クビになったAI錬金術師、前世の生成AI知識で世界最強の錬成術を再構築する

タネモミ・ツゥー

第1話 クビになったAI錬金術師

「これに仲間の命を預けろって言うのか?」


 冒険者ギルド併設の酒場は、夕方になるといつも騒がしい。


 依頼から戻った冒険者たちが、木の杯を鳴らし、今日の稼ぎを自慢し、明日の獲物を大声で語る。焼いた肉の匂い。こぼれた酒の匂い。濡れた革鎧と泥の匂い。王都エルンハルトで生きる冒険者の、ありふれた夕方だった。


 その喧騒の真ん中で、俺の前だけがやけに冷えていた。


 四人掛けの丸テーブル。


 そこに置かれているのは、泥のついた革手袋、血が乾いた包帯、割れた小瓶の破片。そして、白く濁った低級ポーションが一本。


 本来なら、薄い若葉色に澄んでいるはずの薬液だ。


 けれど、今日のそれは違った。底の方に細かな銀色の粒が沈み、瓶を少し揺らすだけで、いやな濁りが渦を巻く。


 その小瓶を、ガレスが太い指で弾いた。


 からん、と乾いた音がした。


 ガレスは二十八歳の男だ。俺より三つ年上で、パーティの前衛を務めている。背は高く、肩幅も厚い。革鎧の上から傷だらけの胸当てをつけていて、右腕には今日の戦闘で負った包帯が巻かれていた。


 包帯の下の傷は、もう塞がっている。


 俺のポーションで、一応は。


 だが、塞がるまでが遅かった。


 そして、痛みが強すぎた。


「エイロン」


 ガレスが俺の名を呼んだ。


 低い声だった。酒場のざわめきの中でも、はっきり聞こえた。


「おまえ、自分が何を作ったかわかってるのか」


「……低級回復薬だ」


「低級回復薬?」


 ガレスは鼻で笑った。


「俺には、傷口に火を突っ込まれたみたいだったがな」


 周囲の席から、ちらちらと視線が向けられる。


 冒険者は他人の揉め事が好きだ。とくに、誰かが落ちていく話は酒のつまみになる。


 俺は、くたびれた錬金術師用コートの裾を握った。


 腰には、小さな素材袋と簡易錬成具を下げている。どちらも、何度も使い込んだ道具だ。けれど、それらを身につけている俺を見る周囲の目は、尊敬とはほど遠かった。


 AI錬金術師。


 それが俺の職だ。


 目的を言えば、内部で錬成式を組み、材料の処理や魔力の流し方を提案してくれる。そういう術を扱う錬金術師。


 便利だ。


 便利なはずだった。


 けれど、この世界では、便利なものほど軽く見られる。


「またAI任せかよ」


 近くの席で、誰かが小声で言った。


「お願いするだけの錬金術だろ? 釜の温度も素材の癖も知らねえくせに」


「それで錬金術師を名乗るんだから、いい商売だよな」


 笑い声が、薄く広がった。


 俺は反論できなかった。


 今、テーブルの上にある小瓶が、その笑いを否定してくれないからだ。


 今日の依頼は、王都近くの森に出た魔獣の討伐だった。


 相手は牙猪。大きな牙を持つ、突進力の強い魔獣だ。戦闘そのものは勝った。ガレスが正面から受け、セリアが補助術を使い、俺は後方で荷物と薬を管理した。


 問題は、最後の一撃の後だった。


 倒れ際の牙猪が暴れ、ガレスの右腕を深く裂いた。


 血が出た。


 俺はすぐにポーションを渡した。


 傷は塞がった。


 だが、薬液が触れた瞬間、ガレスは膝をついた。汗が噴き、歯を食いしばり、腕が赤く腫れた。


 セリアが神官術を重ねなければ、戦闘後の帰路で動けなくなっていたかもしれない。


「ガレス、言い方が……」


 テーブルの端で、セリアが小さく言った。


 セリアは二十三歳の神官見習いだ。白い神官服の上に、旅用の灰色のマントを羽織っている。大きな声を出す人ではない。今も、両手を膝の上で握りしめ、こちらとガレスを交互に見ていた。


