# 第5話:絡みつく雑草を間引け
「おいおい、見間違いかと思ったが……やっぱりアルトじゃねえか。そんなところで何してんだ?」
衣服店を出て、賑やかな大通りへ出た直後のことだった。
行く手を遮るように、ぎらついた目をした三人組の男たちが立ち塞がる。その中央で、下品なニヤニヤ面を浮かべている男の顔を見て、俺の胸に不快な記憶が蘇った。
男の名はガルバ。
昨日、俺をクビにした伯爵が金で囲っているお抱えのCランク冒険者だ。手柄を焦って周囲を蹴落とすような男で、伯爵邸にいた頃から、ただの庭師だった俺の通る道にわざとゴミを散らかしては「無能の草むしり、早く綺麗にしろよ」と見下してきた奴だった。
「ガルバ……。俺はもう伯爵邸をクビになった身だ。お前に関係ないだろ。そこを退いてくれ」
「ハッ、冷てえこと言うなよ。無職のド底辺に落ちた元同僚を、親切心で心配してやってるんだぜ? ……まぁ、心配なのはお前じゃなくて、その後ろにいる『極上のタマ』だけどよぉ!」
ガルバのねっとりとした視線が、俺の後ろに隠れるシアへと向けられた。
新しく買い与えた緑色のワンピースは、シアの抜群のスタイルを完璧に引き立てている。大通りを行き交う男たちが思わず振り返るほどの美貌だ。ガルバの目は、完全に獲物を品定めするハイエナのそれへと変わっていた。
「……っ、アルト様……」
シアが怯えたように、俺の服の裾をぎゅっと握りしめる。その指先が、小刻みに震えていた。
無理もない。昨日まで過酷な環境で心をすり減らしていた彼女にとって、武器を帯びた荒くれ者の放つ悪意と威圧感は、それだけで過去のトラウマを呼び起こす恐怖の対象だ。
「おいおい、冗談だろ? なんでお前みたいな泥臭い庭師が、そんな最高な女を連れてるんだ? 仕立ては安物だが、素材は王都の高級娼婦でもお目にかかれねえレベルじゃねえか。おいお嬢ちゃん、そんなハサミしか取り柄のない無職男なんか捨てて、俺たちについてきな。毎晩いい思いをさせてやるぜ?」
ガルバが下品な声をあげ、シアの白い腕を掴もうと、汚い手を伸ばしてきた。
「気安く触るな」
俺はシアを背後に庇うように一歩前に出ると、ガルバの腕を容赦なく叩き落とした。
パンッ、と乾いた音が響く。
「……あ? てめえ、今何した?」
ガルバの目が一瞬で据わった。
腰の剣の柄に手をかけ、周囲の空気がピキリと張り詰める。ガルバの仲間の冒険者たちも、せせら笑いながら俺たちの退路を断つように回り込んできた。
いくら俺の『剪定』が覚醒したとはいえ、俺自身はただの庭師だ。相手は命のやり取りを生業にするプロの冒険者。正面から戦って勝てる相手ではない。冷たい汗が背中を伝う。
(どうする……! 力ずくで突破するか!?)
俺が思考を巡らせたその時――背後から、信じられないほどの冷徹な魔力が膨れ上がった。
「アルト様に……その汚い手で触れるな。これ以上の無礼は、私が許しません」
シアだった。
怯えていたはずの彼女の瞳から温度が消え、底冷えするような鋭い光が宿っている。
彼女が一歩前に躍り出た。その重心の置き方、足の踏み込み――武器すら持っていないというのに、その立ち姿だけで、ガルバたちの殺気を完全に押し返すほどの不思議な鋭さがあった。やはり彼女は、ただの奴隷ではない。
だが、俺の目には――『剪定』の力を宿した俺の目には、彼女の異変がハッキリと見えていた。
シアが魔力を練り上げ、戦闘スキルを発動しようとした瞬間。彼女の体内に流れる力の系譜――つまりスキルの『枝葉』が、酷く歪んで絡み合っているのが見えたのだ。
(なんだこれは……!? スキルの形が、めちゃくちゃにねじ切れている……!)
俺の視界の中で、シアの背後に一本の幻想的な大樹が浮かび上がっていた。それは本来、天を衝くほど真っ直ぐに伸びるはずの、極めて強大な剣術スキルの大樹。
しかし今のそれは、これまでの過酷な奴隷生活で植え付けられた「恐怖」や「自己否定」、そして間違った魔力の動かし方という『余計な雑草』がびっしりと絡みつき、幹を締め付け、息も絶え絶えになっていた。
このままだと、スキル本来の力の半分も出せない。それどころか、歪んだ魔力の暴走によって、技を放った瞬間に彼女の身体が内側から壊れてしまう。
「ははっ! なんだその小娘、武器も持たずに俺たちに立ち向かう気かよ! 面白い、ちょっと痛い目見せて、その服を剥ぎ取ってやるよ!」
ガルバが完全にシアを舐めきった顔で剣を抜き放ち、鋭い踏み込みで襲いかかる。
シアもそれを迎え撃とうと地を蹴った。だが、動きが硬い。体内の『雑草』が彼女の才覚の邪魔をして、一歩のキレを奪っている。このままではガルバの剣が届く。
「シア、そのまま止まれ! 動くな!」
「えっ……!? アルト、様……!?」
俺は叫ぶと同時に、腰のポーチから愛用の剪定鋏を抜き放った。
狙うのは、目の前から迫るガルバの刃ではない。シアの体内で、彼女の無限の才能を縛り付けている『スキルの無駄な枝葉』だ。
人が持つスキルすら、世界の庭の一部に過ぎない。なら、不格好に歪んだ枝を整えるのは、庭師である俺の仕事だ。
「庭師(おれ)が……お前の力を、正しく整えてやる!」
俺は走るシアの影へと滑り込み、彼女の体内に渦巻く魔力の歪み――そのすべての元凶となっている『雑草の根元』に向けて、ハサミの刃を突き出し、思い切り噛み合わせた。
チョキン――!!
激しい戦いの中に、驚くほど澄んだ金属音が鳴り響いた。
(第5話 終)
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