第2話 罪と転移

「いやー定期テストなんているかね〜。」


「何を言ってるんだれつ。私たちは学生だぞ。学生が勉学に励まないどうするんだ。」


「相変わらずかいくんはれつに厳しいね。でも勉強は自分の可能性を広げる上で大切だよ。ねぇ稲穂いなほ。」


「まぁそうね。学力とお金と時間は持っておいて損はないわ。ただれつはうちみたいに大学進学なんて考えていないだろうし、島の中だけで暮らすならそこまでいらないのかもね〜。」


「やっぱり稲穂いなほは進学するんだ?」


「まだ悩んではいるんだけどね〜。この島に愛着はあるし、れつのことも心配だからね〜。叱る人がいないと烈は信じられないほどだらけるから。」


「うるせぇ!お前はオレの母ちゃんか!」


稲穂いなほ先輩がいる今でさえ定期テストの結果は悲惨だったんでしょ?もう手遅れだよ。先輩は……先輩の好きなようにするのがいいと思います。自分の人生なんだし、後悔しないように……。」


「うん、ありがとかいくん。」


「やりたいことがあるだけいいよ。俺はとりあえずテスト疲れを癒したい……。」


よるは夜更かししてたからでしょ?テストの時はいっつも徹夜漬けなんだから。」


 7月下旬の今日、ひじりがこの島に来てから早いもので1年が経っていた。最初は慣れない環境であまり溶け込めずにいたひじりれつを中心に学園のみんなと打ち解け、今では6人の中でも最も発言が多くなっていた。ひじりの周りにはいつも明るい雰囲気が流れており、少し近づきがたい印象を受けてしまっている。まぁ、それでも構わない。俺と彼女が釣り合うなんてそんなことがあるわけがないし、こうして彼女と過ごすこの学園の時間が少しでも長く続いてくれればそれでよかった。


「そうそう、最近お父さんの研究が進んだらしくてね、島の土地神さまがどんな神さまなのかがだんだん分かってきたんだって!」


「土地神って、確か丘上のほこらまつられてる猫みたいなやつか?」


この潮凪島しおなぎじまにはある神様の伝承がある。れつの言う通り島の外れの丘上に猫のような見た目の神様が祀られている。確か名前は……


「そうそう!八雲統尊やくもすべらのみことっていう神様らしいんだけど、この島ができて人が住み始めたときから信仰されているらしくってさ。イタズラ好きで子供っぽい神様なんだって。」


「僕も小さいころによく聞かされたな〜おばあちゃんに「悪いことすると八雲やくもさまに連れてかれるぞ!」ってよく怒られたよ。」


「へぇ〜!お父さんもやんちゃな頃があったんだ!」

「いや、よく農具を勝手にいじってたから注意されてただけだよ。」


「なるほどね〜やっぱりお父さんらしいや。」


お父さんとお父さん……見た目と性格からみんなからはと呼ばれているが、神様の研究をしているのがひじりで農具をいじっていたのが僕らのこと林凛太郎はやしりんたろうだ。今年で高校生3年生だから18歳なのに風貌や落ち着きからお父さんの愛称でみんなから呼ばれている。

みんなの声が道端の猫を起こしてしまったところで今日は解散になった。この島にはひじりの言った通り八雲やくも……なんとかという土地神がいる。曰く神隠しやら猫が何もないところに吠えている姿など、島民には信仰というよりは東北のなまはげ信仰に近い感覚で知られている。まぁ、本当に存在しているのなら神の力とやらでも見せて欲しいくらいだ。実際に神がいたとして、一体どれほどのことができるのだろう。全能のパラドクスという言葉もあるぐらいだ。その矛盾をどうやって解決するか……ぜひ会ったら聞いてみたい。


 翌日、ひじりが昼食の時間に目をきらめかせてみんなに話しかけていた。昼食は全員学校の屋上で食べることが定例になっていたが、ひじりが朝からそわそわしていたのは今話していることを話したくてたまらなかったからのようだ。どうやら昨日の神様の話の続きらしい。


「それでね、丘の上にあるほこらはいわゆる客殿きゃくでんっていう神さまをお世話する住職さんが住む場所だったんじゃないかっていう調査結果が出たんだって。」


「お世話って……冴木さえき先輩は住職をどんな仕事だと思ってるんですか?」


「うええ……ち、違うの?ま、まぁともかく、その客殿きゃくでんを調べたらおそらく本堂ほんどうにあたる場所がわかったんだってさ!今日の放課後みんなでちょっと見に行かない?」


