人間になりたいだけなのに、俺のメイドが強すぎる
やはぎ・エリンギ
第一章 出会い編
第1話 始まり
目を覚ますと、世界は黒く、ぬるりと冷たかった。
動けない。呼吸もできない。
いや、そもそも呼吸する器官がない?
「……どこだ、ここ」
喉が動かない。声が出ない。
頭に響いたのは、自分自身の思考だけだった。
ぬちゃ、ぬちゃ。
地面を這う感触が伝わる。自分が、粘液の塊になっていることを理解するまでに、そう時間はかからなかった。
「……は? これ、俺か?」
見下ろす顔もない。だが視界はある。不思議な「球体」の中心から、森の中を映していた。
黒くぬるついた身体。身体と言っていいのかも怪しい。
それが、岩のようなものの上を這いずって進んでいる。
「スライム……? って、おいおい……」
現実世界での記憶は、まだ鮮明に残っていた。
俺、一之瀬雅紀(いちのせ・まさき)は、
職場の派遣女性からねたまれ、
誰かが流した嘘の噂話を、検証もされないまま事実として扱われた。
気づいたときには居場所はなく、
弁明の機会すら与えられないまま、会社を去ることになった。
それを境に、心は壊れた。
社会から脱落し、親にも見放され、
仕事もできず、誰とも話さなくなった。
そして
死ぬ覚悟を決め、樹海へ向かった。
気がつけば、
一之瀬雅紀はブラックスライムになっていた。
あれは夢だったのか。死んで、こんな異形の「何か」にでも転生したのか。
いや、夢なら目が覚めてくれよ。
ピコン。
脳裏に、突然「ウィンドウ」のようなものが浮かんだ。
ステータス
種族:ブラックスライム
状態:安定
HP:15/15
MP:220/220
魅力:99(MAX)
筋力:2
知力:5
言語能力:-
創造錬金術:所持(唯一)
「……魅力だけMAX!?」
どこに誰を惹きつける要素があるんだよ!
この見た目に。
しかも言語能力ゼロ。
「……喋れねぇ……戦えねぇ……詰んでる……」
それでも、考えることはできる。
どこかに行こう。どこかに何かいるかもしれない。
今度は、生きるために這いずり始める。
そんな皮肉な、俺の第二の人生。いや、第二の……スライム人生。
遠くで、悲鳴が上がった。
「いやああああああ!!」
「助けて!」
(そう、助けて! 俺が言いたいわ、ぼけぇ!)
(はっ!? 助けて?)
そして、見た。
遠くの木々の先、炎と叫びが上がる。
甲高い金属音。
奇声。
血の匂い。
奴隷商のキャラバンが、ゴブリンの群れに襲われていた。
逃げ惑う人影。叫ぶ女の声。
……動け、マサキ。
お前の中にある「創造錬金術」が、何かを作れるなら。
たとえ、喋れず、戦えず、伝える術がゼスチャーしかなくても。
今、この粘液の身体が誰かを救えるなら。
旅の始まりは、ぬるりと静かに幕を開ける。
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