「ただの草むしり係はクビだ」と追放された雑草魔術師、魔力全解放で脳内ソシャゲガチャが起動する〜UR引きこもり魔王と神器のじょうろで始める神域農園ライフ。なお元勇者は初日から大飢饉で詰んだ模様〜
第12話「大国の姫、奴隷貿易を契約させられる」
第12話「大国の姫、奴隷貿易を契約させられる」
◆ 第一幕 セリア、準備する ◆
「シャロン姫様、こちらへどうぞ」
セリアの笑顔は、完璧だった。
目が笑っていた。
口角が上がっていた。
声も穏やかだった。
なのにシャロンは、その笑顔を見た瞬間、なぜか背筋が冷えた。
「……あなたが、セリア?」
「はい。アレン様の農園の内政・帳簿管理を担当しています」
「書類を送ってきた……」
「ご連絡が届いていて良かったです。どうぞ、お座りください」
白いクロスのテーブルに、椅子が二つ向かい合っていた。
コブ美が用意したハーブティーが、湯気を立てている。
シャロンは椅子に座った。
まだ少し、足が震えていた。
さっきの覇気の余韻だ。
頭では落ち着けと命令しているのに、体が言うことを聞かない。
「……先ほどの方は」
「イリス様ですね」
「あの方が本当に魔王なら、うちの騎士団が全員一瞬で——」
「そうですね」
セリアはあっさりと肯定した。
「イリス様が本気を出されたら、この大陸は消えます」
「……消える」
「物理的に」
シャロンの頬が、ひくついた。
「でもご安心ください」
セリアはにっこり笑った。
「イリス様はアレン様の料理がないと生きていけない体になっているので、大陸を消すことは当面ないかと思います」
「……なんて繊細な均衡」
「ですね」
「料理で世界が守られてる……」
「美味しいご飯は大事ですから」
セリアが椅子に腰掛けた。
帳簿を一冊、テーブルに置いた。
そしてもう一つ、取り出した。
そろばんだった。
珠が整然と並んだ、黒檀製の本格的なやつだ。
「では」
セリアが笑顔のまま言った。
「取引の条件を、確認しましょうか」
パチ、と珠を弾いた。
その音が、やけに大きく聞こえた。
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◆ 第二幕 パチパチという音について ◆
最初の一音で、シャロンは悟った。
これは、まずい。
「まず、今回の取引品目ですが」
セリアが帳簿をめくる。
「神域イチゴ、黄金林檎、浮遊紫果、碧色木の実、魔力キャベツ、神域ハーブ全種、幻の金椰子——以上、初回取引分として月間五十箱のご提供が可能です」
「……五十箱」
「はい。ただし、品質保証の観点から、取引相手には一定の条件をいただいています」
パチパチ、とセリアがそろばんを弾いた。
その音が、シャロンには妙に響いた。
処刑台の足音みたいに。
「条件、というのは」
「まず、農園の食材を使った加工品の転売は禁止です」
「……それは、まあ」
「次に、取引価格ですが」
パチパチパチ。
「……神域イチゴ一箱、相場の五十倍でお願いします」
「五、十……」
「他の食材も同様の倍率で。月の請求額はこちらに」
セリアが帳簿を差し出した。
シャロンは数字を見た。
「…………」
目が、点になった。
「……これ、うちの国の年間軍事予算に近い数字なんだけど」
「そうですか」
「……毎月?」
「毎月です」
「……ちなみに、この金額の根拠は」
「神域産の作物は、食べた者の魔力回復量が一般食品の百倍以上、寿命延長効果が確認されており、病の治癒効果もあります。医療費削減効果だけで十分に元が取れますよ」
パチパチパチパチ。
セリアが素早くそろばんを弾いた。
「ご試算しますか? 二十年スパンで」
「……い、いえ」
「遠慮なく」
「……聞く」
「二十年間、毎月五十箱お買い上げいただいた場合」
パチパチパチパチパチ。
「医療費削減分と平均寿命延長による労働力増加分を差し引くと、投資対効果はおよそ四百倍になります」
「四百……」
「なので相場の五十倍は良心的かと」
「……」
シャロンの額に、汗が浮いた。
数字は正しかった。
正しいのだが。
なぜかそろばんの音が、頭の中でパチパチパチパチと鳴り続けていた。
死刑執行のカウントダウンみたいに。
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◆ 第三幕 プライド崩壊プロセス ◆
「他に条件は?」
シャロンは努めて平静に聞いた。
「はい」
セリアは微笑みを崩さなかった。
「農園への来訪は、一ヶ月前の事前申請制とさせていただきます」
「……今日みたいに突然は」
「今後は事前申請のない来訪者は結界が自動排除します」
「自動、排除」
「はい。先ほど新しい結界が設置されましたので」
パチ。
「次に、取引書類へのサインは今日中にお願いします。本日以降、他国からの問い合わせが増えておりまして」
「……他国?」
「はい。北方のヴェルナ帝国、西の連合都市、海の向こうのラーナ諸島からも打診が来ています」
セリアが帳簿の別のページを開いた。
「もし今日サインがいただけない場合は、その国々との交渉を優先することになりますが」
「……」
「もちろん、姫様のご判断次第ですが」
パチパチ。
シャロンの眉が、ぴくりと動いた。
他国に先を越される。
それだけは、だめだ。
ダルファ王国の北に位置するヴェルナ帝国は、長年の宿敵だ。
あの国に農園との独占契約を取られたら——
「……条件を、もう一度確認させて」
「どうぞ」
セリアが帳簿をシャロンの前に差し出した。
シャロンは数字を見た。
