第6話 タンパク質補給


 「これが……子供たちの朝ごはん、ですか?」


 料太は、子供たちが起きる前に、エリーゼに起こされて朝食の相談を受け、その粗末な食料事情に絶句していた。


「はい……恥ずかしながら、当教会には全くお金がありません。教会にはそれぞれ教会本部から支援金が届くのですが、最近はそれも減らされてばかりで……」


 エリーゼは申し訳なさそうに言う。


 料太の目の前には、丸パン一つとチーズひとかけら、そして昨日の余りのりんごが、一人半分ずつあるだけだった。


「これは……育ち盛りの子供たちには少し酷かも知れませんね」


「はい、ですのでどうか……リョータさんのお力で、あの子たちにお腹いっぱい食べさせてあげることは出来ませんか?」


 そう祈るように言うエリーゼに、料太は頷いたあとに言う。


「もちろんです。でも……これは単に量を増やしただけじゃダメかもですね。第一タンパク質がまったくありませんし」


「たんぱくしつ……?」


 エリーゼはキョトンとした顔で聞き返す。


 この中世ヨーロッパっぽい世界では、栄養学の概念など当然ないらしく、食事はとりあえず安く手に入るものをたくさん食べて体を保たせると言うのが当たり前のライフスタイルであった。


「はい、この近くに肉屋さんか魚屋さんはありませんか? もしかしたら、余った食材なんかを分けてもらえるかも知れません」


 料太がそう尋ねると、エリーゼは少し考えたあと言った。


「お肉屋さん……でしたら近くにハンスさんのお店があります。いつもそこで買い物をするので、もしかしたら何か安く譲ってくれるかも……?」


「! じゃあ早速そこに行きましょう! もしかしたら、子供たちの朝食をもっと豪華にできるかも知れません!」


 そう言って、料太はエリーゼと共に教会の外へと足を踏み出した。



 * * *



 初めて見た外の世界は、料太の予想通りの街並みをしていた。


 立ち並ぶ赤レンガの西洋建築の街並みに、見慣れぬ西洋やアラブ系の顔立ちの人々。


 甲冑を着込んだ兵士たちや、腰に剣を差した戦士のような見た目の人々。


 中でも料太を驚かせたのは、人間のように二足歩行をしながら、顔だけがトカゲだったり、毛がフサフサの犬や猫だったりする、亜人種と言われる人々であった。


「あ、あの、エリーゼさん、あの人たちは……?」


「ああ、獣人ライカン蜥蜴人リザードマンの方々ですね? 少し荒っぽいところもありますが、皆正直でいい方たちですよ。神は種族によって恵みを分け隔てたりしません」


 そうなんてことないかのように言うエリーゼに、こちらではこれがごく普通の常識なのだということを思い知らされた。


 しかし珍しい東洋人の顔立ちである料太が、獣人や蜥蜴人よりその場では異質な存在であることまでは気付くことが出来なかった。


「ハンスさんのお肉屋さんはこちらです。しっかり着いてきて下さいね?」


 そう言って何気なく手を引いて歩き出すエリーゼにドキドキしながらも、料太は人混みを掻き分けて進んでいく。


 少し歩くと、店先にソーセージのようなものや、干し肉などを吊るした小さな店に辿り着いた。


「こんにちは、ハンスさん」


「まだ準備中だよ! おや、エリーゼさんか。今日はどうしたんだい?」


 そう言って出迎えたのは、恰幅のいいおじさんだった。


 人の良さそうな笑顔をしているが、その優しそうな雰囲気とは裏腹に、手に持っている血のついた肉切り包丁が何処となくサイコキラーを彷彿させて、料太は少し怯えていた。


「今日は少しこの方からお願いがありまして……お話を聞いて頂けませんか?」


「えっ、俺!?」


 急に話を振られて混乱する料太に、肉屋のハンスはキョトンと首を傾げた。


「おや、珍しいね。東の方の人かい? そんな人が一体うちになんの用だい?」


「その、実は……余った肉の切れ端や、捨てる部分があったら分けてもらえないかと。あ、申し遅れました。俺、教会で料理人をやってます、磯崎料太って言いまして。孤児の子供たちに食べさせてやれる栄養のある食材を少しでも集めてるんです」


 そう料太が言うと、ハンスはうーん、と悩ましげに顎をさする。


「ハンスさん……神様はこうおっしゃいました。"施す者に幸あれ"と。神は貧しき人に施す者に、その何倍もの祝福をもって恵みを与えてくださいます。どうか、我らに施しを与えてくれませんか?」


「うーん……分かったよ。流石にエリーゼさんにそう言われちゃね。とはいえ、売り物はあげられないから、本当に屑肉とかばかりになっちゃうけどいいのかい?」


「はい! 大丈夫です、調理の腕には自信がありますから!」


 そう料太が答えると、ハンスは店の奥から、山盛りになった肉の切れ端などを、木箱に入れて持ってくる。


「今日できたばかりだけど、捨てる予定だったから引き取ってくれるなら助かるよ。木箱は後で返してくれればいいから」


「はい、ありがとうございます!」


 料太は嬉しそうにその屑肉の山を受け取る。


 中は牛肉と豚肉、またはよく分からない肉も混じっているが、新鮮でまだまだ食べられそうな部分がたくさん入っている。


(これを捨てるなんて正気か!? 利用方法知らなきゃしょうがないのかも知れないけど、まだまだ全然食べられるじゃん!)


