第5話 おねがい♡〈side/ラズ〉

 我慢できない。だって、いい匂いがするの。これまでのどの個体にもない、新鮮で芳醇な香り。


 ――こんな逸材がこの世にいたなんて!


「ラズ? ……君は何者なの?」


 困惑した仔犬みたいな表情。なんて愛らしいの、旦那様。私を助けるときは雄々しくて、今はとても弱々しい。心を揺さぶる、その落差。


「黙っていてごめんなさい。私は淫魔リリスの娘のひとり、その血を継ぐサキュバスなんです」

「……ええ?」


 すごく驚いてる。無理もないよね。私が淫魔四女帝の一角として知られるリリスの子だなんて、普通信じられないもん。ああでも、驚いた顔も素敵。


 こんなに心惹かれる男性は今までいなかった。まさかそれが人間族だなんて、考えてもみなかったな。


「サキュバスって……男に淫らな夢を見せて、その夢ごと精気を吸い取るっていう、あの?」

「はい。そのサキュバスです。でも私、ハーフなんです」

「えっ、ハーフ?」


 旦那様が私に興味を持ってくださっている。うれしいな、すごくうれしい。ああ、だめ。今すぐほしくなってしまう。


「サキュバスのお母様とバンパイアのお父様の間に産まれました。私、特殊個体なんです」

「え、そう……なの? 特殊個体? そんなの……聞いたこともないけど」

「ですよね。本来はありえないんです」


 ああ、旦那様の思考が私のことで埋まっていく。もっと、もっと私で満たしてほしい。


 いいえ、だめ、だめよ。気をしっかり持たなきゃ。


「旦那様のお言葉通り、私は夢を見せることで糧を得ます。吸血鬼の力も宿していますから、血液から養分を得ることもできます」

「半分はバンパイア……だからってこと?」


 私はこくりと頷きました。それにしても旦那様はこんな話を、一切怖がることなく、何の疑いもなく聞いてくださる。


 他の人間ではこうはいかないはず。いえ、人間に限らず、どの種族でも。私の話を信じる者なんて誰も居なかった。そう、旦那様だけなの。


「こんな私……だめでしょうか?」

「そんなことない。サキュバスだろうがバンパイアだろうが、ラズはラズでしょ?」


 その言葉は――。


 ああ、なんて素敵な人。出会ったばかりの私を、得体の知れない存在の私を、何の躊躇ためらいもなく受け入れてくださるなんて。


 いけない、感情が溢れ出してしまいそう。


 目が熱い。止められない。どうしよう――。


「え、ラズ? どうしたの? ひょっとして僕、君を傷つけるようなことを言ったかい? ごめん、ごめんよラズ」

「違います……。違うんです」


 頬を伝う熱い滴。それにすぐ気がついて傍に来てくれる旦那様。手で優しく涙を拭い取ってくれる。なんてお優しい方なの――。


 だめ、だめったら私。


「ん……」


 私の馬鹿。胸に飛び込んで、そのまま唇を重ねるなんて。たくさんの死体が横たわっている、そのすぐ側で。


 でも、旦那様は受け入れてくれた。一度唇を離して、そのお顔を見る。青い瞳が揺れている。私だけを見つめてくれている。


「また、激しくしても……よろしいですか?」

「……ラズがそうしたいなら」


 何てこと口走っているの、私。でも旦那様は、躊躇いはしたけれど、はにかんで応えてくれた。


 私は貴方の目の前で、男たちの精気を奪って殺した。しかも何人もの男を、同時に。恐ろしく思わないはずがない。


 それなのに――。


「でも……。もしも旦那様の命に関わるようなことになってしまったら……」

「それでも構わないさ。君の役に立てるなら、本望だよ」


 こんな私のために――淫魔なのか吸血鬼なのかもはっきりしない、中途半端な存在のために。


 (どうしてそんなに簡単に命を投げ出すことができるの?)


 私を助け出すときも、今も――どうして。


「旦那様!!」


 ぶわっと翼が勝手に開く。顔が火照っているのが分かる。気付けば、唇を絡め合って旦那様を求める私がいた。


 唾液をわずかに飲み込んだ瞬間――。

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