ポンコツ聖女(弟)ですが、魔王討伐は過保護な姉の当て身(カウンター)で終わりました
葉月たまの
第1話 えっ、俺が聖女!?そして姉さんも来ます
神託というのは、どうして人の都合をこれほど無視できるのだろう。
白い天井を見上げながら、俺は何度目かの深呼吸をした。
ここは聖堂の一室。清潔なシーツの上に正座させられ、向かいには額に脂汗を浮かべた神官が三人、青ざめた顔で俺を凝視している。
「あの、もう一度確認させてください」
俺――ミリアン・フォン・ローゼンベルクは、できるだけ穏やかに口を開いた。
「俺が、聖女に選ばれた、というのが……本当のことで、合ってますか」
「……合っております」
「俺、男ですよ」
「……存じております」
「いや、その、本当に? 神様、見間違えとかじゃないですか」
三人の神官が顔を見合わせ、揃ってため息をついた。
その所作があまりにシンクロしていて、少しだけ笑いそうになる。笑えないけど。
神託は絶対だという。女神の光が宿るのは、常に「選ばれた乙女」であるはずだった。それが今回に限って、よりにもよって侯爵家の長男に降りてきてしまった。
教会も困惑しているし、俺も困惑している。世界が一緒に困惑している。
でも、神託は絶対なのだ。
◇
実家に戻って荷物をまとめていると、扉が勢いよく開いた。
「ミリアン」
姉さんだった。
ルリア・フォン・ローゼンベルク。プラチナブロンドの髪を優雅なハーフアップに結い上げ、薄いグレーのドレスを纏った、うちの屋敷でいちばん美しく、そしていちばん恐ろしい人。
その瞳が、今は心配と決意と、おそらく少しの興奮で輝いていた。
「聞きましたわ。一緒に参りますわね」
「えっ」
「ひ弱なミリアンが野宿できるわけないでしょう。馬車の手配はもう済んでいますわ。荷物も整えました。紅茶のセットと、スイーツを十六種類と――」
「ちょっと、ちょっと待って姉さん。これ、魔王討伐の旅ですよ?」
「存じています」
にっこりと、花が咲くような笑顔だった。
「だから一緒に参りますわ、と申し上げているのです」
俺は何か言おうとして、でも姉さんと目が合って、静かに口を閉じた。
この人には、言葉で勝てたことが一度もない。生まれてこのかた、一度も。
◇
翌朝、王都の門前は、ちょっとしたお祭りみたいな様子だった。
ローゼンベルク家の紋章入り馬車が二台。中には姉さんが「最低限」と言い張って積み込んだ荷物――ふかふかのベッドテント、上質な紅茶セット、焼き菓子の詰め合わせ、折り畳みのテーブルと椅子まで――がぎっしり入っている。
控えめに言って、遠征じゃなくてピクニックだった。
俺はほうっとため息をついてから、自分の格好を見下ろした。純白の聖者ローブ。神官様たちが「特別誂えです」と言って渡してくれたのに、いざ着てみると袖が少し長くて、手の甲まで隠れてしまっている。ぱたぱたと振ってみると、布がふわりと揺れた。
……大きすぎる。俺、そんなに華奢か。
「似合っていますわよ」
隣から姉さんの声がした。満足そうに目を細めている。
「……ありがとうございます」
「裾は後で直してもらいましょう。あと杖は、ちゃんと持った?」
「持ってます」
身の丈ほどある聖杖を両手でしっかり抱え直す。白金の装飾が施された美しい杖で、握ると神聖な温かさが掌に滲んでくる感じがした。俺にはこれが、唯一の武器だ。
◇
合流場所で待っていたのは、二人の男だった。
ひとりは、少し癖のあるアッシュブラウンの短髪をした、真剣な顔の青年。均整のとれた体格に、剣を腰に帯びている。琥珀色の瞳が、俺たちを見るなり少し見開かれた。
「君たちが……勇者パーティーの? 俺はアルク・グランヴィル。勇者を拝命した者です」
きっぱりとした声だった。きちんとしてる人だな、と思う。
「ミリアン・フォン・ローゼンベルクです。あの、よろしくお願いします」
「……聖女が、男性とは」
「ですよね。俺もびっくりしてます」
アルクさんは少しの間まじまじと俺を見てから、でも「まあいいか」みたいな顔になって小さく頷いた。この人、意外と切り替えが早い。
もうひとりは、ダークネイビーの髪に銀縁眼鏡の、いかにも頭が良さそうな男性だった。機能的なデザインの魔導士コートに、分厚い魔導書を小脇に抱えている。
「エルネスト・メルクウッドです。王立魔法学園を首席で卒業しました」
さらっと言ったけど、すごいことだと思う。
「ルリア・フォン・ローゼンベルクですわ。弟のミリアンをどうかよろしくお願いいたします」
姉さんが優雅にカーテシーをすると、エルネストさんが眼鏡の奥で少し目を細めた。
「失礼ですが、あなたはパーティーの登録が……」
「護衛兼世話役として同行いたします。ご安心ください、お荷物にはなりませんわ」
エルネストさんが何か言おうとして、でも姉さんの笑顔を見て、静かに口を閉じた。
俺は思わず少しだけ胸をなでおろす。
この判断、絶対に正しい。
◇
馬車が動き始めたとき、王都の城壁がゆっくりと遠ざかっていった。
窓から外を眺めていると、往来の人々が馬車を見送っている。知らない人の、知らない顔。その一人ひとりに、守らなければならない日常がある。
俺にしかできないことがある、と教会の人は言っていた。
聖女の奇跡は、ミリアンにしか使えない固有の力だ、と。
怖い。正直、怖くてたまらない。でも逃げるわけにはいかなくて、だから一歩踏み出したのだ。
そう思って立ち上がりかけたとき――出発早々、馬車の揺れに足をとられて前のめりに転んだ。
「ふぇっ!?」
「ミリアン!」
アルクさんが素早く支えてくれて、辛うじて顔から落ちずに済んだ。姉さんは「まあまあ」と微笑みながらお茶を注ぎ続けているし、エルネストさんはペンを走らせたまま特に何も言わない。
「大丈夫か?」
「……だ、大丈夫です。すみません」
「無理するなよ。荷物があれば俺が持つから」
真剣な顔で言われて、なんだか耳が熱くなった。
先が思いやられる。でも不思議と、心がほんの少し軽い。
窓の外には、まだ見ぬ景色が広がっていた。
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