第7話 嘘つきは泥棒の始まりなら、人類ほぼ泥棒になりません?

 エリンたちが旅立ってから数時間、街道を行く荷車は時折小石や小さな溝で揺れ動き、荷台に転がるヴァンは青い顔のまま澄み渡る清々しい空を恨めしそうに睨みつけていた。


「どういった道順で進んでいくのですか?」


「あー、今いるのは大陸の東側だ。このまま大陸の中央付近を西に進んだ後で南下する」


「最南端に行くなら海側を通った方が良いのでは?」


「今の海岸線沿いはどこも治安が悪い。大きな港湾都市は崩壊してゴロツキ共のたまり場になってやがる。それに、同じ景色を見続ける旅じゃ面白味がないだろ?」


「そうですね。お心遣い感謝します」


 今、二人の前に広がっているのは背の低い草花が生える長閑な風景だ。柔らかに流れる風に運ばれた多様な香りが鼻腔をくすぐる。


 海側ではこういった景色は見られなかっただろう。そもそも、最終目的地であるウィンザリオは大陸の最南端にあるのだ。そこで海は十分に堪能できるはずだ。


 これからどんな景色に出会えるのか。先のことにエリンが思いを馳せていると、道の先に天幕付きの大きな荷車が止まっているのを見つけた。


 その周りには荷車を見つめて腕を組む男性と頬に手を当てて首を傾げる女性がおり、荷車を引いていたはずの馬の姿はない。


「何かあったのでしょうか」

「エリン、フードを被りたまえ」

「おっと。危ないところでした」


 ルグの指摘にハッとしたエリンはフードを被り直す。ここで見つかってしまっては先の楽しみがなくなってしまう。しっかりしなくてはと、エリンは気を引き締める。


 エリンは荷車を見つめる男女の横に着け、声を掛けた。


「もし、何かお困りごとでしょうか?」


「ああ。荷車が壊れてしまってね。荷物は降ろした後だったからほとんどないんだが、このままだと帰れなくてね」


 男性に言われて荷車を観察してみると、車輪の軸が折れている。四輪あるうちの一つだけなので、無理やり動かすことも出来るが少々辛いだろう。

 だが、壊れたといっても荷物がなければ応急処置をすれば十分に走らせることが出来そうだ。


「馬はどうされたのですか?」

「車輪が壊れた時の衝撃に驚いて逃げ出しちまった」


 そんなことがあるのかとエリンが眉間に皴を寄せた時、女性の方が大きな声を上げた。


「見て! あれがうちの馬だよ!」


 女性の指差す先に視線を向けると、二本の角を生やした馬が紫電を纏い、軽く前足を蹴り上げながらこちらを睨みつけていた。


雷馬らいばですね。気性は大人しいですが馬車を引かせるには強すぎます」


 珍しくもない魔獣だ。驚くには値しないが、身に纏う魔力の流れに違和感がある。雷馬が発する紫電は魔力によって生み出されたものだ。


 だから、雷馬が魔力を漂わせていること自体には問題はない。

 問題があるとすれば……。


 エリンが思考を深めるのと同時に雷馬が駆け出した。雷馬は一歩踏むごとに凄まじい加速を見せ、エリンの前に到達する頃には体を紫電に変えていた。


 稲光のような突撃をエリンはひらりと躱す。いや、エリンは一歩も動かぬまま、雷馬の行き先を変えていた。


「雷化すると本物の雷の性質をそのまま反映してしまうのは創造性に欠けますよね」


 エリンは自身の斜め前方に避雷針として金属棒を立てていた。雷馬はエリンに向かう直前にそちらに吸い寄せられ、触れると同時に電流を地面へ垂れ流し元の肉体に戻ってしまった。


「速度を殺してしまえばあとはこの通りです」


 エリンは金属棒を分解して灰塵を生み出し、それを雷馬の脚に絡みつけることで動きを止めた。それだけで雷馬は為す術を失った。


「無理に動こうとすると脚を壊してしまいますよ。すぐに開放しますから、しばしの辛抱を」


 雷馬を宥めながら、エリンは雷馬の主たちへと近づいていく。当の二人はエリンの一瞬の拘束劇を目の当たりにしたじろいでいる。その反応で十分だった。


「残念ですけど、わたくしたちの積み荷は少量の食料と二日酔いの巨漢だけです。盗っても大した得はありませんよ?」


「な、何のことですか?」


「洗練された実に見事な魔法でした。魔獣使いとしてそれなりに腕に覚えがありそうですが、わたくし、魔力の流れを見るのが少々得意でして、つまりそういうことです」


「……」


 エリンの言葉に二人は押し黙る。そのまま大人しくなるかと思いきや、二人は瞬時にアイコンタクトを躱すと男の方がこちらに目掛けて突貫してくる。


 ただの突進ではない。男の体は突き進みながら容姿を変化させていき、服は破れて野生を感じさせる濃い体毛や筋骨隆々とした体躯が露になり、鋭い牙や爪を備えた姿へと変わった。


