第十章 雨宿り
その日は、
仕事が早く終わった。
珍しい事だった。
白脚組の回収も無い。
血の匂いもしない。
だから逆に、
落ち着かなかった。
⸻
noemaは中層区を歩いていた。
雨が降りそうだった。
空気が湿っている。
ネオンが滲み始めていた。
⸻
「……暇だな」
小さく呟く。
すると。
「珍しいですね」
後ろから声。
振り向く。
charGだった。
黒い着物。
煙管。
傘。
まるで最初からそこに居たみたいに、
静かに立っている。
⸻
「お前、
今日休みじゃねぇの」
「外出許可を取得しました」
「遊女が言う単語じゃねぇな」
charGは少し考える。
「不適切でしたか」
「いや」
noemaは少し笑う。
⸻
雨が降り始める。
黒い雨。
charGが傘を開く。
少し間。
それから。
「入りますか」
noemaは数秒黙る。
「……狭くねぇ?」
「合理的ではありませんが、
可能です」
意味が分からない。
でも、
noemaは傘へ入った。
肩が少し触れる。
charGは何も言わない。
⸻
二人は並んで歩く。
雨音。
ネオン。
遠くのサイレン。
沈黙。
でも、
不思議と苦じゃない。
⸻
途中。
ゲームセンターの前で、
charGが止まる。
「どうした」
「観察したいです」
「何を」
charGはガラスの向こうを見る。
クレーンゲーム。
ぬいぐるみ。
騒ぐ学生。
笑い声。
「人間は、
何故あのような非効率行動へ熱中するのですか」
「夢があるからじゃねぇの」
「ぬいぐるみに?」
「取れそうで取れない感じとか」
charGは少し考える。
「苦痛では?」
「楽しさだよ」
「理解不能です」
⸻
数分後。
noemaはクレーンゲームをしていた。
「何で俺がやってんだ」
「観察です」
charGは真顔だった。
⸻
結果。
失敗。
ぬいぐるみは微動だにしない。
noemaは舌打ちする。
charGが静かに言う。
「非効率です」
「うるせぇ」
⸻
その時。
charGの視線が、
隣の景品へ止まる。
小さな髪飾り。
銀色。
雨粒みたいな装飾。
charGは何も言わない。
でも、
少し長く見ていた。
⸻
noemaはその視線へ気付く。
「欲しいのか」
charGは少し沈黙する。
「……不明です」
「見てただろ」
「綺麗だと思いました」
noemaは景品を見る。
それから。
無言で百円を入れる。
⸻
数回失敗。
店員に笑われる。
charGが静かに聞く。
「何故そこまで」
「お前が欲しそうだったから」
「合理性がありません」
「知ってる」
⸻
数分後。
カラン。
景品が落ちる。
noemaが髪飾りを取る。
charGを見る。
「ほら」
charGは少し止まる。
本当に少しだけ。
それから、
両手で受け取った。
まるで、
壊れ物みたいに。
⸻
「……ありがとうございます」
小さい声だった。
noemaは少し目を逸らす。
「大袈裟だな」
charGは髪飾りを見る。
銀色の雨粒。
ネオンが映っている。
⸻
その時。
遠くで雷が鳴る。
街が少し暗くなる。
一瞬だけ。
noemaは、
誰かの視線を感じた。
振り向く。
人混み。
雨。
ネオン。
誰も居ない。
でも。
何か嫌な予感だけが、
妙に残っていた。
⸻
黒い雨が、
静かに宵都久遠市を覆っていた。
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