「そういうのっていくら僕らだからって安易に口外していいものじゃないんじゃ……。」


「おぉ!興味あるな!まさかこの島で16年も過ごしてるオレたちにも知らない場所があったなんてな!」


れつはもう誕生日過ぎたんだから17歳だろ?自分の年齢も把握してないとか……恥ずかしくないの?」


「うるっせぇ!オレぁテストが終わって疲れてんだよ!頭にグラニュー糖が足りてねぇの!」


れつ、それはグラニュー糖じゃなくてブドウ糖だね。グラニュー糖はお菓子作りによく使うんだよ。スポンジケーキやシフォンケーキに使って食感や見た目をふんわりさせたり、後は……」


「あー!わかった!オレが悪かったよ。だからもうやめてくれ凛太郎りんたろうさん!」


全く、こいつの頭はどうなってるんだ?グラニュー糖とブドウ糖を間違えるなんて……いや、最近まで俺も姑息と卑怯を同じ意味だと勘違いしていたし、ここは黙っておこう。


「今日の放課後か、いいんじゃない?みんなはどう?」


「私は稲穂いなほ先輩が行くのなら一緒に行きます。れつもどうせ行くんだろうし、監視している人間が必要だろうから。」


「お前……オレ一応先輩だぞコラ……。」


「そこまで遅くならないなら僕も行くよ。何かあったときは僕が力になるからさ。」


「わーい!じゃあみんな学校が終わったら校門の前に集合ね!大丈夫、そこまで遠くない場所らしいから。よるももちろん行くよね?」


「あ、あぁ……行くよ。俺も行く。」


「よーし決まりね!今から楽しみだな〜私頑張っちゃうぞ!」


遊び半分で神様のお堂に行くなんて罰当たりじゃないかと少し不安に思ったが、大したことも起きないだろうと思い軽い気持ちでOKしてしまった。今日は帰ったらテスト期間中に読み止めておいた小説の続きを読もうと思っていたのだが……まぁ、そんなことはいつでもできる。神様とやらにも1つ聞いてみたいこともできたし、何よりひじりと同じ時間を過ごせるんだ。断る理由なんてなかった。

 


━━この判断がまさか、あんなことになるなんて━━ 



 テストの返却と夏休みのガイダンスが終わり、放課後俺たちはひじりの言うとやらに向かって山道を登り始めていた。山とは言ってもそこまで標高が高いわけじゃない。せいぜい学校の校舎の倍程度しかないちょっと大きな丘みたいなものだ。幼い頃からこの島で暮らす俺たち5人にとってはかつての遊び場のようなもので、ある程度整備されている山道を通れば迷うこともないぐらい知り尽くしている山だった。


「まさかこの山に本堂があるなんてな〜」


「そうね、少し意外だったわ。」


「ほ、本当にあるんだよね?はぁ……はぁ…冴木さえき先輩……正直私は結構疑っているよ?この山は何度か入ったこともあるし、私ら以外の島民の人も採集などでよく訪れている場所だ。はっきり言ってまだ未開の場所があるなんて思えない。」


「不安になるようなこと言わないでよ〜でも大丈夫。お父さんがちゃんと理由も説明してくれたから。」


「理由ってなんだ?」


「うん。その場所は日のあたり方が特別で決まった時間じゃないと穴が空いているようにしか見えないんだって。それで、今の季節のこの夕方の時間帯だとちゃんとお堂が見えるらしいの。場所は……確かこの看板の正面に……ほら!あった!」


「おぉ本当だ。ほらかいくん着いたよ。頑張ったね。」


「パパさん……あまり私を子供扱いしないでくれませんか……?これでも一応今年で高校生になったんですから。しかしまぁ、これは……」


「うん、これは見えないわ。うちも小さい時に山で

こんな穴はいっぱい見たもの。」


稲穂いなほの言うとおりだ。周りが木と岩に囲まれているせいで見やすいと言われるこの時間ですら薄暗い。それに加え場所自体が周囲よりも掘り下げられた少し低いところにあることも相まって薄暗い朝はおろか夜にはその場所にぽっかり穴が空いたような真っ暗な空間に見えるだろう。昼だと逆に木や蔦に日の光が反射して近くにある池の方に目が行くし建物そのもののサイズが小さいことで確かに俺たちを含め島民が見つけられないことにも納得だ。鳥居も寂れてだたの木のように見えて、神社というよりはお堂に近い見た目だ。


「ふふん、どうだ!すごいでしょ〜。でも暗くてちょっと怖いかも……」


「大丈夫だってひじり。オレたちがついてるだろ?」


ひじりは昔狭いところにたまたま閉じ込められてしまった経験があって、それ以来閉所と暗所の恐怖症を患っているようだった。それを知っているれつはすかさずひじりの隣に立った。……まぁ構わない。あいつはなんだかんだ良いやつだし、実力も伴ってる。俺よりかは頼りになるのも事実だろう。