もう一度、見た。
三度、見た。
「……交渉の余地は」
「ございません」
「……一ミリも?」
「ございません」
パチ。
「唯一の交渉余地は、支払いを月払いにするか、三ヶ月前払いにするかです」
「……どっちが安い?」
「三ヶ月前払いは五パーセント割引になります」
「……三ヶ月前払い、で」
シャロンの声が、少し小さくなっていた。
来たときの高飛車な姿は、どこかに消えていた。
汗が、こめかみを伝った。
縦ロールの黒髪——ではなく、よく見るとハーフアップにした黒髪が、緊張で乱れてきた。
「では、サインをこちらに」
セリアがペンを差し出した。
「……」
シャロンはペンを手に取った。
サインした。
「ありがとうございます」
セリアがにっこり笑った。
「初回のお届けは来週になります。農園産の試供品として、本日お帰りの際にフルーツの詰め合わせをご用意しています」
「……試供品」
「コブ美が詰めましたので、品質は保証します」
シャロンは書類を見た。
サインした後の書類を見て、ようやく実感が来た。
これ、完全にやられた。
数字は全部正しい。
論理も完璧だ。
反論の余地が、一ミリもない。
なのに、気づいたら年間軍事予算に匹敵する金額を毎月払う契約にサインしていた。
「……」
目の端が、熱くなってきた。
違う、泣くな、私は第一王女だ。
「シャロン姫様、大丈夫ですか」
「大丈夫」
「……お顔が」
「大丈夫と言ってる」
「では、フルーツをお持ちしますね」
セリアが立ち上がった。
シャロンは一人残されて、書類を見た。
涙が、一粒だけ落ちた。
拭いた。
もう一粒、落ちた。
「……なんで私が」
呟いた。
「そろばんの音が怖かった……」
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◆ 第四幕 国王、覚醒する ◆
翌日。
ダルファ王国、王城の玉座の間。
シャロン姫が帰国し、試供品の木箱をダルファ国王の前に差し出した。
国王は五十代の壮健な男だった。
二メートル近い長身、肩幅が広く、眼光が鋭い。
大陸東部に覇を唱える大国の王にふさわしい、威厳のある人物だ。
「……シャロン、これが噂の農園の産物か」
「はい。お試しください」
国王はフルーツの詰め合わせを見た。
見たことのない黄金の林檎。
空中に浮きそうな紫の果実。
表面が碧色に光る木の実。
「……大げさな見た目だな」
「食べてみてください」
「王が臣下に命令される筋合いは——」
「父上、食べてください」
シャロンの目が、本気だった。
国王は渋々、黄金の林檎を手に取った。
かじった。
「……」
動かなくなった。
「父上?」
「……」
「……お父様?」
国王の目が、ゆっくりと見開いた。
「……な」
声が、掠れた。
「なんだこれは」
「美味しいでしょう」
「美味しいとか、そういう次元じゃない……!」
国王が立ち上がった。
「五臓六腑に染み渡る……! なんだ、この温かさは……! この甘さは……! なぜ林檎を食べているのに目が潤んでくるんだ……!!」
「魔力が濃いので」
「魔力が!? 食べ物に!?」
「神域産なので」
「神域……! 神域の食べ物とはこういうものか……!」
国王はもう一口かじった。
目から、光るものが落ちた。
「……わしは今まで何を食べていたんだ……」
「普通の食べ物です」
「こんなものと比べたら普通の食べ物など砂と同じではないか……!」
「それは少し言い過ぎかと」
「シャロン!」
国王がシャロンを振り返った。
目が、完全に据わっていた。
「この農園と、どんな条件で契約した」
「……月額、うちの軍事予算に近い金額で」
「安い」
「え?」
「安すぎる。毎月届くのか?」
「……はい」
「もっと増やせ。五十箱じゃなく、百箱に交渉しろ」
「……増量交渉は、農園側の言い値になりますが」
「構わん」
「……軍事予算を超える可能性が」
「構わんと言っている!」
国王は林檎の残りを一気に食べた。
「シャロン、よくやった。これは国家として確保すべき戦略資源だ」
「……そう、ですね」
「農園の主に、礼状を出せ。いや、直接挨拶に行く。わしが行く」
「……また覇気で撃沈されますよ」
「それでも行く!」
シャロンはため息をついた。
父が、完全にやられていた。
林檎一個で。
「……そろばんの音が怖い方がいますので、覚悟しておいてください」
「なんだそれは」
「行けばわかります」
国王は紫の果実に手を伸ばした。
一口食べた。
「——っ!! こっちはさらに上か!! なんだこの国は、農園じゃなくて神の領域じゃないか……!!!」
玉座の間に、国王の叫びが響き渡った。
近衛兵たちが「陛下が泣いておられる……!」とざわめいた。
シャロンは静かに帳簿を取り出した。
増量分の試算を、始めた。
パチパチパチ。
---
その頃アレンの農園では、コブ美が夕食の支度をしていた。
「十度目の朝食の時間ゴブ?」
「夕食です、今は」
「イリス様が夕食を朝食と呼んでいますゴブ」
「……そうですね」
「何度目の朝食になりますゴブ?」
「十四度目くらいです、たぶん」
「了解ですゴブ!」
イリスが温泉から上がってきた。
「ご飯?」
「もうすぐです」
「パフェのおかわりは?」
「夕食の後です」
「……わかった」
農園の夕暮れが、黄金色に染まっていった。
---
第13話「他国貿易モード始動!無限に貯まるフレンドポイント」へ続く
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