第四章 借り物の大弓
第17話
ダンジョンを離れて、森を北へ抜ける。
木々の影が途切れた先に、広い草原が開けた。
風に揺れる草の向こうに、石壁に囲まれた街が見える。
「わぁ、けっこう大きな街だね」
ランズが遠くを見るように手をかざした。
「今夜は久しぶりに宿屋に泊まれそうだな」
「俺、湯浴びしたい」
ここのところ、野宿続きで水で身体を拭くくらいしかできていない。
街育ちのランズとしては、早く湯浴びをしたくてたまらなかった。
「レゾイルという街みたいだな」
オーウェンが地図とコンパスを見比べて言った。
「早く行こう」
ランズは足取り軽く、先頭を切って歩き出した。
街の入り口の門まで行き、門番に身分証を提示する。
門番は、アローの身分証を見てから、もう一度アローを見た。
「あんたが、アロー・コーツさん?」
「そうだけど」
「昨日、黒髪で、すらっとした男前が、あんたを探してたよ」
「げ」
アローが、あからさまにしかめっ面になった。
「なになに? アローの知り合い?」
「お……俺は宿屋を探しとくから、オーウェンとランズでギルドに行って魔石の換金してこいよ」
そう言って、アローがそそくさと立ち去ろうとした。
だが、オーウェンに後ろから首根っこを掴まれる。
「バートさんだろ。逃げるな」
「いや、逃げてなんて……」
アローが言い訳しようとした時、街の中から大きな声が聞こえてきた。
「アロ――――坊ちゃま――――っ!!」
アローの顔が、今度こそ引きつる。
満面の笑みのまま、ものすごい勢いで走ってくる男がいた。あまりの速さに、道を行き交う人々が、さっと左右に
「坊ちゃま――――っ!! バートでございます――――っ!!」
バートは全身で喜びを表しながら、走りざまに両腕を広げた。
「ランズ、よけとけ」
「う、うん」
ランズは慌ててオーウェンの後ろに逃げた。
オーウェンは、アローの首根っこを掴んだまま動かない。
「うわああああ!!」
「坊ちゃま――――っ!!」
走ってきた勢いのまま、バートはアローに抱きついた。
「ぐえっ」
アローが受け止めきれず、後ろに倒れかける。
それを、オーウェンが片手で支えた。
間一髪で転ぶのを免れたアローは、恨むぞという顔でオーウェンを振り返った。
バートは、主人になつく大型犬のように、アローをギュムギュムと抱きしめる。
「お会いしとうございましたっ!!」
「分かった、分かったから、一旦離れろ!!」
「はいっ!!」
ようやくバートの
ランズは、オーウェンの後ろから顔を出し、バートを見た。
年の頃は二十代半ばほど。背丈はアローより少し低い。
少しくせのある黒髪と黒い目、そしてまぶしい笑顔に映える白い八重歯が特徴的だった。
上質なフード付きのチュニックには、胸元や袖口、裾に品のいい
細身のパンツが、すらりとした体型を引き立てている。足元は編み上げの長いブーツ。腰には幅広の革帯を締め、左右には持ち手のある短い
大きな荷物は見当たらない。
おそらく、腰の革袋に入れているのだろう。
爆速で走って来たというのに、息ひとつ乱れていない。
「アロー。この人、だれ?」
「私はっ!! バートと申しますっ!! アロー坊ちゃまの兄上様に仕える従者の一人でございますっ!!」
「声デカい。声デカい」
「アロー……坊ちゃまって……」
ランズが半笑いの口元を押さえてつぶやいた。
アローがじろりとランズをにらむが、まったく迫力に欠ける。
「……で? バート。こんなとこまで何しにきた?」
「はいっ!! こちらの
「そんなの早馬に渡せばいいだろう。なにもわざわざお前が持って来る必要はない」
「
「はいはい……」
バートが差し出した封書を受け取り、アローは
その瞬間、眉間にしわが寄る。
横からのぞきこんだオーウェンも、渋い顔になった。
「どしたの?」
「グランの製作者からだ」
「グランって、アローたちの
ランズが目を輝かせる。
「どんな人なの!?」
「人ではございませんっ。エルフとドワーフが共同で作っておられるのですっ」
「エルフとドワーフ!?」
「はいっ!!」
「すごいじゃん!!」
エルフとドワーフなんて、滅多に人間とは関わらない種族だ。そんな二つの種族が一緒に武器を作っているなんて、それだけで胸が
だが、アローは今すぐその封書をなかったことにしたそうな顔になった。
「……すごいことは、すごいんだがな」
「じゃあ、なんでそんな嫌そうなの?」
「作ってる奴らが、面倒なんだよ」
アローは封書を開き、中の手紙に目を通した。
「……最悪だ」
「どんな内容だ?」
オーウェンがたずねると、アローは手紙をひらひらと振った。
「
「…………」
オーウェンもげんなりとした表情になった。
「調整?
「いる。精密な作りだからな」
オーウェンが答えた。
「へぇ……。じゃあ、これからエルフとドワーフのとこに行くの?」
「あんま行きたくねぇけどな」
「兄上様より『向こうから来る前に早く行け』とご伝言をたまわっておりますっ!!」
「くっそ。兄貴のやつ、逃げたな」
「はいっ!!」
バートは白い八重歯をきらめかせて、爽やかに言った。
「しゃあねぇなぁ」
アローは胸の中の空気を全部吐くような、大きなため息をついた。
「オーウェン、ランズ。行くぞ」
「行ってらっしゃいませっ!!」
「バートさんは一緒に行かないの?」
ランズの問いに、バートはまぶしい笑顔になった。
「あのお二人にお会いするのはごめんですっ!!」
バートはアローの手を取り、ぶんぶんと握手した。
「では、アロー坊ちゃまっ!! ご健闘をお祈りしておりますっ!!」
「おい、待て。お前――」
アローが言い終えるより早く、バートはくるりと身をひるがえした。
「バートは、兄上様への報告に戻りますっ!!」
そう言うと、バートは再び爆速で街を出て行った。
「は……速い」
ランズはあっけに取られたまま、遠ざかっていく背中を見送った。
━ 続 ━
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