3rdストーリー・第11話:戦士の眼差し、胎動する戦火

【竜崎家・リビング】

「……タイガー、パンサー、イーグル。至急、専用端末を起動しなさい。本部から暗号通信よ」



翌朝、リビングで朝食の後片付けをしていたエプロン姿の美冬が、いつになく真剣な面持ちで声をかけた。


美虎、アナスタシア、王芳の3人は、その主婦である母親のトーンに隠された「本物の危機感」を察した瞬間、1秒前まで繰り広げていた小競り合いを完全に止め、衣服の乱れを瞬時に正して直立不動の姿勢を取った。


美虎が懐から取り出した最高軍事機密の暗号化端末が起動し、空間にホログラムが浮かび上がる。


画面に映し出されたのは、普段彼女たち美虎小隊(タイガー・ユニット)を裏から統括する、「本部・最高管理官」の冷徹な姿だった。


ホログラムの管理官は、感情の一切を排した声で3人に告げた。



『——お遊びはここまでだ、タイガー小隊。前線(フロント)に最悪の動きがあった』

管理官の背後のスクリーンに、次々と衛星画像とデータが展開されていく。



『フランスで我が部隊が拘束したアッシュ・ヴァレンタインを護送中だった特殊車両が、パリ郊外で何者かの強襲を受けた。アッシュの身柄は奪還され、護送部隊は全滅。犯行の手際、使用された兵器の特性から、旧東欧圏の闇に潜む巨大軍事コンツェルン……私兵の数は3000名を超える、国家転覆規模の私設軍隊(プライベート・アーミー)が本気で動き出した。アッシュは単なるトカゲの尻尾に過ぎなかったということだ』



「……アッシュの奪還? あのゴキブリを組織がわざわざ助け出すなんて、裏に相当な不都合があるみたいね」


美虎が低く呟く。

その声から、先ほどまで涼太に「お姉ちゃんの手作りクレープ食べる?」と迫っていた甘さは微塵も消え失せていた。


「はい。旧東欧のコンツェルンであれば、我が国(ロシア)の元退役軍人や、ブラックマーケットの最新兵器が大量に流れ込んでいるはず。非常に硬い標的です」


アナスタシアの青い瞳が、極寒の氷のように冷たく冴え渡る。

データを瞬時に脳内で精査する彼女の表情には、一分の隙もない。


「ウヒョー、アジトの規模がブラジルの比じゃないネ。……タイガー、パンサー、今度の獲物は骨がありそうだアル。私のライフルの火薬、多めに詰めておくネ」


王芳が不敵に笑う。その細い指先は、まるで愛しい恋人に触れるかのように、腰のナイフの柄を静かに愛撫していた。



『これよりタイガー小隊に、最優先抹殺任務(ミッション:クリア・ゼロ)を発令する。目標はアッシュの再確保、およびコンツェルン幹部の完全無力化。……容赦は不要だ。世界最強の精鋭としての結果を期待する』



「「「——了解(コピー)、アウト」」」


通信が切れると同時に、リビングの入り口でその一部始終をじっと見つめていた涼太は、無意識のうちに息を呑んでいた。



普段、自分の前で見せる、奇行まみれのブラコン姉貴。



手を握るだけで顔を真っ赤にする恋愛初心者。



「お姉ちゃんたちが怖いアル」と自分の後ろに隠れる少女。



だが、今目の前にいる3人は違った。




一瞬にして世界を戦場へと塗り替え、幾多の地獄を潜り抜けてきた者にしか纏えない、圧倒的な「死の気配」と「至高のプロフェッショナリズム」。


銃の引き金に指をかけるその静かな佇まい、世界の脅威を冷徹に見据えるその鋭い眼差し——それが、空手の世界王者として武の頂点を志す涼太の目には、言葉を失うほどに、圧倒的に「カッコよくて、美しいもの」として映り込んでいた。



(……そうだ。こいつらは、世界の裏側で、本物の戦火と戦い続けているエリートソルジャーなんだ)



『みんな、怪我だけはしないようにしっかり準備するのよ』と静かに見守る美冬の横で、涼太は、3人の放つ戦士の輝きに、改めて心からの敬意と、震えるような高揚感を覚えていた。



【深夜:竜崎家・道場、決意の出陣】

日付が変わった深夜。


数時間後には本部が手配したステルス機へと飛び立つ3人は、出発前の最終的な装備調整と精神統一のため、誰もいない暗い竜崎道場に集まっていた。



タクティカルベストを締め、暗視ゴーグルをヘルメットに装着する美虎。


アサルトライフルのボルトキャリアの動作を、音だけでミリ単位の狂いもなく調整するアナスタシア。


対物ライフルの巨大な弾丸を、一本ずつ丁寧に磨き上げる王芳。



静寂の中、金属が擦れ合う冷たい音だけが道場に響く。

そこへ、道着姿の涼太が一人、静かに歩み寄ってきた。


「……行くのか、美虎」


3人が一斉に振り返る。

その顔には、すでにそれぞれのコードネームである「猛獣」の仮面が完全に張り付いていた。


「ええ、涼太。お姉ちゃん、ちょっとヨーロッパの悪い子たちを全員、塵(チリ)にしてくるわ。あんたを拉致した報い、まだ半分も返してないもの」


美虎は、髪をきつく後ろで結び、冷酷に微笑んだ。だが、その瞳には弟への絶対的な守護の意志が宿っている。


「リョウタ。あなたのいるこの平穏な世界を脅かす者は、私が一粒の灰も残さず駆逐します。……待っていてください」


アナスタシアが、銀髪を夜風に揺らしながら真っ直ぐに涼太を見つめる。その眼差しは、気高く、美しい。


「リョウタ、ラーメンの約束、忘れてないネ。帰ってきたら、今度はもっと美味しいお店に連れて行ってもらうアル! だから、笑って見送ってネ!」


王芳が、巨大なライフルを軽々と肩に担ぎ、不敵な戦士の笑みを浮かべた。



涼太は3人の前に一歩踏み出し、自らの拳を強く握りしめた。

武道家として、命を懸けて戦場へ赴く者たちへ送る、最高の礼。



「……ああ。お前たちの戦い、ここからしっかり見届けさせてもらう。……全員、必ず無事で帰ってこい。世界屈指のエリートソルジャー(お前たち)なら、勝って当然だろ?」


涼太の誇らしげな、そして信頼に満ちた言葉。


その瞬間、3人の戦士の瞳に、勝利を確信する絶対的な閃光が走った。



「「「——了解(コピー)、リョウタ!!」」」



暗闇を切り裂くように、3人の影が竜崎家から夜の闇へと消えていく。

ヨーロッパを舞台にした、3000人の私設軍隊との大決戦の幕が、美しくも苛烈に、今ここに上がった。

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