 ガレスはセリアを見た。


「言い方の問題か?」


「それは……」


「俺は前に出る。牙も爪も受ける。おまえの回復が届くまで耐える。それが俺の役目だ」


 ガレスは包帯の巻かれた腕を持ち上げた。


「だが、その間に使う薬がこれじゃ困る。次は腕じゃなくて腹かもしれない。首かもしれない。そいつにこれを使って、同じことが起きたらどうする」


 セリアは何も言えなくなった。


 俺も、何も言えなかった。


 ガレスの言葉はきつい。


 けれど、間違ってはいない。


 仲間の命を預かる前衛として、安定しない薬を怖がるのは当然だった。


「エイロン。おまえは、いつもそうだ」


 ガレスが続けた。


「安い材料で作れる。急げば間に合う。AI錬金術なら何とかなる。そう言って、出てくるものは毎回ぶれる」


「毎回じゃない」


 思わず言った。


 ガレスの目が細くなる。


 俺は言葉を飲み込んだ。


 毎回ではない。


 だが、ぶれる。


 良い時もある。悪い時もある。同じ手順のはずなのに、なぜか品質が変わる。今日のように、効き目はあっても痛みが強く出ることがある。


 俺自身、それを説明できていなかった。


 だから、それ以上は言えなかった。


 俺はテーブルの小瓶を見た。


 白い濁り。


 底に残る銀色の粒。


 月見草の粉末だろうか。


 いや、月見草は乾ききっていれば、もっと細かく溶ける。今日の粉末は、袋から出した時点で少し重かった。森へ向かう前、雨が降っていた。素材袋の口が、半分ほど開いていた気がする。


 湿気。


 乾燥不足。


 粉末の反応順。


 もし月見草が先に水分を含んでいたなら、癒やし草の抽出液と混ざる時、魔力の通りが遅れる。遅れた分だけ、表面反応が強く出る。傷口に触れた瞬間、熱と痛みが先に走る。


 もしかして、原因はそこか。


「ガレス、今日の月見草なんだが」


「また言い訳か」


 俺の言葉は、途中で切られた。


 ガレスの声に、周囲の笑いが重なる。


「素材が悪かった。天気が悪かった。袋が湿っていた。次はなんだ? 森の空気が気に入らなかったか?」


「そうじゃない。原因がわかれば、次は」


「次はない」


 短い一言だった。


 酒場のざわめきが、少し遠のいた気がした。


 ガレスは椅子にもたれず、まっすぐ俺を見ていた。


「次の依頼から、おまえは外す」


 セリアが息をのむ。


 俺は、すぐには言葉が出なかった。


「……外すって」


「言葉の通りだ。エイロン、おまえはもう俺たちのパーティにはいらない」


 胸の奥が、ゆっくり冷えていった。


 わかっていた。


 いつかこうなるかもしれないとは思っていた。


 けれど、実際に言われると、頭の中が空白になる。


「理由は三つだ」


 ガレスは指を一本立てた。


「薬の品質が安定しない」


 二本目。


「戦闘中の判断が遅い」


 三本目。


「AI錬金術師を入れているだけで、依頼主から足元を見られる」


 最後の一つに、俺は唇を噛んだ。


 それは、俺個人の失敗だけではない。


 職への偏見だ。


 だが、最初の二つを否定できない以上、最後の一つだけに怒る資格があるのか、自分でもわからなかった。


 セリアが立ち上がりかけた。


「でも、エイロンさんは荷物の管理も、素材の見分けも」


「できるやつは他にいる」


 ガレスは即座に言った。


「少なくとも、命を預ける薬を毎回ばらつかせるやつじゃない」


 セリアは、また座った。


 責める気にはなれなかった。


 セリアは優しい。


 けれど、彼女も今日、俺のポーションの上から神官術を重ねた。


 怖かったのだと思う。


 次も同じ薬を使うことが。


 ガレスは革袋をテーブルに置いた。


 重くはない音がした。


「今日までの分だ。素材袋は持っていけ。おまえの私物だからな」


「……わかった」


 声がかすれた。


 俺は革袋を取った。


 中身は、残りの給金と、少しの補償金だろう。ガレスは短気だが、そのあたりをごまかす男ではない。だから余計に、これは本気の解雇なのだとわかった。


 俺は立ち上がった。


 椅子の脚が床をこすり、嫌な音を立てる。


 酒場の視線が、背中に刺さった。


「AI錬金術師だってよ」


「次は占い師でも入れた方がましだな」


「お願いだけなら俺でもできる」


 笑い声。


 俺は振り返らなかった。


 反論の言葉は、喉の奥まで上がってきていた。


 AI錬金術はそんなものじゃない。


 目的を与えれば、内部で錬成式を組み、材料の処理と魔力の流れを考えてくれる。ちゃんと使えば、もっとできるはずだ。


 そう言いたかった。


 けれど、ちゃんと使う方法を、俺は知らなかった。


 だから黙って、酒場を出た。


 外の空気は冷たかった。


 夕焼けの残りが、王都の石畳を赤く染めている。通りには屋台が並び、焼き串の匂いと、甘い揚げ菓子の匂いが混ざっていた。馬車の車輪が石を叩き、商人が客を呼び込み、子どもたちが路地を走っていく。


