第8話
墳墓から帰宅したパーティは、真夜中に街に戻ることが出来た。
「私はギルドに今回の任務を報告しなくちゃいけませんから」
そもそも……シーフは女僧侶に誘われただけであるが、この任務内容の引受人である彼女は帰り道の道中、報告書にどのような『事実』を記載すべきか迷いながら帰路し、勇者の故郷である街の入口に着いた途端、斯様な事を述べパーティから離脱して、宿と併設するように建造されたギルドへ向かった。察するに、受付嬢に今回の任務内容のことを事細かく報告するつもりらしい。
「強いのだな」
あんなことがあったのに。
シーフは吸血鬼の心臓に鋭利な杖を突き刺す彼女の様子を思い出しながら云うと「そう気弱じゃ冒険者は続けていられませんぜ」と、赤魔術師は云った。
「でもまあ……悪趣味で気色悪い事件であったことは確かですな。一番気がかりなのは、何故吸血鬼を生かさず殺さずの状態にしたのか分からない。怨恨か? ボクはあの現場で吸血鬼殺しを耳だけで聞いている状態でしたが、あまり良くないことだったのは承知していますからねえ。でも、彼女の復活は早いでしょう。伊達に冒険者やってませんから。知らんけど」
じゃあ、僕はこれで。
赤魔術師は女僧侶の後を追うわけではないが、節約のためか、普通の宿舎と比べて格安の宿であるギルドの宿泊施設に向かったようである。
「アイツに賛同するわけじゃないが、確かに気味の悪い仕事だったよな。意図的に殺さず生かしている残酷さ。知恵のない動物の発想じゃねえ。思考能力と知恵ある者の犯行だよ。動物である魔物には絶対できない。拷問目的なのかねアレは」
そう云うのは重騎士である。
「それにしても……何か気分転換でもしてないとやってられねえぜ。お前さんもどうだい、一緒にメシでも――」
「いや、良い」
親し気に……だが、半ば強引に肩に手を回す重騎士の腕をどかしながら、シーフは答えた。
「俺は自由に過ごすよ」
「何だよ、ツレねえな。メシも食ってないし、飲んで騒いで、気分転換でもしようぜ。それともアッチの方面とでも云うのかな。良いパフパフ屋を知っているんだ。行くか?」
「俺にそういうのは……」
「もしかして、通常価格(パフパフ)じゃなくて高級娼婦(ムフフ)の方が良かったりするのか。いーね、羽振りがよくて」
「嫌味か?」
「そうかな。そうかも」
「アンタとは気が合わなさそうだ」
シーフの青年は短く、そうして突き放すように云うと暗がりの路地裏へ消えた。どこへ行ったのか分からないが、重騎士の彼からすれば、今回のパーティはとりあえず集まった烏合の衆である。適切な職業をより集めつつも、まだ一度冒険したばかりの仲であり、まだ気心を知らない他人であることには変わりなかった。
数日経てば、僧侶が報酬の支払いを持ってくるか。
重騎士はそう判断して、シーフとは正反対の明るい繁華街へ向かった。
その数日後の早朝である。
惨殺死体が見付かったのは……。
『殺害事件の実行者はスカーフェイス』
墳墓の遺跡調査が終わってから、依頼達成の給金を貰いにシーフの青年がギルドへ赴こうとした途中で聞いた、群衆の会話である。スカーフェイスのことは知らなくもなかったので、噂話の内容に興味を惹かれたように足を止めていると、街の者たちは次々に口にしたのであった。
『前々から子供を誘拐していたんだけど、とうとうやったって感じね』
『芸を見せつける為に、娼婦の身体の一部を切り取ったらしい』
『切り取られた部分は食われていた』
『何をやるつもりだったのやら』
娼婦の身体の一部を拝借する。
シーフの青年は、顔にこそ出していないものの内心強い反応を示していると、肩を気軽げに叩かれた。噂話に集中していて、不意の肉体的接触驚いたのか身体を跳ねさせながら振り向くと、そこにいたのは重騎士の彼であった。
「聞いたか?」
「……何を?」
「ギルドの道化、スカーフェイスの話を、だよ」その表情には疑問はない。群衆と同じくいつかやるものだと思っていたのだろう。「街の広場に絞首台がある。そこで死刑が行われるらしい。見に行こう」
「…………」
絞首台――今まさに死刑を受けた者の顛末を見るとは悪趣味な。
だがしかし、シーフは重騎士の彼に引き連れられることなく、自ら自分の足で進んで街の中央に行き、スカーフェイスの為に用意された絞首台を見る。絞首台の作りは遺骸を晒す檻などない非常にシンプルなモノだが、それがゆえに恐ろしさを醸し出しているように見受けられた。