「ちょっと見てみようぜ!」


れつを先頭に本堂の中に入っていく。中の広さは小さなプレハブ小屋程度といったところだろうか。上部には丘の上の客殿きゃくでんにもあった猫のような生き物の木彫りのようなものが飾られている。絵画のような、彫刻のような、アレの名前は何ていうのだろう。苔むした外観に似合わず内部は思ったより綺麗だった。全体が木で作られた木造の建築物のようで、歩くたびに床がギィギィと鳴くような音を立てていた。最近は夏で雨がよく降っていたこともあり、てっきり水がしたたって湿気が酷かったり、落ち葉なんかが散乱していて野生生物の根城になっていてもおかしくないような雰囲気だったのに、意外にも小綺麗に管理されているような様子は何だか不気味な印象を感じた。


「奥の方に祭壇さいだんみたいなもんが見えるなぁ。」


「気をつけなよ〜?転んでどこか壊したらひじりちゃん泣いちゃうぞ〜?」


「わかってるって。ひじり、ちゃんと手繋いどけよ?」


「うん。は、離さないでね?」


「この中に6人は狭いかな。僕は外を見てくるよ〜」


稲穂いなほ先輩こそ気をつけてくださいよ?今怪我したら受験に響きますからね?」


「はいはい。しっかしこの島にこんなところが……あれ?よるくんどうしたの?」


「いや、ちょっと違和感というか……」


「違和感?」


その時、奥にある祭壇の八雲神やくもがみの像のようなものが急に動いたように見えた。


「っ!?い、今!」


「ちょ、ちょっと急に大きな声出さないでよよる

びっくりするじゃない!」


「そうだぞよる!何だってんだ!?」


「どうしたんだい!?今大きい声が!」


「「う、うわぁっ!!」」


「まずっっっ!!!」


▲▶▼◀▲▶▼◀▲▶▼◀▲▶▼◀▲▶▼◀▲▶▼◀


大きい声を出したのが不味かった。外にいた凛太郎りんたろうが中に押しかけてきたのだ。入り口付近で固まっていた稲穂いなほかいが体格の大きい凛太郎りんたろうにぶつかり、2人に押し出される形で像に衝突した。


「ご、ごめん!みんな大丈夫かい!?」


「全く凛太郎りんたろう!気をつけてよね!?ただでさえ凛太郎りんたろうは体がおっきいんだから!」


「そうですよ!稲穂いなほさんに万が一があったら!」


「ほんとごめんよぉ……あ、亜門あもんくんは?」


「お、俺は平気だけど像にぶつかっちゃって……。」


像の方を振り返ると、像の右腕が肘の辺りから


「あー!よる!お前何やってんだよ!」


「これは不可抗力だろ……!それよりもこんなことになって研究に響くんじゃ……。」


「いいの!それより夜が無事でよかったよ。でも、お父さんには怒られちゃうかなぁ。」


「ご、ごめんひじり……俺が不注意に覗き込んだばっかりに……。」


「いや、僕がよく見ず猪みたいに突進したせいだよ!ひじりちゃんのお父さんには僕からしっかり謝っておくから。」


「はぁ……全くもう。気をつけてよね〜?あ、それでよるくん、さっきはどうしたの?」


「あぁ……さっき、この像が動いたよう……な!?」


?」


バカな。そんなわけがない。俺は確かにこの目で折れたのを確認して、今まさにこの手で折れた像の右腕を持っていたはずなのに、なぜ、どうして、ありえない。



━━━━━━ 瞬間、像が強く光った ━━━━━



「ヒトの子よ。」



━━━━━━━ 声が、した ━━━━━━━━



「我が世界にて、汝らの超常たるを示せ」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


直後、世界が暗転した。一歩も動けず、ただ俺は上も下もわからず深い海にいきなり落ちたかのように平衡感覚を失い、音も聞こえない真っ暗な世界の中でただ1つ思った。


ひじり!」


聖だけは守らなくてはならない。自分のせいでこうなってしまったかのはわからないが、ただがむしゃらに手を伸ばした。あの子だけは守らなくてはダメだ。祈るような気持ちで伸ばした手に掴まれるような感覚はなく、空を掴むだけで落ちているのか浮かんでいるのかもわからないまま、意識が、だんだんと、うすれてーーー。




↓第2話『罪と転移』の補足です。

https://kakuyomu.jp/users/Dclass/news/2912051600911703854

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