 街は、俺がクビになったことなど知らない。


 当たり前だ。


 俺ひとりが居場所を失っても、王都は止まらない。


「エイロンさん」


 背後から声がした。


 振り返ると、セリアが酒場の扉の前に立っていた。


 白い神官服の裾が、夕風に揺れている。


「その……ガレスの言い方は、ひどかったと思います」


「いいよ」


「でも」


 セリアは言葉を探すように、視線を落とした。


「でも、今日の薬を、次も使うのは……少し、怖かったです」


 正直な言葉だった。


 優しさで包んでいるが、芯は変わらない。


 怖かった。


 俺の薬が。


「そうだよな」


 俺は笑おうとした。


 うまくいかなかった。


「俺だって、あれを誰かに使うのは怖い」


「エイロンさん……」


「謝るのは俺の方だ。今日、ガレスの腕に使ったのは俺の薬だ。痛みが出た。発熱もした。セリアがいなかったら、もっと悪くなっていたかもしれない」


 セリアは首を横に振った。


「そんな言い方は」


「事実だ」


 俺は腰の素材袋に触れた。


 軽い。


 いつもよりずっと軽く感じる。


「原因を考えてみる。たぶん、月見草の乾燥が甘かった。雨で湿気たのかもしれない。素材袋の口も、少し開いていた気がする」


「それなら、次は」


「次があるかはわからない」


 俺は言った。


 セリアが黙る。


 AI錬金術師を欲しがるパーティは少ない。


 まして、追放されたばかりの、品質不安定な薬師を拾う者はもっと少ない。


「でも、考えるよ」


 俺はそれだけ言った。


「失敗したまま、終わりにはしたくない」


 セリアは、少し泣きそうな顔をした。


「ごめんなさい」


「謝らないでくれ。余計につらい」


 今度は、少しだけ笑えた。


 セリアも、小さくうなずいた。


 それ以上、話すことはなかった。


 俺はセリアに背を向け、王都の通りを歩き始めた。


 どこへ行くかは決めていない。


 宿に戻るには、まだ気持ちが重かった。ギルド近くの安宿には、同じ冒険者たちが泊まっている。今日の話は、夜には広がっているだろう。


 AI錬金術師がクビになった。


 不安定な薬で前衛を苦しめた。


 やっぱりあの職はだめだ。


 そういう話になる。


 俺は石畳を見ながら歩いた。


 頭の中で、今まで自分がAI錬金術に投げてきた言葉を思い返す。


 回復薬を作れ。


 安い材料で作れ。


 急いで作れ。


 傷に効くやつを作れ。


 毒消しも混ぜておけ。


 ひどい指示だ。


 今なら、そう思う。


 けれど、何がどうひどいのかは、まだうまく言葉にできなかった。


 材料が悪かったのか。


 手順が悪かったのか。


 魔力の流し方か。


 AI錬金術そのものの限界か。


 それとも、俺の使い方が、最初から間違っていたのか。


 考えているうちに、通りが開けた。


 王都の中央広場だった。


 夕暮れの広場には、人が多かった。屋台で買ったパンをかじる子ども。仕事帰りの職人。馬車を待つ商人。恋人らしい二人。誰もが、それぞれの目的を持って歩いている。


 広場の中心には、大きな噴水があった。


 白い石で作られた縁に、透明な水がたまり、中央の像から細い水が何本も吹き上がっている。夕焼けの光を受けて、水しぶきが金色に光っていた。


 俺は、噴水の縁に腰掛けた。


 足が重かった。


 素材袋を膝の上に置く。


 袋の口を確かめると、やはり留め具が少し甘くなっていた。森へ行く前からこうだったのか。帰り道で緩んだのか。もうわからない。


 噴水の水面を見下ろす。


 そこには、夕焼けが映っていた。


 街路樹の枝が映っていた。


 通り過ぎる人の影が映っていた。


 そして、疲れた顔をした俺が映っていた。


 水が揺れる。


 映っていたものが歪む。


 夕焼けが割れ、街路樹が伸び、人影が欠け、俺の顔が別人のように崩れる。


 それでも、水面にはたしかに情報があった。


 空も。


 人も。


 木も。


 俺自身も。


 ある。


 ただ、揺れるたびに、見える範囲が変わる。


 さっきまで映っていたものが消え、別のものが入り込む。


 同じ水面なのに、同じものを保っていられない。


 俺は、白く濁った小瓶を思い出した。


 月見草。


 雨。


 素材袋。


 傷の深さ。


 ガレスの体温。


 セリアの神官術。


 全部、そこにあったはずだ。


 なのに、俺はそれを同時に見ていなかった。


 見えていたものだけで、短い言葉を投げた。


 回復薬を作れ。


 安く。


 急いで。


 それだけで、命を預ける薬を作ろうとした。


 噴水の水が、また揺れた。


 俺の顔が消え、夕焼けだけが残る。


 そしてまた、別の影が水面に混ざる。


 俺は、ほとんど無意識につぶやいた。


「……情報は、あるんだ」

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