「ギルドに所属している冒険者はならず者や犯罪者の集まりだ。凶悪な事件を起こせば、こうなるのは自然なことだな」
軽犯罪――たとえ、窃盗でもこのように縛り首になる可能性さえある。
重騎士は我が身を引き締めるように述べると、酔いの臭いが昼間からした。アルコールを摂取した人間から醸し出される特有の臭いである。一言で云えば酒臭い方向に首を向ければ、シーフがスカーフェイスに絡まれ女僧侶に助け出される以前、ギルドの洗礼だの何だのについて教えてくれた酔漢がいたのである。鞣しの革袋からアルコール濃度の高い酒を呑んでいた。
「重騎士、お前も来てたのか」
「……まあ……」どことなく口籠っているような様子である。「あなたも見に来たんですか?」
「あのスカーフェイスは酒の肴というか……自分より狂ってる奴を見ることで精神の均衡を保ってたんだよな……最低だけど、自分よりおかしな奴を見ていると安心できるつーか……」
本当に娼婦を殺したのか。
狂っているとは云えども、攫った子供にイカレたパフォーマンスを見せるために遺体を損害させるだなんてらしくない。
酔漢は酒の入った革製の水筒を仕舞った。
「元々抑えていたのか……それとも構想が前々からあったのか……突発的な思いつきによる凶行なのか知りたいところではあるね」
「狂ってますからね」
「狂ってる?」酔漢は重騎士の放った言葉に嘲るように侮蔑した。「お前はとやかく云える立場じゃねえだろう。なあ、肉盾の重騎士。お仲間がスライムで溶かされる様子はそんなに性癖を満たすものなのか? 強酸で皮膚が爛れ肉が焼けるのが好きなんだろう?」
他所で散々他者を肉盾にしてきたもんな。
その中でも一等、融解される様がお気に入りだったと聞いているぜと、酔漢は重騎士のデリケートな過去に容赦なく振れた。いや、触れるのではなく握り潰した。だが、容赦ない指摘であっても酔漢の言葉に反論がないどころか、否定の言葉さえも返さずすまし顔の重騎士のこころには如何なる漣も立たなかった。全く波紋が生じていなかったのである。恐らく……機会さえあれば、この重騎士の男は過去の繰り返しを再現するように、同じことをする算段なのだろう。噂の出所から離れた遠方でも、やるつもりだったのだ。
シーフは酔漢の言葉と、重騎士の態度に若干ながら距離を取る。今更物理的な距離を有したところで何の意味もないのだが、自然と出た反応であった。重騎士はシーフの反応に何か云いたそうな視線を寄越したものの結局は何も云うことはなく、無言のまま過ごす。それは今回の受刑者であるスカーフェイスが現れるまで行われた。
「おっ、いよいよ出て来たようだぞ。凶悪犯のお出ましだ」
民衆からの熱い怒声が飛び通った。もしくはそれは娯楽に飢えた民草の興奮の声かもしれない。
絞首台の周りには円形の空きが出来ているのだが、それはこの国を取り締まる憲兵が一種の防波堤の役割を担っていた。不用意に近づき過ぎないように絞首台と民衆との間隔を開けさせていたのだが、凶悪犯たるスカーフェイスが出たことでその距離が縮む。空の円形が若干狭くなっていく。
スカーフェイスは闘牛のように興奮した民衆を見、それから空を仰いだ。彼の両手は抵抗と逃亡の阻止のために後ろ手に厳重に縛られている。青空を見上げるスカーフェイスの視線の先には自分の身体を吊るし上げる首吊りの輪は入っておらず、どこか望郷を懐かしんでいるかのような風情があった。
スカーフェイスの後頭部が背後からいきなり掴まれ、膝を折った形で不格好に地面に這いつくばされるのだが、憲兵による唐突な付き飛ばしであるにも関わらず意に返さない様子である。
「坊ちゃん……」
スカーフェイスは小声でいつもの狂った譫言を述べたかと思うと、強制的に膝を折って前屈の姿勢になっていたのだが、他者の押さえつけなど意に返さないような強力なバネの力を見せる。前方に畳みかけ、地面に顎が触れていたのだが、背後にあるそれら全ての力、圧力を吹き飛ばすように立ち上がったのである。
そして、叫ぶ。
もし両手が縄に縛られぬ自由な状態なら、両手を広げて大声を張り上げていたことだろう。
「坊ちゃん! どこぞにおわす第一王子、聞こえますか! わたしはやりましたぞ! やり遂げましたぞ! お褒め下され! 喝采を! 万雷の拍手を!」
