第3話 魔力と私
それから数日の間、私は安静にしていなければならず、ほとんどベッドの住人と化していた。
けれど、一日中寝ていれば眠気もだんだん遠のいていく。かといって、身体は重く、頭はぼんやりとしていて、本を読む気力さえ湧いてこない。結局、私にできることといえば、目を瞑って横になっていることくらいだった。
そうして何もせずにいると、どうしても様々なことを考えてしまう。
たとえば、魔力について。
この世界には魔力が存在している。一部の例外を除けば、大気にも物質にも魔力は含まれているし、人や動物をはじめとした生き物もまた、魔力をその身に宿している。
人の場合、魔力は呼吸や食事を通して外部から取り込まれ、同時に体内でも生成されるものらしい。
前世の世界であれば空想上の概念に過ぎなかったものが、この世界では水や空気のように当たり前に存在している。
魔力を運用する技術は、大きく分けて二つある。
一つは魔力操作と呼ばれるものだ。魔力を具現化したり、物質に魔力を纏わせたり、身体に魔力を巡らせることで強度や運動能力を高めたりする技術である。
そしてもう一つが魔術。
魔力を術式に則って変換し、様々な事象を引き起こすものだ。発生させる事象によって属性が異なり、自分に適性のある属性かどうかで、消費魔力や発動までにかかる時間にも違いが出る。
じっとしたまま体内に意識を向けると、普段なら自分の中を巡る魔力を感じ取ることができる。慣れていれば、意思に従ってそれを制御することも難しくはない。
けれど今は、感じ取れる魔力そのものが少なくなっていた。しかも、こちらの意思にまるで応えてくれない。
医者からも似たような説明は受けていたし、治癒魔術を使ったあと、気を失う直前に感じた違和感も覚えている。だから、魔力がうまく動かせなくなっていることは、なんとなく理解できていた。
それでも、理解できることと納得できることは違う。
胸の奥から、様々な感情が押し寄せてくる。悔しさ、不安、恐怖。涙が溢れそうになって、私は唇を噛んだ。
リーナであれば、きっと話を聞いてくれるだろう。精一杯慰めてもくれるに違いない。
けれど、だからこそ困らせてしまう気がした。
誰にも頼れない私は、何も考えないように感情を押し殺し、ただベッドの上で静かに日々を過ごした。
そして、目が覚めてから数日が経った頃。
高かった熱もようやく下がり、体調はだいぶ回復していた。まだ痛みや身体の重さは残っているものの、普通に生活するくらいなら支障はない。少し歩く程度であれば、動いても構わないと医者からも許可が出ていた。
「ねぇ、リーナ。来月、わたくしのお披露目があるでしょう? その時に魔力や適性の確認があるけれど、詳しいことはまだ知らないのよね。少し調べたいから、王城の図書館に行きたいのだけれど、いいかしら?」
朝、数日ぶりにネグリジェから普段着へ着替えることになった私は、リーナに手伝ってもらいながらそう尋ねた。
「構いませんよ。よろしければ、いくつか本をお部屋までお持ちいたしますが、いかがなさいますか?」
「いろいろ見てみたいから、わたくしも行くわ」
せっかくの機会なのだ。自分の目で本を探してみたい。それに、長い間寝ていたせいもあって、少しは身体を動かしたいという気持ちもあった。
「かしこまりました」
着替えが終わると、リーナは私の長い髪も丁寧に整えてくれた。鏡に映る自分の姿は、まだ少し顔色が悪いものの、寝込んでいた時よりはずっとましに見える。
朝食を済ませたあと、私たちは図書館へ向かうことにした。
王城は大きく分けて、いくつかの区画に分かれている。
中央には、文官たちの仕事場や会議室、応接間、玉座の間などが集まる城があり、その隣には図書館や宝物殿、各種倉庫、近衛騎士団や国軍の本部が並んでいる。
そして、その周囲に王族が暮らす王宮や離宮が建てられているのだった。
図書館に到着してすぐ、私は目当ての本を探すのに苦労しそうだと悟った。
ここを利用したことは過去にも数えるほどしかない。しかも、さすがは王城の図書館というべきか、蔵書数はかなり多かった。
「魔力についても調べたいけれど、伝記のようなものも見てみたいのよね」
「伝記……ですか? 調べたい御仁でもいらっしゃるのですか?」
私が探したい本の種類を告げると、リーナは不思議そうに首を傾げた。
魔力について調べたいことは事前に伝えていたけれど、伝記については何も説明していなかったからだろう。
「特定の誰かというわけではないの。ただ、わたくしのほかにも前世を思い出した人がいるかもしれないからね。魔力についての本は分類が決まっているし、司書にも聞けると思うから、リーナは伝記を探してくれる?」
リーナには、前世の記憶について話してある。
今いる侍女たちの中で、彼女は唯一、昔から私に仕えてくれている存在だ。私にとって信頼できる侍女であると同時に、姉のように慕っている相手でもある。
昔からそばにいてくれた分、私のわずかな変化にも気づくだろう。何より、リーナにはあまり隠し事をしたくなかった。
「かしこまりました。見つけ次第、お持ちいたしますね」
「お願いね」
私の求めているものが伝わったのだろう。リーナは柔らかく微笑み、そう請け合ってくれた。
その後、私は魔力に関する本をいくつか選び、リーナには伝記探しに専念してもらうことにした。
広い閲覧席に腰を下ろし、私は探し出した本を片っ端から読んでいく。
魔力は、魔臓と呼ばれる身体の中にある専用の器官に蓄えられているらしい。そしてそこから、神経のように全身へ張り巡らされた魔力回路を通じて、身体中へ伝達される。
魔力の制御には生命力が深く関係しており、生命力が少なくなるほど魔力の制御は難しくなる。さらに一定以下まで落ち込むと体調にも影響が出て、最悪の場合は死に至ることもあるという。
回復方法は、体力と同じく睡眠や食事が主となる。
また、無茶な魔術使用をすれば、魔力を蓄える器官や魔力回路が傷つくことがある。特に幼少期の場合、それが魔力の成長に影響する可能性もあるようだった。
今の私は、おそらく生命力がまだ完全には戻っていないのだろう。体調そのものは落ち着きつつあるが、魔力操作が難しいのはそのためだと考えられる。
無理に魔力を動かせば、暴発する危険もある。
そして、もしかすると魔力の成長そのものにも、何かしらの影響が出ているかもしれない。
そう考えると、胸の奥がじわりと重くなった。
伝記についても、リーナが持ってきてくれたものをいくつか読んでみた。しかし、前世に関する記述は見つからなかった。
仮に、私のように前世を思い出した人がいたとしても、それをわざわざ大っぴらにするとは限らない。むしろ、下手に公表すれば危険があったのかもしれない。
すぐに答えが見つかるようなものではないのだろう。
そう思いながら、私は開いていた本をそっと閉じた。
これについては、気長に探していくしかなさそうだった。
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