 料太は宝の山のような屑肉を前に喜びつつ頭を下げる。


 そしてそのままハンスの肉屋を離れたあと、エリーゼと共に教会に舞い戻った。


「このお肉の山をどうするんですか?」


 エリーゼからすれば到底利用価値のなさそうな肉の山を前に、料太は袖まくりをしながら言った。


「まずはひき肉にしようかと! 調味料は何がありますかね?」


「ええと……申し訳ありません。塩だけならあるのですが……」


「十分です。じゃあ、塩だけで味付けしたチーズバーガーにしましょうか」


 料太はそう言うと、綺麗に拭いた調理台の上に貰った屑肉をドサッと広げる。


 そして、包丁を取り出してだんだんと肉を叩き始めた。


「え、ええと、私は何をすればよろしいでしょうか?」


「じゃあそこの竈に火を入れて、鍋を温めておいてください! 叩き終わったら成形してすぐに焼きますから!」


「は、はい!」


 そう指示を出しつつ、料太は手際よく屑肉を叩いて細かく砕いていく。


 基本的に前の世界で包丁で叩いてひき肉を作ることなどまずなかったが、マグロのたたきは作ることがあったので、その要領で肉を細かく砕いていく。


 やがてある程度滑らかなペースト状に変わったあと、料太は手際よくささっと成形していく。


 つなぎの卵やパン粉などはない。


 何故ならそのどちらも持ってないし、あったとしてもこの世界だとかなりの高級品であることが予想されるからだ。


 なので肉100%、純粋なアメリカンスタイルのパティであった。


(もしかして、これも増やしたり出来るのかな……?)


 肉を成形している最中、料太はまだたくさんあるひき肉を前にそんな事を考える。


 試しにやってみるかと、料太は、ずにゅっ、とひき肉のなかに手を突き入れたあと、心の中で「増えろ!」と念じてみる。


 そして次の瞬間――


「うわぁ!?」


「!? どうなさいましたか!? リョータさん!」


 料太の手の中でひき肉がもこもこと増え始め、その体積がどんどん増大していく。


 肉の塊がモゴモゴと動きながら増えてく様はなかなかグロテスクで、料太は少し引いてしまう。


 気が付けば――元のひき肉の三倍以上の分量となり、調理台を覆い尽くすほどの肉の山が完成した。


「こ、これは……!?」


「は、はは……試してみたら、どうも肉も増やせるみたいです。こんなにあるなら、朝ご飯どころか夕食と明日の朝までフォロー出来ますね」


 料太は苦笑いしながら言う。


 どうやら料太の"増殖"は食物に関してはかなり万能らしく、定型不定形関わらずなんでも増やすことが出来るらしい。


 また、身体が慣れてきたのか、最初の頃に感じた、いわゆる"魔力切れ"のような状態にもならず、ごく普通に過ごすことも出来ていた。


「これは……素晴らしいスキルですわ! 流石は神の三権能、これこそが世の惑う人々を救う神の奇跡なのですね……!」


 エリーゼなどは感激しながら十字を切ってお祈りしている。


 それを他所に、子供たちが肉を叩く音を聞きつけて、のそのそと起き出してきた。


「うぅ〜ん、エリーゼ姉さま、今の音なに〜?」


「わっ、すごい! 何このお肉の山!」


 そう山盛りになってる肉の前で声を上げる子供たちに、エリーゼが微笑みながら言った。


「ふふふ、皆喜んでくださいね? 今日はお肉食べ放題ですよ。神様への感謝の心を忘れずに頂きましょうね?」


「ほんと!? やったー!!」


「ねえねえ、なんのお料理作るの!?」


「今日はハンバーガーっていう、焼いたお肉をパンに挟んだ料理だよ。皆食べる前にちゃんと手を洗って、テーブルも片付けておいてね」


「はーい!!」


 そう料太がお願いすると、年少の子たちは素直に言う事を聞いてくれる。


 やはり他の子は素直で、問題はあの年長のラッドだけだ。


 昨日から姿が見えず、料太は心配しているものの、エリーゼは「お腹が空いたら帰ってきますよ」と大して気にしていない。


 まあそんなもんかと思いつつ、料太がパティを焼こうとしたその時――


「ラッド! 帰って来たのですね!?」


「げっ……」


 裏口からこっそり中に入ろうとしたラッドをエリーゼが目ざとく見つけて、そう声を掛ける。


「まったく、また勝手に夜中に飛び出して! 今日という今日は許しませんよ!」


「ま、まあまあエリーゼさん。せっかく帰ってきたんですから、お説教は朝ご飯を食べてからにしませんか? 皆も待ち侘びていることですし……」


 そう言って料太が視線を向けた先には、厨房を入り口から期待の籠もった目で覗き込む、年少の子たちの姿があった。


 その目の中には、しっかりと「お肉」と書かれてあった。


「はあ……分かりました。リョータさんに免じて、ひとまず朝食にしましょうか。ラッドも食べて行きなさい、良いですね?」


「…………」


 エリーゼがそう言うと、ラッドはちらりと料太の方を見たあと、何も言わずに食卓の方に向かっていく。


 それを横目に、料太はパティを鉄鍋に放り込んで、そのジュウジュウ焼ける音に子供たちからふわあ、と歓声が上がっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る