弾き飛ばされた憲兵がスカーフェイスの脇腹に、鋭利な槍の穂先を突き刺す。両腕の縄を解かないように……たったそれだけの気遣いが為された容赦のない一撃である。脇腹から赤い血が……口元はピエロの口紅の化粧のようにけわい彩りながらも、その道化は「坊ちゃん! 坊ちゃん!」と叫び続けるのである。
「分かっちゃいたが……」群衆に紛れていた酔漢は云う。「過去に囚われた妄執って云うのは怖いねえ」
スカーフェイスは過去、ミノスの王国で前座ながらも宮廷道化師として仕えていたと云う。
長年前座の扱いの中、その王国の第一王子がそのパフォーマンスを褒めたことにより、その存在に執着し、その成れの果ては現在に至る。必死に芸を磨く中、ただの一興にも満たない余興として扱われ続ける中、スカーフェイスだけを見、そして子供特有の打算も計算も奸計もない褒め言葉にどれほどの喜びを抱いたのか分からない。いや……如何に狂ってしまったのか理解することが出来ない。待望の言葉がかけられたことが狂気の走りになるだなんて、無垢な子供からは……大人でさえも予想することが出来なかったことであろう。
顔に傷を負い国を追われ、この地にやってきて、罪を犯した。
娼婦を殺して肉体の一部を切り取り、子供に見せる残虐な芸を行った。
その顛末は縛り首。
脇腹と口元から大量の血液を零すその道化に、天上へ至るしめ縄が首を通過した。
そうして足元が浮き、吊り上げられる中で自身の肉体の重みで首の骨が折れてもなお、「坊ちゃん! 坊ちゃん!」とスカーフェイスは叫び続けていた。
絶命に至るまで……声にならなくとも、その唇を動かしていたのである。
「…………」
シーフの青年は窒息によって膨らんだ顔、スカーフェイスの血走った両目を見る。両の眼に宿された狂気とその熱量を推し量ろうとしたのだが、その最中声が掛かる。今度は驚いて飛び跳ねることはなかった。
「探しましたぜ」
そう云うのは赤魔術師である。
「ああ、公開処刑を見ていたんですか。そういったものはあまり見るべきじゃないと思うんですけど……」
「処刑は初めて見る。そして気狂いの死に様なんて初めての見ものだった」
「あまりそう云うことは……」赤魔術師はため息をついた。「まあ、個々の感想なんて知らんけど」
それにしても重騎士もいたんですか。
そう云って赤魔術師は前回の給金を渡した。その給料は云うまでもなく、墳墓の調査における報酬だった。勿論、重騎士に渡した後にシーフにも同じように支払われたことは云う間でもない。
「結構良い金額ですよ。本来は調査が主でしたが、魔物湧きの原因に終止符を打ったんですからなあ。手間が省けたと云う奴です。しかも新米をつれる保証制度といい、結構上乗せされたようで」
新米の保証制度であるボーナスは、シーフの青年に支払われることはなかったが、それを差し引いても、給金の中身を見れば新米では高額にあたるであろう給料が支払われていた。これはボーナスと早期解決の他に、女僧侶が冒険で直々に何があったのか事細かく説明することで、本来受注したランクよりも上のものであると判断されたがゆえのものであろう。つまり中の下の仕事から、中の上の仕事であると判断され、その任務内容に見合う金が支払われたと云うことである。
「ところで、新しい仕事の方はどうですか。ボクが直々にギルドに依頼した仕事になるんですが」
「パス」
重騎士は、給料の入った布袋を重たそうに手にしながら云う。
「あんたが依頼した仕事にケチがあるわけじゃないがね」
そこで何故かチラリと狂気に染まった道化師の両目……誰かを探そうと睥睨していた死に際の様子を思い出しながら、シーフを見た。冷たい視線だった。
「墳墓で掛けられたバフの効果が抜け切れてない。肉体を無理に動かした反動だ。筋肉痛って奴だ。まだ治ってないんだよ」
「ウジ虫を潰す時に多用しましたからなあ」
冒険者の肉体は資本。
例え、比較的簡単な薬草採取の任務にしても万全の状態が望ましい。
赤魔術師はうんうんと頷きながら、「アナタはどうです」とシーフに話を振った。
「バフは受けたが、支障はない。いや……後遺症か。別にいつもと変わりない」
「それじゃあ受けてくれるんですね」
……あぁ。
シーフの青年は若干重騎士の冷たい視線を気にしながら頷くと、「本当にありがたいですな」と赤魔術師は云うのである。
「いやあ、本当に良かった。今回の任務もダンジョン物になりますぞ」
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