「ヴァァアアアア‼‼」


 半端な獣人と化した男が雄叫びを上げ、鋭い爪による突きがエリンの喉元に迫る。


 必殺を狙った一撃をエリンは杖で受け流し、男はエリンの後方へと走り抜けていく。


「女性の方が魔獣使いで、あなたは獣人ですか。魔獣使いの魔法で操ることで力を強化している、といったところでしょうか?」


「ガウアアアァァアアア‼‼」


 もはや人の言葉を話せないのか、男は野獣の咆哮と共に再び走り出そうとした。だが、その脚は思わぬところからの一撃により止められた。


「うるせえ‼」


 男はエリンが引いていた荷車のすぐ近くにいた。男の耳を塞ぎたくなるほどの咆哮に跳ね起きたヴァンが、男の頭部に拳骨をかました。


 頭蓋が陥没するほどの衝撃に男の首が潰れるように縮み、男はその一発で意識を失った。


「頭に響く。もっと静かにしろ」


 青い顔のまま荷台に戻ったヴァンは再び寝転んだ。そんなヴァンよりも血相を変えているのが魔獣使いの女性だ。衝撃のあまりその場にへたり込んでいる。


「街道を通る行商や旅人を狙っていたのですね?」


「我々に当たったのが運の尽きだ。盗賊諸君、神妙にお縄に着きたまえ」


 荷車が壊れた振りをして足を止めさせる。相手を止めている間に魔法を準備して雷馬で襲わせる。


 相手が死ぬか逃げ出せば荷物を奪う。雑ではあるが、それほど戦闘能力を持たない相手には有効だろう。


「ここはあなた方の流儀に従いましょう。大人しくわたくしたちに何か差し出すか、こちらの鬼人に食われるか、どちらが良いですか?」


 微笑みながら凄むエリンに、女性は今には失神しそうなほど青い顔をして、自分たちの荷車を指さした。


「大きなものに乗り換えられて良かったですね。乗り心地はどうですか?」


 御者台に座るエリンは、乗り換えても変わらず荷台にいるヴァンへと問いかける。


「衝撃が減ってイイ感じだ。脚を伸ばせるのも楽で良い。日除けがあるのは非常に助かる」


「馬まで貰えて快適になりました。荷車を軽くしているので彼も運びやすいでしょう」


 エリンは魔法で車輪を直し、彼らから貰った雷馬に荷車を引かせていた。雷馬は驚くほどに従順だった。


 雷馬は賢く力が強いが、弱い相手の言うことは聞かない。強者たるエリンに対しては絶対服従のようで、飼いならされた家畜たちとは違い気絶することもない。


 良いペットを得たことでエリンの気分は上々だった。


「わたくし、今回の件で自覚したことが一つあります」


「なんだ?」


「悪意にはとても敏感ということです。ルグの言う経験の偏りを感じました」


 善意に対してはどう受け取った良いのかわからず身が捩れるような感覚だが、悪意を感じ取るのは早く対処にも慣れている。

 ある意味で楽に処理できるが当然気分が良い物ではない。


「正体がバレてもいないのに、始まって早々これだと気が滅入りますね」


「悪い面に気を取られる必要はない。我々は町についてもいないのに、多くのものを手にし、悪を懲らしめることも出来た。とても良い始まりだ」


「事の発端は自分たちとはいえ、全部失くしたアイツらに比べればマシだろうよ。ところで、俺は人を喰ったりしないぞ?」


 エリンが盗賊の女性相手に凄んだ時に発した台詞をヴァンは憶えていたようだ。


「わかっています。比喩ですよ」

「比喩って……アンタ、顔に似合わず品がないな」

「ウグゥッ⁉ これも育った環境のせいということでしょうか……」


 命を狙ってきた刺客に掛けられた言葉を使ってみたのだが、確かに品がなかった。


「キミは悪くない。悪いのはキミに下劣極まる言葉と視線を送って来た者たちだ」


「ルグ、慰めてくれるのは嬉しいのですが、品がないのを否定して欲しかったです……」


「嘘がつけない性分なのだ」

「クッ、皮肉は言うくせに」

「それはそれ。これはこれ」


 トドメとばかりに事実を突きつけられ、エリンは思わず胸を抑えた。


エリンは胸の痛みに堪えながら、元王女ともあろう者が口にする言葉ではなかったと反省し、心の内で父と母に「下品な娘で申し訳ございません」と謝罪するのであった。

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