第2話:消えたコンビニ


翌朝、榊 恒一はいつもより早く家を出た。


理由は単純だった。

昨日の“違和感”を確かめたかったからだ。


通勤途中にあるコンビニ。

そこで昼飯を買い、コーヒーを飲み、たまに店員と軽く雑談する。

昨日も、確かにそこに寄ったはずだった。


——はずなのに。


駅から会社までの道を歩きながら、榊は少しずつ速度を落とした。


ある地点で、足が止まる。


そこにあるはずの建物が、なかった。


更地でも、工事中でもない。

ただ「何もない」。


舗装された歩道が続いているだけだった。


「……は?」


思わず声が漏れる。


視線を左右に動かす。


隣のビル、向かいのクリーニング店、少し先の自動販売機。

全部、いつも通りある。


ただ一つだけ。


そこに“あるはずのコンビニ”だけが、綺麗に抜け落ちていた。


榊はスマホを取り出す。


マップアプリを開く。


目的地検索で「コンビニ」と打ち込む。


数件の候補が出る。


しかし、その中に“いつもの場所のコンビニ”はない。


ピンが立たない。


道のど真ん中が、ぽっかりと空白になっている。


「ふざけてるだろ……」


小さく呟いた。


昨日、確かにここでコーヒーを買った。

レシートもあったはずだ。


ポケットを探る。


財布を開く。


レシートは——ない。


代わりに、見覚えのない紙切れが一枚入っていた。


【購買履歴:なし】


それだけが印字されている。


レシートとして成立していない、ただの白黒の情報。


背中に嫌な汗が流れた。


榊は振り返る。


通勤途中の人々は、誰もこの違和感に気づいていない。


誰も足を止めない。


誰も“ここにコンビニがあったはずだ”という顔をしていない。


まるで最初から存在していなかったかのように。


その瞬間、榊の中で一つの仮説が浮かんだ。


——自分の記憶の方が間違っている?


いや。


そう思おうとした瞬間、スマホが震えた。


通知。


会社のグループチャットだった。


《今日の朝会は例のプロジェクト説明で使う資料共有済みです》


その文面を見て、榊は固まる。


例のプロジェクト。


昨日、会議室で話したはずのもの。


そして、存在しないと言われたもの。


榊は指を動かし、チャットを遡る。


すると、昨日の履歴に“奇妙な違い”が見つかった。


自分の発言だけが、途中で途切れている。


まるで、会話の一部だけが削り取られたように。


そして最後の一文だけが残っていた。


《——あのコンビニの件、あとで確認する》


榊は顔を上げる。


目の前の“空白の場所”を見る。


そこにあったはずの店。


昨日、自分が何かを確認しようとしていた場所。


喉の奥が冷たくなる。


確認するべきだったのは、コンビニではないのかもしれない。


その瞬間、背後から声がした。


「榊さん、そこで何してるんですか?」


振り向くと、見知らぬ宅配員が立っていた。


しかしその顔は、なぜか少しだけ焦っている。


まるで——


“そこに立たれると困る”と言いたげな顔だった。


榊は、ゆっくりと口を開く。


「ここに、コンビニなかったか?」


宅配員は一瞬固まり、それから笑った。


笑い方が、不自然だった。


「いや……ないですよ。ずっと」


その言葉が落ちた瞬間。


榊の中で、何かが静かにずれた。


昨日の記憶が、また一つだけ削られた気がした。

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