第22話 フランスと、美食と、芸術について
ヨーロッパに入った。
最初の目的地はフランスだった。
「パリ近郊です」とサクラが言った。「中型船が農村地帯に落ちています」
「パリか」
「はい。フランスはヨーロッパ有数の牛肉産地でもあります」
(牛だ)
(フランスでも牛だ)
(もう確信した。宇宙人は牛の産地を狙っている)
艦載艇がパリ上空に差し掛かった。窓の外にエッフェル塔が見えた。停電の影響でライトアップはされていなかったが、その姿は確かにそこにあった。
(エッフェル塔だ)
(本物だ)
(テレビでしか見たことがなかった)
「ご主人様」とサクラが言った。「エッフェル塔の近くに、小型船が一隻落ちています」
「パリのど真ん中にか」
「はい。セーヌ川沿いです」
(観光名所に宇宙船)
(神戸港のパターンだ)
「そっちは後だ。まず中型船を直す」
「承知しました」
◇
中型船は、パリ近郊のブドウ畑とは違う、牧草地に落ちていた。
フランスの対応は、アメリカとは違った。軍はいたが、もっと洗練された雰囲気だった。政府関係者らしきスーツの男たちが、こちらを丁寧に迎えた。
流暢な英語で話しかけてきた。梅が通訳した。
「ようこそフランスへ、と言っています。あなたの功績に敬意を表する、と」
(丁寧だな)
(アメリカの軍隊とは違う)
「ありがとう。すぐ直す」
梅が通訳した。政府関係者が頷いた。
修理を始めた。
フランスの牧草地で、宇宙船の詰まりを抜く。
(ヨーロッパの空気は、どこか違うな)
(光の感じが)
(うまく言えないが)
修理中、地元の農家らしき人々が集まってきた。フランス語で何か話していた。梅が断片的に通訳した。
「あなたを歓迎している、と。修理が終わったら、ぜひ食事を、と」
(食事に誘われた……フランスの食事か、そして何故皆食事を出すのか)
◇
修理が完了した。
エンジンが起動し、牧草地に振動が響いた。
「起動確認」とサクラが言った。「パリ一帯に電力を供給します」
遠くのエッフェル塔に、ぽつぽつと明かりが戻り始めた。
(エッフェル塔が光った)
(俺が直した船のおかげで)
(なんだか感慨深い)
政府関係者が深々と頭を下げた。フランス語で何か言った。梅が通訳した。
「パリの光を取り戻してくれて、感謝する、と」
(パリの光)
(詩的な言い方をするな)
◇
その夜、農家の人々が食事を振る舞ってくれた。
フルコースだった。前菜から始まり、メインは牛肉の赤ワイン煮込みだった。
「これは何の肉だ」と俺は聞いた。
梅が通訳して答えた。
「シャロレー牛です。フランスの代表的な肉用牛です」
(シャロレー牛)
(やはり牛だ)
(フランスにもブランド牛があるのか)
一口食べた。
(うまい)
(赤ワインで煮込んだ肉が、とろけるようだ)
(和牛ともアメリカンビーフとも違う)
(これはこれで、完成された味だ)
ワインも出された。
「飲んでいいのか」と俺はサクラに聞いた。
「帰りはわたくしが操縦します。問題ありません」
(運転代行がいる)
(宇宙のアンドロイドが運転代行、そして艦載機もワイン飲みながらだと飲酒運転になるのか?艦載機の免許持っていないが)
ワインを一口飲んだ。
(うまい)
(肉に合う)
(フランス、侮れない)
農家の人々が陽気に笑っていた。言葉は通じなくても、食事の席は楽しかった。梅・竹・松も食事を楽しんでいた。サクラもワインを少し飲んでいた。
「サクラ、お前も飲むのか」
「味覚の確認です」
「どうだ」
「……複雑な味です。悪くありません」
(サクラがワインの感想を言っている)
(旅が、サクラを変えている)
◇
食事の後、エッフェル塔の近くの小型船も直した。
セーヌ川沿いに落ちた小型船は、夜景の中で異彩を放っていた。明かりの戻り始めたパリの街と、黒い宇宙船。
(絵になるな)
(神戸港もそうだったが)
(宇宙船と街の組み合わせは、不思議と絵になる)
修理を終えると、セーヌ川沿いに集まった人々から拍手が起きた。
(拍手された)
(パリで)
(松阪の平社員が)
「ご主人様」とサクラが言った。
「なに」
「次はヨーロッパの別の国です。中型船がヨーロッパ各地に点在しています」
「いくつあるんだ」
「ヨーロッパだけで、十二隻」
(十二隻)
(多いな)
「全部牛の産地か」
「……多くは、そうです」
(やはりそうか)
(宇宙人の牛好きは筋金入りだ)
パリの夜景が、少しずつ明るさを取り戻していた。
エッフェル塔が、また光り始めていた。
(綺麗だな)
(地球は、どこも綺麗だ)
艦載艇は夜のパリの空を、音もなく次の国へ向かって飛んでいった。
第22話 了
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