硝子の砂
その砂が、いつから降り続いていたのかを覚えている者は、もう校内には誰もいなかった。
最初は、よくある天気予報外れの、目の細かい霧雨のようなものだと思われていた。
だが、アスファルトに落ちたそれは弾けず、水溜まりを作ることもなく、ただ乾いた、ひんやりとした白い微粒子となって地面を薄く覆った。指先で掬い上げてみると、それは土の砂でも、貝殻の砂でもなく、尖った極小の透き通るような硝子の破片だった。
それから、世界はゆっくりと、確実にその「隙間」を埋め立てられ始めた。
六月、火曜日の放課後。
私はいつものように、旧校舎の最上階にある図書室の、一番奥の窓際にある席に座っていた。
ここにはもう、誰も来ない。新校舎への移転が進み、大半の蔵書が段ボールに詰められて運び出された後の図書室は、カビ臭い紙の匂いと、剥き出しになったスチールラックの冷たい金属質な気配だけが澱みのように溜まっていた。
トタン屋根を叩く、ザー、ザーという、どこか波打ち際に似た音が鼓膜を細かく震わせる。
雨の音ではない。空から降ってくる、億万の硝子の粉が、古い校舎の皮膚を削りながら降り積もる音だ。
「……一ノ
私は、膝の上に広げた、まだ数ページしか使っていない革表紙のノートの最初の一行に、自分の名前を万年筆で小さく刻み込んだ。
誰に見せるわけでもない。ただ、外の景色が、校庭の鉄棒が、百葉箱が、日に日にあの白い砂によって境界線を曖昧にされ、均一な白へと塗りつぶされていく恐怖から逃れるために、私は自分の輪郭を、黒いインクで紙の上に縛り付けておきたかった気がしたのだ。
トタンの音が、一瞬、不規則に爆ぜた。
風の悪戯かと思った。けれど、その直後、閉まりきっているはずの図書室の重い木製の扉がギィと乾いた悲鳴を上げて、細く隙間を開けた。
廊下の白い光が、暗がりの床へ差し込む。
その光の帯を跨ぐようにして、一人の少女が、音もなく室内に滑り込んできた。
黒い、肩のあたりで綺麗に切り揃えられた髪。
夏服のセーラー服の襟元は、校則通りにきっちりと留められているのに、なぜか彼女の存在そのものが、図書室の湿った空気のなかで陽炎のように淡く、透き通って見えた。
彼女は、入り口に置かれた返却用のワゴンにも、スチールラックの残骸にも目をくれず、真っ直ぐに私のいる窓際の席へと歩いてきた。
床に積もった数ミリの白い砂が、彼女のローファーの底でサク、サク、と、乾いた、心地よい音を立てる。
「ねえ、あなた」
彼女は私の目の前で立ち止まり、机に両手を突いて、低く身を乗り出してきた。
近すぎて、彼女のブレザーから漂う、どこか無機質な、けれど酷く清潔な、せっけんのような匂いが私の鼻腔を突いた。
「賭けをしない?」
それが私と
彼女の長い睫毛の奥にある瞳は、完全に白く曇った窓の外の景色を映して、ガラス玉のように不気味に、そして息を呑むほどに美しく青く澄んでいた。
その瞳を見た瞬間、私の胸の奥で、カチリ、と、何かが冷たく噛み合う音が聞こえた気がした。
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