第14話 悪魔と魔女
獣人たちがレイシアを捕縛するのを見届けると馬が駆ける蹄の音が響き始める。
見ると乗馬した見覚えのある人影がこちらに向かっていた。
向こうもこちらに気づいたようで近くでゆっくりと馬を止めた。
「皆さん、ご無事のようで何よりです」
先頭で馬を走らせていたのはイリスだった。
一切喜ぶ素振りを見せず、普段通り冷静な表情で俺たちを見つめる。
後ろにはセレナとクレア、そして左翼を率いていたグレイブもいた。
どうやら左翼の面々とは上手い事合流できたらしい。
「イリス、そっちも無事みたいでよかったよ」
「ありがとうございます。マチルダさんとマキシマムさんも無事です。『神の騎士』はそれぞれ逃がしたようですが、問題はないでしょう」
そうイリスはチラリと一瞬レイシアに視線を向け呟く。
『神の騎士』は四人が死亡、そしてルシウスは脱退し堂々と黒白双龍を名乗れるようになった。
レイシアも処遇を決めるのはこれからだが、身柄を押さえた。
もう主神教は俺たちの相手にはならないだろう。
……教皇が死んじゃったからこれからのことを考えるのは憂鬱だけど。
「そして、お久しぶりですね。ルシウスさん」
「ええ、この戦いの相談をしたとき以来でしょうか。お元気そうで何よりです」
この二人は他の御剣も知らない特殊な筋で情報交換をしていたらしい。
まあたまに近くに立ち寄った御剣とこっそり会って伝言をイリスに伝えてもらっていたときもあるみたいだけど。
「……クレア殿とセレナ殿から聞いたが本当に貴方が御剣第一席なのだな、ルシウス=ベルフォード殿。我はグレイブ=ライオネルだ。お初にお目にかかる」
「貴方がアーサーさんのお父様ですか。初めまして。黒白双龍と獣人が手を取り合う未来が訪れたことを心から嬉しく思いますよ」
「……本当に貴方方は恐ろしいな。まさか『神の騎士』第一位が黒白双龍に連なる者だとは思っていなかった」
アーサー以外の御剣は全員ルシウスのことを知っていたからね。
兵を動かすうえで余計な混乱を避けるために二人がグレイブに伝えたのだろう。
左翼が崩れれば負けだし、良い判断だと思う。
「……貴方が御剣ならばなぜシシェバ王国を攻撃したのですか?まさか自分の正体を隠すために仕方なく、とは言いませんよね?」
アーサーが少し怒ったような口調でルシウスに問い詰める。
そんな息子の様子に口を開こうとするグレイブをルシウスが制止する。
その表情は相変わらず底知れないニコニコとした笑顔のままだ。
「私はこの世に必要のない屑を消すだけですよ。本当にただそれだけです」
「……魚人はこの世に不必要だとでも言いたいのですか?」
二人の間にしばらくにらみ合いのようなものが続く。
イリスに視線を向けると呆れたようにため息をついていた。
この時間があまりにも無駄すぎるので仕方なく俺は軽くルシウスの頭にチョップを落とす。
「あたっ」
「ふざけすぎだよ、ルシウス。そんなにアーサーをいじめるんじゃない」
「申し訳ありません。アーサーさんが良い反応をしてくれるものでつい」
アーサーは俺たちのやり取りに困惑したような表情を浮かべる。
俺がルシウスにアイコンタクトするとルシウスは観念したように口を開いた。
「アーサーさん、あちらをご覧ください」
「……あ、あれは……!」
ルシウスが示した方向にいた集団が掲げていた旗はシシェバ王国軍のもの。
そして旗を掲げているのも間違いなく魚人だった。
「私は最初からシシェバ王国軍を攻撃なんてしていませんよ。ライオネル王国と同じく黒白双龍の盟友なのですから攻撃などするはずもありません」
「なっ……それではなぜシシェバ王国軍全滅の報がここまで来たのですか!?」
「簡単な話です。私はシシェバ王国軍の全軍を連合国軍の後ろへ転移させただけなんですよ。その転移魔法でシシェバ王国軍の姿が消えたことによってそれを見た人間が全滅したと勘違いしただけでしょう」
「転移……魔法……!?全軍を転移させた……!?」
