第17話 香川と、うどんと、謎の生物について
香川が見えてきた。
瀬戸内海が窓の外に広がっていた。穏やかな海に、大小の島が浮かんでいた。
(綺麗だな)
(山形の蔵王も綺麗だったが、海はまた違う)
「ご主人様」とサクラが言った。
「なに」
「香川といえばうどんが有名です」
「知ってる」
「オリーブも有名です」
「知ってる」
「うどんを食べて育った牛はいません」
(言ってない)
(でも思っていた)
「……オリーブを食べた牛はいるんだな」
「はい。オリーブオイル搾油後の果実を飼料にしています」
「うどんは食べさせないのか」
「……うどんは食べていないと思われます」
(なぜうどんを食べさせないのか)
(まあいい)
艦載艇が高度を下げ始めた。
「ところで」とサクラが言った。
「なに」
「中型船の座標ですが」
「どこだ」
「小学校のグラウンドです」
(小学校)
(グラウンド)
「……グラウンドに落ちたのか」
「はい。校舎への被害はありませんでした。グラウンドのみです」
(グラウンドのみ、と言われても)
(子供たちの学校に宇宙船が落ちているのか)
◇
着陸すると、グラウンドは大変なことになっていた。
宇宙船の船首がグラウンドに刺さっており、尾部が隣のオリーブ畑に入り込んでいた。校舎の窓から子供たちが顔を出してこちらを見ていた。
校長先生らしき人が駆け寄ってきた。六十代の男性で、頭を抱えていた。
「あの、修理していただけますか。来月、運動会がありまして」
(運動会の心配をしている)
(まずそこか)
「修理します」
「助かります!」
隣からオリーブ農家のおじさんも来た。
「うちの畑に尾部が入り込んどるんですが」
「一緒に対処します」
「ありがとうございます」
その時、校舎から子供たちが飛び出してきた。
「宇宙船のおっさんや!本物や!」
(有名人になっている)
(ISSと天宮の救出劇が世界中に流れたからか)
「宇宙船や!宇宙人助けたおっさんや!」
「宇宙ステーションだ」と俺は言った。
「宇宙船やろ!」
「違う。宇宙ステーションだ。宇宙基地みたいなもんだ」
「基地?秘密基地のことか?」
「まあ……似たもんだ」
「なんや、秘密基地か!かっこええ!」
(秘密基地で納得させた)
(説明として正確かどうかはともかく)
「で、牛はおるんか?宇宙に」
「牛はいない」
「そうか……まあそれより、うどん喰っとけ」
(香川の子供はうどんで全部解決する)
先生が「授業中です!戻りなさい!」と叫んだ。
「でも体育やのに宇宙船あったら無理やろ!」
(論理として正しい)
「今日の体育はお休みです」と先生が言った。
「やったー!」
(宇宙船が落ちて体育が休みになった)
◇
診断をサクラが行った。
「エネルギー循環に二か所の詰まり。船体損傷は軽微です」
「今回は楽だな」
「はい」
作業を始めた。
小学校のグラウンドで宇宙船の詰まりを抜く。
(絵面がおかしい)
(でもやることは同じだ)
修理中、ふと気になっていたことを聞いた。
「サクラ」
「はい」
「世界の電力、だいぶ回復してきているな」
「はい」
「中型船の起動だけで、これだけ広範囲に回復するものなのか」
サクラが少し間を置いた。
「……一つ、お伝えしていなかったことがあります」
「なんだ」
「地球の電力インフラは、太陽フレアで完全に破壊されたわけではありません。電磁パルスで一時的にマヒしただけで、物理的な設備は生きています」
「つまり」
「修復すれば動く状態でした。ただし、修復作業が必要でした」
(修復作業)
(誰がやっていたんだ)
その時、足元で何かが動いた。
整備用生物だった。
庭でのそのそと歩き回っていた、あの黒くて丸い生き物が、いつの間にかここにもいた。数匹が電柱の根元あたりをうろうろしていた。
(なぜここに)
「サクラ」
「はい」
「あいつら、何をしているんだ」
「……電力インフラの修復を行っています」
(電力インフラの修復)
「……最初から、やっていたのか」
「はい」
(庭をのそのそと歩き回っていた整備用生物が)
(最初から、世界中の電力インフラを修復し続けていたのか)
「解せん、と思っていたが」
「はい」
「……解せたぞ」
サクラが少しだけ口元を動かした気がした。
「あいつらが動いていたから、電力の回復が早かったのか」
「はい。宇宙人側からのお礼の一環として、最初から動いていたようです」
(お礼)
(なかなかお礼を受け取らない俺に、ずっと動いてくれていたのか)
(気づかなかった)
「中型船が飛んでいったら電力が止まらないか、と心配していたが」
「電力インフラの修復が進めば、宇宙船に頼らなくても電力が供給できるようになります。整備用生物たちが引き続き対応します」
(そういうことか)
(あいつらが世界の電力を支えている)
(庭をのそのそ歩いていたやつらが)
整備用生物の一匹がこちらを見た。
(なんだか、誇らしそうに見える)
(気のせいかもしれないが)
◇
修理が完了した。
エンジンが起動した。グラウンドから歓声が上がった。子供たちが飛び出してきた。
「なおったー!」
「運動会できるー!」
校長先生が「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。
オリーブ農家のおじさんも「助かりました」と言った。
「うどん食べていきなさい。近くにええ店があります」
◇
うどん屋は古い建物だった。
出てきたのは、シンプルなかけうどんだった。
一口食べた。
(うまい)
(出汁が違う)
「肉うどんもありますよ」とおじさんが言った。
「肉うどん?」
「甘く味付けした牛肉をのせたやつです。うどん県民の隠れた人気メニューや」
「牛か」
(また牛だ)
(香川でも牛から逃げられない)
「せっかくやから、オリーブ牛で作りましょか」
(オリーブ牛の肉うどん)
(オリーブを食べた牛がうどんの上に乗る)
(牛つながりが完成した)
「……いただきます」
オリーブ牛の肉うどんが来た。
甘く煮た肉と、讃岐うどんのコシのある麺と、いりこの出汁が混ざり合っていた。
(うまい)
(これは、うまい)
子供たちも一緒に食べていた。サクラもうどんを食べていた。梅竹松も食べていた。
「美味しいですか」と子供が聞いた。
「はい」とサクラが答えた。
「よかった!」
(子供とサクラが仲良くなっている)
(香川で)
(うどん屋で)
◇
お土産にオリーブ牛をもらった。
(松阪牛、飛騨牛、神戸牛、常陸牛、米沢牛、そしてオリーブ牛)
(牛の旅が続いている)
「最後は宮崎か」
「はい。宮崎牛です」
(また牛だ)
(当然だが)
(いよいよ最後の一隻だ)
子供たちが手を振っていた。
「またきてな!宇宙基地で!」
(宇宙基地で定着した、艦載機なんだが……まあいいか)
「……ああ、宇宙基地で」
艦載艇が浮き上がった。音もなく、南へ向かっていった。
第17話 了
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