第3話「王都、崩壊寸前。魔王、三度目の朝食を要求する」

◆ 第一幕 魔王、ガチャをおねだりする ◆


「おかわり」


「昨日も聞きました」


「……三度目の朝食」


「名前を変えても同じです」


朝の農園。イリスはパジャマのまま、寝ぐせ全開で畑の前に立っていた。

昨日と完全に同じ光景だった。


アレンは諦めて、キャベツと魔力麦のスープを作り始める。


「ねえ」


「はい」


「今日もガチャ引いて」


「食事と引き換えにガチャを要求してくるの、新しいですね」


「あのピカピカするやつ、見たい。面白いから」


イリスは縁石に腰かけ、ポテチを開けた。

朝食前にポテチを食べている。完全にリズムが狂っている。


「昨日、農地を三倍に広げたミッション報酬でガチャチケットが三枚届いてて」


「三枚!」


イリスの目が、珍しくきらっと光った。


「全部引いて」


「一枚ずつですけどね」


「いいから引いて。朝ご飯食べながら見る」


「娯楽のハードルが独自すぎる」


スープを二人分よそって、アレンはシステムを開いた。


---


◆ 第二幕 チケット三枚、全ツッパリ ◆


**【一枚目】**


---


♪ ピローン♪


Rランク【全自動・魔法のクワ】

「持ち主の意思を読み取り、勝手に耕します」


---


「……R」


農園の土に置いた瞬間、クワが勝手に動き出した。

一定のリズムで、整然と、完璧なラインで畑を耕していく。


「おお」とイリスが言った。


「……地味に便利ですね、これ」


「でもピカピカしなかった。次」


「感想それだけですか」


**【二枚目】**


---


♪ ピローン♪


SRランク【神域の源泉】

「神の山より湧き出す極上の温泉です。農園に設置されます」


---


「……SR」


農園の端の地面が、ごごごごと揺れた。


岩が隆起し、湯けむりが立ち上り、気づけば農園の一角に本格的な露天風呂が完成していた。

岩造りの湯舟、清潔な白い湯、周囲には農園の花が咲き乱れている。

温度も完璧だった。


湯気の向こうで、イリスが固まっていた。


「…………」


「イリスさん?」


「…………温泉」


「そうですね、温泉が出ましたね」


「入っていい?」


「ガチャを見るんじゃなかったんですか」


「入っていい?」


「三枚目を引いてからでお願いします」


イリスは湯舟の縁に手を当て、名残惜しそうに離れた。

ちゃんと我慢できることが少し意外だった。


**【三枚目】**


---


♪ ピロロロロ……♪


※通常とは異なる音声です


【空間召喚】が発動しました。

農園の強大な魔力が、近隣の次元を引き寄せています。


排出物:【聖女見習い・ソフィア(SR相当)】

 現在ステータス:他国より逃亡中 / 満身創痍 / お腹ペコペコ


---


「……え、人間出てきた」


農園の中央に、空間の裂け目が生じた。


そこから、ぼすんと少女が落ちてきた。


年齢は十六か十七。神官服はボロボロで、金髪が泥で汚れている。

うつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない。


一秒後。


「……いい匂い……」


顔を上げた少女は、農園を見渡し、アレンを見て、イリスを見て。


「……助けてください、お腹すいて死にそうです」


「とりあえずスープ飲みますか」


「はい……!」


これがアレンとソフィアの、第一声だった。


---


◆ 第三幕 農園に、人が増える ◆


ソフィアは三杯食べた。


「……信じられない。こんなに美味しいものが世界に存在するんですか」


「ガチャで強化された野菜なので」


「ガチャ?」


「説明すると長いので割愛します」


ソフィアは隣国の神殿に仕えていた聖女見習いだったらしい。

詳しい事情は「話すと泣くので後で」とのことだった。


イリスはそんなソフィアを、上から下まで一瞥して言った。


「……顔はいいじゃん」


「え、あ、ありがとうございます……?」


「農園の食事、気に入った?」


「はい、世界一美味しいと思います」


「ここに住む?」


「え?」


「住めばいいじゃん。温泉もあるし」


「温泉……!?」


アレンは静かにスープをよそいながら、思った。

この引きこもり魔王、勧誘だけは積極的だ。


ソフィアは温泉を見て、農園を見て、アレンを見た。


「……あの、本当に、住んでもいいんですか」


「どうぞ。納屋がもう一つありますので」


「ありがとうございます……!」


こうして農園の住人が、三人になった。


昼過ぎ、イリスは温泉に入った。


三十分後。


「……引きこもり環境が、完璧になった」


湯けむりの中、イリスが目を閉じたまま呟いた。


「農園、食事、温泉。あとは寝るだけ。これが……これが理想の生活……」


「魔王として過ごした三百年は何だったんですか」


「あれは前座。本番はここから」


「前座って言える三百年、すごいですね」


イリスはそれ以上答えなかった。

すでに半分、まどろんでいた。


---


◆ 第四幕 王都、内側から崩れていく ◆


同じ頃、王都。


王城の謁見の間。


レオンは膝をついていた。


玉座の上、国王の顔は怒りで赤く染まっている。


「勇者レオン。貴様が追放したとかいう雑草係の男、いまだ見つからぬとはどういうことか」


「も、もう少し時間をいただければ……!」


「時間だと?」


国王が立ち上がった。


「王城の庭にまで瘴気が来ておるぞ。朕の薔薇が、全滅した。わかるか、全滅だ」


「……はい」


「街の畑は死んだ。備蓄は三週間分を切った。民が餓え始めておる。それでも『もう少し』か」


レオンは何も言えなかった。


「あの者を七日以内に連れてこい。さもなくば勇者の称号を剥奪し、賠償責任を問う」


「……っ」


「下がれ」


謁見の間を出た廊下で、レオンはその場にしゃがみ込んだ。


称号剥奪。賠償責任。


Sランク勇者として生きてきた十年間が、一人の草むしり係を追い出した三日後に、崩れようとしている。


「先輩……」


後輩の声がした。


「手配書を王都全域に貼りましたが……やはり反応がなくて」


「……そうか」


「王都の外の荒野にも人を出しましたが、何もない荒野で、それらしき農園は見つかっておらず……」


「そうか」


「ミレーナさんは昨日から頭痛が続いていて、今日は動けないと」


「……そうか」


レオンは壁に額を押し当てた。


アレンの顔が浮かんだ。


三年間、毎朝黙って草を抜いていた男の顔。

褒めたことは、一度もなかった。

名前以外のことを、何も聞かなかった。


「クソ……っ」


低く、絞り出すように呟く。


「雑草係一人に、なんで俺が……!」


廊下の窓の外、王城の庭に、黒紫の魔界草がまた一センチ、伸びていた。


---


その頃アレンは、ソフィアに農園の案内をしていた。


イリスは温泉から上がる気配がなかった。

魔法のクワが、一人で畑を耕し続けていた。

空は青く、湯けむりが白く、農園には鳥の声が響いていた。


「ここ、本当に……いい場所ですね」


ソフィアが呟いた。


「そうですね」


アレンは素直にそう思った。


---


第4話「聖女、過去を話す。魔王、四度目の朝食を要求する」へ続く

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