかけると、彼女は伸びをしながら答える。
「あんまり時間に厳しい人じゃないから、今日じゃないかもしれないんだよね」
いくら時間にルーズでも、今日中には来るはずだろう。
「お兄さんとは連絡取ってるの?」
私が尋ねると、彼女は首を振る。
「あの人、携帯は危ないからって、持ってないんだよね」
不思議そうな口調から、本当に持っていないのだと思う。持っていないのはまだ理解できるとして、危ないとはどういう意味だろう?
私の心中を読んだかのように、彼女が続ける。
「通信の記録が残るのが嫌なんだって」
変わった人だ。まあ、彼女の兄妹なのだから、当然といえば当然かも知れない。
「まあ、あの人のことは見たら分かるだろうし、まずはご飯を食べようよ」
彼女は、独特のリズムを刻みながら、ドアを開けて出て行った。
カーテンを開けて、室内を日光で満たす。人間には葉緑体がないので、光合成などできるわけがないのだが、朝の光を浴びると、何となく背筋が伸びる。
窓枠に身体を預け、外を眺めると、朝の日に照らされた、綺麗なコバルトブルーが世界を包んでいる。少し早い春の陽気な雰囲気が、どことなく漂っているのを感じる。いささか出来過ぎたほどの朝を満喫していると、目の前のひび割れた道路の上を、黒い人影がこちらにやって来た。
私は慌てて頭を引っ込めてカーテンを閉め、彼女のいるキッチンに走る。パンの香ばしい匂いの元に辿り着くと、彼女は悠長にコーヒーを淹れている。
「どうしたの?取られないか心配しなくてもそこに置いてるよ」
「そうじゃなくて!」
私が上ずった声で外を指さすと、彼女はやっと理解したように頷く。
「早かったね」
私は焦って、早口で捲し立てる。
「早かったね、じゃなくて!まだ心の準備も何もしてないんだけど」
「心の準備?何を緊張することがあるの、兄妹に会うのに」
「…いやだから、それはあなたの話でしょう」
「あ、そうだった」
彼女と喋っている場合ではない。急いで自分の部屋に戻ると、服装を整え、すぐさまリビングに降りる。ちょうどその時、玄関のドアノブが、音を立てて捻られた。彼女は、黙ってドリッパーをマグカップの上に置くと、玄関に向かって歩いていく。私は、ついて行くか散々迷った末に、キッチンに留まって、呼ばれたら出て行くことにした。
玄関から、話し声と、床の軋む音がかすかに聞こえてくる。隣の部屋でほかの人が観ているドラマか何かをを盗み見てているようで、あまりいい気がしない。
しばらくすると、足音が近づいてくる。暴れ出しそうになる鼓動を必死で抑える。何で緊張するんだ、彼女の兄じゃないか。自分に必死に言い聞かせる。
ーーと、キッチンとダイニングルームを隔てる壁から、顔だけが突き出された。
思わず悲鳴を上げてしまった私に、彼女の兄という男性は、いたずらっぽく笑いかける。確かに、口角の上げ方や、目元の感じが、何となく似ている気がする。
「…は、初めまして」
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