ルシウスのいる場所に光の柱が現れ人の姿が消えたという報告を聞いたときなんとなくそうではないかと思っていた。
そしてクレアとセレナの伝言を聞いて確信に変わった。
そもそも転移魔法は伝説にしか存在しない代物。
なんなら空想上の魔法なのではないかとすら言われる
その空想上ですら自分が転移するので精一杯だったのに他人どころかそれを軍単位で転移させるなど正気の沙汰ではない。
そんな想定をして戦場に挑む人間などこの世にはいない。
いきなり後ろから現れたシシェバ王国軍に挟撃され、わずか半日足らずで連合国軍は敗れたのだろう。
「我も二人から聞いたときは驚いた。あれが攻撃魔法でないとは思ってもみなかった」
「魔法陣を見せないように相当早く詠唱したつもりでしたが、お二人に見抜かれるとは。二人とも成長しましたね」
「ふふん!私たちだって魔法は得意分野なのよ!」
「え、えへへ……」
ルシウスが感心したように言うとクレアとセレナは嬉しそうに笑う。
そんな二人の姿にルシウスは久しぶりに見た人の温かみを持った微笑みを浮かべる。
「それよりもルシウスさん。私をアナのところへ転移させてください。すぐに加勢にいきます」
「大丈夫ですよ、彼女の魔力はちゃんと感じ取れています。それに貴女が第二席に選んだ彼女の力を信じて待てばいいのです」
「そういう問題ではありません。これ以上の主神教への追撃は『黒白双龍は民間人を襲う』といういらぬ戯言を生む可能性があります。ならばここでやるべきことはなく仲間を助けに行くのは当然のことです」
「彼女に助けは不要だと思いますがまあいいでしょう。私も久しぶりに彼女に会いたいですしね」
ルシウスはイリスの言葉に頷く。
そして魔力を集め始める。
「ルシウス、俺も連れて行ってくれるか?」
「ええ、もちろんです。皆さん、すぐに戻ってきますので戦勝会の準備をよろしくお願いしますね」
ルシウスは呑気なことを言い残すと転移魔法を発動させる。
そして一瞬のうちに目の前に広がる景色が変わっていた。
数々のクレーターが広がる荒れ果てた大地。
既に日は沈み始め、戦闘は終わっていた。
「アナは……」
「あれ、イリスじゃん。どうしてここにいるの?」
アナスタシアは焚火の前に座って不思議そうにこちらを見ていた。
笑顔を浮かべているがその表情には少し疲れが見える。
「アナ……無事でよかった……!」
「あはは、私が帝国軍なんかに負けるわけないでしょ。それに大切な妹のお願いなんだからお姉ちゃんとして約束は守るわよ」
「はい……本当にありがとうございます……」
二人は抱き合って再会を喜ぶ。
多分イリスはずっと気にしていたんだろうな。
いくらアナスタシアが強いと言っても過酷な戦場に孤独に送り出してしまったことを。
孤独の恐ろしさを知っている彼女だからこそ気にしていたんだ。
「強がる割には疲れが見えていますよ」
「うるさいわね、良い機会だから色々魔法の実験してたのよ。アンタも久しぶりね、ルシウス」
「ええ、久しぶりです。腕を上げたようでなによりですよ」
黒白双龍が本格的にアナスタシアに魔法を教えたのは俺ではなくルシウスだったりする。
だから二人は師弟の関係に当たり、アナスタシアがロジャーを超える第二席という実力を手にしたのもそれが要因としては大きい。
「後は私が適当に帝国軍を追い払っておきますからアナスタシアさんは休憩していてください。本陣に残った方々に戦勝会の準備を頼んできたので」
「戦勝会!?やったわイリス!みんなと食事なんて本当に久しぶりね!」
ルシウスの言葉にアナスタシアが嬉しそうに笑う。
もしかしたらルシウスが戦勝会の準備を頼んだのは
「さて、それでは手早く帝国軍を片づけるとしましょうかね。食前の運動にぴったりです。デザートをコンプリートしなくてはいけないので」
訂正。
やっぱり私欲かもしれない。
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